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Astral  作者: やくも
33/59

第三十三話:幻影


 考えてみれば、それは異質な光景だった。

 一つの街の一ヶ所に、合計四人の魔術師が存在している。

「なるほど。どうやらお二方は、藍瀬の助っ人のようだね」

 シュナイダーは立場的に不利に立たされているにもかかわらず、どこか不敵な笑みを浮かべたまま言う。

「喋ってる余裕はあるのでしょうか? 十二の分身は確かに厄介ですが、アクエリアス相手では余裕ではないでしょう?」

「否定はしないさ。ただ、量より質か、質より量か。どっちの言葉も頷けるものではあるが、要するに状況しだいということさ」

 シュナイダーは薄い笑みを浮かべたまま、十二の分身のうちの八を彼方と泉水側に配置する。

 残りの四は、藍瀬とレイヤにそれぞれ二ずつで割り当てるつもりだろう。

 もっとも、そんな光景をみすみす見逃しておくほど泉水はお人よしでもなく、彼方もバカではない。

「テトラ!」

「うむ」

 その声を合図に、テトラは勢いよく炎を吐き出す。

 直接生物に向けるのは気が引けるが、魔術によって生まれた人形相手ならば遠慮する必要もない。

 渦を巻くように放たれた炎が、分身達の配置を分断する。

 その隙を突き、泉水の召喚したアクエリアスが巨大な拳を振り上げた。

 その動作は見た目の巨大さからは想像もできないほどに速い。

 現にその一撃で、すでに二つの分身が消滅していた。

 これで残りの分身は十となった。

「具現せよ。魔装、下限の月」

 彼方は呟き、そのカードを取り出す。

 魔力が通うことにより、カードの中の白銀の弓がその手に落ちた。

 これは月下星弓とは違い、通常の魔装である。

 攻撃手段を月下星弓だけに頼るのは危険ということで、前もって用意しておいたものである。

「これでも……」

 彼方は弓を構え、離れた先にいる一つの分身に狙いを定める。

「食らえ!」

 音もなく矢は放たれる。

 夜の闇を切り裂き、その先に吸い込まれるように真っ直ぐな軌跡を残して飛んでいく。

 が、あまりにも直線的な攻撃ゆえに、分身はタイミングよく体を動かすだけでその一撃を回避した。

 しかし、それさえも結果としてはただの囮にすぎない。

 矢を避けた直後、今度こそ回避不可能な角度から炎が迫っていた。

 気づいたときにはすでに遅く、分身は瞬く間も与えられずに炎に焼き尽くされた。


「……なるほど。藍瀬の手助けをするだけのことはある」

 次々と自分の分身がやられていく中でも、シュナイダー本人は未だに笑みを浮かべたままだった。

 遠目から見てもはっきりと分かるほどの笑みが、逆に不気味で仕方がない。

 一体あの笑みの裏側で何を考えているのだろうか?

 もしや、今こうして分身が倒されていくことさえシュナイダーの中では予測されていたことなのか?

「…………」

 彼方は横目でシュナイダーを見据えながらそんなことを思う。

「考えたところでそうにもなりませんよ」

 と、頭の中を覗き込んだように泉水が言う。

「まずはこの分身たちを全て消してしまいます。何か手が残っていれば、そのうち動くでしょうからね」

「……分かった」

 確かに泉水の言うとおりだ。

 考えたところで今更どうなるわけでもない。

 こうして、現に戦いの火蓋は気って落とされたのだから。

 だとしたら、後に残るのはたった二つしかない。

 勝者と敗者だ。

 彼方は別に勝利にこだわっているわけではない。

 泉水も藍瀬もそれは同じだろう。

 ただ、勝たなくては話にならないような理由がそこにあるからだ。

 全くの未知なる可能性を秘めた魔術を収めた書物、教典。

 場合によってはそれころとんでもないことになるかもしれない。

 天変地異、大災害、時間軸や空間軸の崩壊などなど。

 フィクションの世界の言葉のオンパレードではあるが、魔術という視点で見ればそれらは決して珍しいことではない。

 そうである以上、楽観的に考えるわけにもいかないのだ。

 万が一……いや、億だろうと兆だろうと、可能性がある限り危険はまとわりつく。

 常に最悪の可能性を想定して動かなくては、失敗してから遅かったでは済まされないのだから。


 その後、戦況は変わらずに彼方達の優勢だった。

 もっとも大きな勝因は、やはりアクエリアスの登場だろう。

 もしかしたらシュナイダーは藍瀬に味方がつくことまでは予想していたかもしれないが、その味方が魔術師で、なおかつ召喚という高度なものを使いこなせる存在だとは分からなかったのだろう。

 わずか十分に満たない戦闘時間の間に、すでにシュナイダーの分身は残すところわずか四となっていた。

 そのうちの二は、今も藍瀬とレイヤがそれぞれ一対一で相手をしている。

 残りの二は彼方達と交戦中だ。

 が、それももはや勝負は見えている。

 数は暴力というのは嘘ではない。

 そして実際、今の戦況では分身が二に対して彼方達は五である。

 数の差があった状態からここまで追い詰められているのだから、もう先は見えたと言っていいだろう。

 彼方とテトラによる威嚇攻撃、そして先読みを駆使したアルタミラの指示から泉水の操るアクエリアスが逃げ場を封じる。

 パターン化しつつあるそれに、しかし分身はことごとく引っかかる。

 間もなくして、彼方達が相手をしていた八の分身は一つ残らず消え去った。

「はあっ!」

 藍瀬は方刃の大鎌を振るう。

 分身の動きは素早く、攻撃はなかなか当たらない。

 が、忘れてはいけない。

 大鎌という武器を手にして接近戦を挑んではいるものの、藍瀬の本質はあくまでも魔術師である。

 空振りした大鎌の向こうに、藍瀬の姿はない。

 その姿は、すでに分身の背後。

 突き出した手のひらを分身の背中に密着させ、告げる。

「インパクト、オン」

 集束した魔力が一気に噴射した。

 分身はその一撃で砕け散り、魔力の粒子だけが名残のように夜の中へと溶けていく。

「ふぅ……やっぱり、体を動かすのはあんまり得意じゃないわ」

 ほとんど汗をかいていないにもかかわらず、藍瀬は小さく呟く。

 時を同じくして、もう一人の藍瀬として戦っていたレイヤも分身の最後を破壊する。

 初期は十二いた分身が、これで全て消え去った。


 彼方達は一ヶ所に集まる。

 これでこちらの勢力は七……いや、泉水がアクエリアスを解除したので六か。

 そのままいてくれれば心強いのだが、やはり召喚は他の魔術に比べると桁違いに魔力の消耗が激しいらしい。

 今はまだ泉水の表情に疲労の色は見えないが、長時間の持続は辛いのだろう。

 それに、見ての通り状況は一変した。

 これで六対一となり、さらに彼方達はシュナイダーよりも有利な展開になったと言える。

 ……だが。

「…………」

 シュナイダーは無言だ。

 それでも、顔にはあの変わらない薄笑みを浮かべ続けている。

 どこまでが計算づくで、どこからが虚勢なのか。

 その境界さえ見えず、逆にプレッシャーのようなものを感じてしまう。

 何を隠している?

 何を企んでいる?

 胸の中で問いただしても答えなどはなく、正体不明の不安は色を濃くするばかりだ。

「シュナイダー」

 と、そんな中で藍瀬が一歩前に出る。

「見ての通り、アナタにもう逃げ場はないわ。当然、これ以上逃がしもしない。諦めて、大人しく教典と一緒に捕まりなさい」

「…………」

 藍瀬の呼びかけにもシュナイダーは無言だった。

 策を練っているのか、それとも負けを認めたくないのか。

 ふいにシュナイダーは顔を俯かせる。

 端から見て、それは負けを認める予備動作のようにも見えた。

 ……しかし。

 彼方達は、心のどこかでそれを忘れていたのかもしれない。

 油断ではなく、もっと根本的な部分での勘違い。

 それは……。


「……ふ、はは……」

 シュナイダーが口を開いた。

 しかしそれは、言葉を交わすためのものではなかった。

「ふ、はは……ははははは」

 シュナイダーは笑っていた。

 腕を組み、夜空を見上げるかのように天を仰ぎ、大きくも小さくもない中途半端なな声で笑っていた。

「……アイツ、どうしたんだ?」

「単なる苦し紛れ……だといいんですが、あの顔はそうではないでしょうね」

 シュナイダーの表情は微塵も変化していない。

 まるで、腹の底から笑ってしまいたかったのをずっと我慢し続けて、とうとう我慢できなくなってしまって笑い出してしまったかのよう。

 そして、その高らかな笑い声がピタリと止む。

「…………」

 シュナイダーは無言で視線を戻し、今度は真っ直ぐに彼方達を見ていた。

「……本当に、忘れてしまったんだね?」

 ふいにシュナイダーは口を開いた。

 その言葉の意味に、彼方達全員の思考が一瞬だけ停止する。

 言葉の意味がまるで分からなかった。

 忘れてしまった?

 その言葉からするに、向けられたのは彼方や泉水ではないだろう。

 恐らく、それは藍瀬に向けられた言葉だ。

 しかし、当人であろう藍瀬もどこかおぼろげな表情を浮かべている。

 何のことだか理解しかねている様子だ。

「……この期に及んで何を言うつもり? 意味不明な言動を装っても、私はそんなものには騙されたりしない。いい加減に」

 言いかけて、藍瀬の言葉がそこで止まる。

「藍瀬?」

「…………」

 彼方と泉水は互いに藍瀬を見る。

 藍瀬の表情が固まっていた。

 まるで彫刻のようだ。

 しかし、その唇が微かに震えている。

 それは、何が原因?

 言うまでもない。

 純粋な……しかしこの上ないほどに現実的な悪夢を、思い出したからだ。


「思い出してくれたかい? しかし、遅かったよ。さっきも言ったじゃないか。魔術師とは、常にあらゆる可能性を想定していなくてはいけないのだと」

「……そん、な……それじゃあ、アナタは……」

「お、おい、どういうことだよ? 話が見えないぞ、藍瀬」

「……まさか、とは思いますが……いえ、やはりそうなのでしょうか……?」

 何かに気づいたように泉水が呟く。

「だから、分かるように説明しろって!」

 彼方は小さく怒鳴る。

 向こうにいるシュナイダーは相変わらず笑っているし、藍瀬はすっかり黙ってしまった。

「確信はありません。ですが……そうですね、一言で言えば」

 そう前置きし、泉水は続ける。

「……足りないんですよ」

「……足り、ない……?」

 どういうことだと聞き返す前に、彼方はその言葉をもう一度胸の中で反芻した。

 そして、気づく。

 本当に、今頃になってようやく気づかされた。

「……じゃあ、もしかしてアイツは……」

 仮説かもしれない、しかし驚愕の事実に彼方の声が枯れる。

 そして、その仮説を裏付ける言葉が、ゆっくりと藍瀬の口から告げられた。


 「――アナタ……ファントムね……?」


 藍瀬はそう言った。

 目の前にいる、シュナイダー・メルクラフトに向けて、そう言ったのだ。

 その言葉を待ち望んでいたかのように、シュナイダー・メルクラフトの姿をしたそれは、静かに、そしてさらに不気味に笑った。

「ご名答」

 瞬間、もう一つの同じ声。

 シュナイダーの姿をした人間の背後の闇が、歪な線で割れる。

 その隙間の向こうから、現れたもう一つの人影。

 それは間違いなく、シュナイダーの姿をした人間と全く同じ顔をしていた。

「……っ!」

「……あれが……本当の」

「双子……いや、違うな。ファントムとはつまり……」

「……うむ。今まで我々が敵として見ていたヤツこそが、今姿を見せた本当のシュナイダー・メルクラフトの使い魔だったのだろう」

 割けた闇が戻る。

 ようやく姿を現したそれは、やはり違いのない薄笑みをたたえてこう言った。


 「――初めまして。私がシュナイダー・メルクラフトだ」



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