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Astral  作者: やくも
32/59

第三十二話:正面衝突


 街を覆う結界がゆっくりと晴れていく。

 未だ夜の街並みにそれらしい変化はないが、事態の変化に気づけばシュナイダーは必ず何らかの行動に移るはずだ。

 出口付近には藍瀬が、南と北には彼方と泉水が位置し、それぞれ目下の様子に注意を巡らせる。

 一分……二分ほど経つが、それらしい変化はない。

 街並みは静かなもので、アルタミラの目にさえ動くものはほとんど映らない。

 気づかれてしまったのだろうか?

 ふと彼方がそんなことを思い浮かべた、その瞬間だった。

 後方……ちょうど藍瀬が待機しているであろう付近から、白い光の柱が立ち上った。

「っ、かかったのか?」

「急ぐぞ、彼方!」

 すぐさま空間移動により、彼方とテトラはその場を後にする。

 反対方向にいた泉水も事態に気づき、ほぼ同時にその場から姿を消した。


「これは……」

 光の魔方陣の中、男は呟いた。

 呪文によって限りなく周囲にその気配を悟られないように工作をしていたはずの体が、光の中では影という隠しきれない存在のせいであからさまに浮き彫りになってしまっている。

「術式、彩の鳥篭……ということは……」

 男は遥か上空を見上げる。

 地上七階建ての建造物のその屋上に、見覚えのあるシルエットが佇んでいた。

 間もなくして、そのシルエットの主は音もなく地上に降り立つ。

 夜の闇に紛れたままでも分かる。

 この雰囲気、この術式、そして何より、体のシルエット以外に浮かび上がったあの両刃の大鎌は、間違いなく……。

「やはり君か。久遠藍瀬」

 男がその名を告げると同時に、藍瀬は自ら魔法陣の中に踏み入り、姿を見せた。

「久しぶりね、シュナイダー・メルクラフト。とは言っても、私があなたを追いかけ始めてからほんの一週間といったところだけれど」

「……協会側から追跡者が選出されることは分かっていたが、よりによって君だとはね。正直、信じたくはなかったよ」

「それはお互い様よ。私だって、あなたがこんな馬鹿げた行動に踏み出したなんて、聞かされたときは自分の耳を疑ったわ。悪い夢でも見てるんじゃないかと思ったくらいだもの」

 言って、藍瀬は鎌の切っ先をシュナイダーに向けた。

「でも、ここまでよ。私は協会の使者として、あなたとあなたが盗み出した教典を捕獲する。できれば大人しくしていてほしいのだけど」

「それを君が聞くのか? 答えなど、とうの昔に分かりきっているだろうに」

「……そう。では、どうあっても教典を返すつもりはないということなの? こちらとしては、悪くても教典さえ奪還できればそれでいいんだけど」

「教典を差し出せば見逃してくれる、とでも言うのかな? それこそ馬鹿なことだ。あの協会は、そこまで生易しい集合体ではない。私はそれを誰よりも理解しているつもりだ」

「なら、仕方ないわね。話しても無駄なら、道は一つしか残されていない」

「……残念だが、そのようだ。できることなら、こんな形で君と再会はしたくなかったが……止むを得ない」

 シュナイダーは上着の内ポケットから数枚の呪文カードを取り出し、牽制するように構えた。

「言っておくけど、この術式の中ではあなたが得意とする隠蔽、惑乱系統の呪文はまるで効果を成さないわよ」

「承知の上さ。だが、私の芸がそれだけだと思われては困るな。忘れたわけではないだろう?」

 呟き、シュナイダーは薄く笑みを浮かべた。


 「――君に魔術を教えたのは、この私だということを」


 直後、シュナイダーの手から放たれた数枚のカードが宙を舞う。

 それらのカードは、まるで一枚一枚が意思を持っているかのように動き、瞬く間にシュナイダーを守るように周囲を取り囲んだ。

「その程度で身を守れると思っているの? 甘いわよ」

「果たして、それはどちらの方かな?」

 その言葉と同時に、シュナイダーを取り囲むカードが変形を始める。

 溶け出し、別のものへと形を変え始めたのだ。

「っ、これは……?」

「そういえば、君にはまだ見せたことがなかったかもしれないな。ついでに教えておこう。確かに私は隠蔽や惑乱の系統といった、俗に言う逃げ隠れの魔術を中心に体得している。だが、実際はそうではない」

「何、ですって?」

「君と共に協会に所属していた頃にも、一度も見せたことはなかったはずだ。だが、私としても今この場で捕まるわけにはいかない。だから、見せてあげよう。私の本当の力を」

 溶け続けるカードは、しだいに別の形を成していく。

 そしてそれらは、全てが同じ形を求めていた。

 間違いなく、それらは……。

「これ、は……」

「シュナイダー、アナタが真に得意とする系統とは、まさか……」

 わすかに歯噛みしながらレイヤが呟く。

 完全に予想の外の事実だった。

「その通り。私がもっとも得意とする系統、それは……」

 人形が出来上がる。

 それらは等しく、見分けがつかないほどに精巧に作られた……シュナイダー・メルクラフト達だった。

完成贋作トリックマスター。ただの人形と思って侮らない方がいい。これらは全て、私と全く同じ性能を持つ分身なのだから」

 その数、十二。

「分かってもらえたかな? 私のもっとも得意とする系統、それは模写コピーと操作だ」

 言いながら、シュナイダーは静かに手を前に押し出す。

 それが合図だった。

 十二人のシュナイダーを模した人形は、一斉に藍瀬へと襲い掛かる。


「く……!」

 敵の数があまりにも多すぎる。

 それどころか、もしもシュナイダーが言うようにこの人形達の個々の力がそれぞれシュナイダーと同等のものだとすれば、単純に十二人のシュナイダーを同時に相手するということになる。

 いくらなんでもそれは無謀だ。

「レイヤ、手を借りるわ」

「っ、分かったわ」

 レイヤの能力。

 それは、マスターである藍瀬側から常に一定の魔力供給を受け取ることで、その間だけもう一人の久遠藍瀬として同等の能力で活動できるというものだ。

 その間、藍瀬の持つスマイルピエロの両刃が方刃になる。

 そして藍瀬と化したレイヤは、失った方刃を持つスマイルピエロの完全な複製を武器として扱うこととなり、それ以外での攻撃手段を一切封じられる。

双子死神ジェミニ・オブ・デス

 藍瀬の持つ大鎌が二つに割れる。

 その片方を受け取り、藍瀬と化したレイヤはそれを握り、構えた。

「面白い能力ではあるが、それでも十二対六になっただけに過ぎない」

 構わずシュナイダーは攻撃に移る。

 十二の分身はそれぞれに独立した動きで接近し、あらゆる角度から仕掛け始めた。

 分身はそれぞれその手にカードを握っており、それらの呪文で攻撃を仕掛けてくるつもりなのだろう。

 ギリギリまで引き付けてから対応すべく、藍瀬もレイヤも互いの背を合わせて迎え撃つ。

 が、しかし。

 呪文による攻撃がいつになっても始まらない。

 機を窺っているとも考えられるが、それにしては動きが変だ。

 やがて数人の分身が一斉に襲い掛かってきた。

 もちろん、その手にはカードを握っている。

 固まっていては被害が集中するので、藍瀬とレイヤは一度分断する。

 だが、そこでも。


「……また、不発?」

 いつになっても呪文による攻撃がやってこない。

「……いや、違う? 呪文で攻撃しないんじゃなくて……できない? でも、シュナイダーの分身であるのならできないはずが……」

 考え込む藍瀬の背後に、いつの間にか気配が一つ。

「っ!」

 その一撃を、藍瀬はギリギリのところで回避した。

 が、わずかに反応が遅かったせいか、左の二の腕に微かな痛みが走る。

「……え?」

 傷口を押さえながら、藍瀬は不審に思った。

 今、何をされた?

 傷口を見る。

 まるで刃物に切られたような、一直線の鋭い傷口が衣服を皮膚を切り裂いていた。

 ……それは、何によって生み出された傷跡なのだ?

「……そう、か。コイツらの武器、カードそのものだったのね……!」

「ご名答」

 高みの見物を決め込んでいたシュナイダーが呟く。

「目先のものに惑わされてばかりいるからそうなる。カードを持っているからといって、そこから呪文による攻撃が必ずしもくるとは限らないだろう?」

「っ、そうと分かれば……」

 藍瀬は体勢を立て直すと、スマイルピエロを構えて分身の一つに向かう。

「呪文さえ使わないなら、真っ向から勝負できるってものよ!」

「相変わらずだね、藍瀬」

 その行動を眺め、シュナイダーは再び薄く笑う。

 その手の中には、すでに衝撃の呪文による魔力が集束しつつあった。

「何度も教えたはずだ。常に広い視野で物事を推し量ることができなくては魔術師として失格だと」

「な……」

 気づいたが、藍瀬の動きは止まらない。

「分身に気を取られ、私本人を忘れてどうする?」

 横合いから放たれた強力な魔力の弾。

 一瞬の後、藍瀬の体はそれに呑み込まれた。


「っ、藍瀬!」

 レイヤは後方から叫んだ。

 が、その時には全てが呑み込まれた後だった。

 地面は大きく抉り取られ、そこら中に瓦礫が散乱している。

「思ったより呆気なかったな。だがこれで、悠々とこの街から退出することができそうだ」

 シュナイダーは薄く笑い、わずかに警戒を解く。

 が、事態はそれを待ち構えていたように襲い掛かる。

 砂煙の向こう側から、青く透明に澄んだ巨大な腕が伸びた。

「っ!」

 シュナイダーはいち早くそれに気づき、地面を蹴って大きく横へ飛ぶ。

「残念。外れました」

「呑気なこと言ってる場合かよ。藍瀬、無事か?」

「あ……あなた達」

 砂煙が晴れていく。

 その向こう側に、シュナイダーは全く見覚えのない二人を見た。

「十二の分身ですか。これはまた厄介そうな相手ですが、まぁ……」

 泉水は言いかけて、一度小さく笑う。


 「――所詮は人形遊び。精霊には及びませんね」


 青い巨人が無言で立つ。

 水神、アクエリアス。

 原理は同じ人形だが、術式としての格が違う。

「敵に回すと恐ろしいけど、味方にすると心強いな」

 あの夜を思い出し、彼方は呟いた。

「全くだな。では、こちらも行くとしよう」

「……なるほど。状況は全く理解できないが、一つ確かなことが分かったよ」

 シュナイダーは相変わらずの薄笑みのまま言う。

「君達も私の敵のようだ」

「「ご名答」」

 彼方と泉水は、揃って答えた。



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