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Astral  作者: やくも
31/59

第三十一話:開始

 三日という時間は実に早かった。

 気がつけば週末は終わり、またいつものように月曜日の朝の無気力な空気が出迎えてくれる。

 流れるがままに流れ、そして今夜。

 藍瀬達との約束の日である。

「よし。準備はできた」

「では行くとしよう」

 時刻はすでに日付が変わってから三十分ほど経過している。

 源三はとっくに寝ているし、周辺の家屋の明かりもまばらになっていた。

 もっとも、人目につかない行動をするにはその方が都合がいい。

 と、そもそもそれも今に始まったことではないのだが。

 彼方とテトラは庭に降り立ち、そのまま門を開けて小道に出る。

 頼りない街灯の明かりを追いかけながら、小道と大通りが交差する路地を目指す。

 突き当たり、そこを右折。

 小走りに街の中心へと向かっていく。

 平日の夜中ということもあり、やはり人影はほとんど……全くと言っていいほど見当たらない。

 駅前のタクシープールには、終電を逃した客を待ち受けるために何台かのタクシーが停滞してたが、まぁそれもさほど気にするものでもないだろう。

 真っ直ぐに駅前を通過し、待ち合わせの場所へと向かう。

 そのままジョギングのペースで走り続けると、ほどなくしてその場所が見えてきた。

 街の中心からおよそ三百メートルほど東に離れたところに位置する、大き目の公園だ。

 その入り口に、すでに二人分の人影が立っている。

「おや? 噂をしていれば、やってきましたよ」

「あら、ホントだー」

 泉水と藍瀬は口々にそんなことを言っている。

 相変わらずだが、藍瀬の間延びした口調は何と言うか全く緊張感を感じさせない。

 いや、むしろあの口調が急変してしまう方が逆に不気味で仕方なくもあるのだが……実に微妙である。

「悪い、遅れたか?」

「いえ、時間はまだあります」

「うんうん、皆やる気だねー」

「いや、お前もやる気出せよな。当事者だろ?」

「任せて任せてー。バッチリ気合入ってるんだからねー」

「…………」

 胡散臭いという言葉は、きっとこういう状況で使うのが適切なのかもしれない。

 思ったが、彼方は口に出さずに代わりに溜め息を吐き出す。


「さて。集まった途端であれですが、最終確認といきましょうか」

 泉水の言葉に全員が頷く。

 とにもかくにも、これから行われることは良い意味でも悪い意味でも一か八かという例え方が一番正しいからだ。

 チャンスは一度っきり。

 タイミング、連携、全てにおいて絶妙のタイミングが要求されるとともに、多少の運も味方につけなくてはならないだろう。

 まぁ、ここまできたらもうやるしかない。

 レイヤと藍瀬の言葉に耳を傾けながら、時折泉水と彼方が問いを投げていく。

 それらに対してもある程度頷ける答えが返ってきたところで、ようやく今夜は動き出した。

「……じゃあ、そういう手順でお願い。私と藍瀬は、まず結界の解除の準備に向かうわ。行動開始は……今からジャスト十五分後。それまでに配置についておいて」

「了解しました。こちらは任せてください」

「そっちもしっかり頼むからな?」

 互いに一言ずつ言い放つと、泉水と彼方は各々に空間移動の呪文でその場から姿を消した。

「藍瀬、私達も急ぎましょう」

「…………」

 返事のない藍瀬に、レイヤはもう一度声をかける。

「……藍瀬?」

「……ん? ああ、そうだねー。私達も急ごうかー」

「……ええ」

 何か言いたくて仕方がないのを、しかしレイヤは必死で堪えた。

 少なくとも、今はそんな余計なことを口にする時ではない。

「空間移動、オン」

 藍瀬のその言葉とともに、レイヤの姿もともに消える。


 彼方は二十階建てのマンションの屋上にいた。

 夜中ということもあるが、思った以上にビル風が強くて驚いている。

「っと、風、強すぎだろ……」

 乱暴に吹き付ける突風は、前髪をあらぬ方向に吹き飛ばそうとしている。

「とりあえず、時間まではここで待機だな」

「うむ。もっとも、いくら人影が少ないといっても、この位置から動くものを視覚だけで捉えるのも一苦労だが……」

「まぁ、俺達の目はあくまで保険みたいなもんだしな。実際には藍瀬達が施した、監視の術式を通じて情報を受け取るだけだし」

 術式を介して目標を確認できた場合、目標の現在地からもっとも近い場所にある術式が反応するように仕組んであるそうだ。

 要するに、その反応さえ見逃さずにいればどうにかなるというわけである。

「とはいえ、向こうも負われているという自覚はあるだろう。あの手この手でこちらを振り切ろうとしてくるはずだ。当然、追い込む前の段階で先頭になる可能性もある。準備は怠らないようにな」

「分かってるって。それに、うまく追跡の呪文を当てることができたら、それはそれで一つの成果だろ?」

 彼方はポケットの中から呪文カードをいくつか取り出す。

 今夜に備え、予めいくつか作っておいたものだ。

「うむ。まぁ、恐らくその心配はないとは思うがな」

「どういうことだ?」

「アルタミラがいる」

 言って、テトラは深い黒に染まった空を見上げた。

 目を凝らさなければ分からないが、そこにはアルタミラがゆっくりと街全体を見下ろしながら旋回している。

 夜の闇に溶け込むような黒い体だが、ただ一点のみ、その赤みを帯びた鋭い目だけが妖しく輝きながら街を見下ろしていた。

「アルタミラの能力があれば、案ずることもないだろう」

「能力って……ああ、鳥目ってことか? 確かに人間なんかよりはずっと頼りになるな」

「いや、そんなものではない」

「ん?」

「正確に言えば、そんなものの比ではない、となるな。鳥目などという程度の低いものでは、あれは済まされない。夜の中に限って言えば、あの目はまさに千里眼にもなりえるだろう」

「千里眼って……ものすごい距離の離れた場所の映像が見えるっていう、あれか?」

「果たして、その程度で済むものかどうか。もしかしたらアルタミラは、地球の裏側まで見通しているかもしれんな」

「……デタラメだな」

 が、この場においてはこれ以上頼りになるものもない。

 宵闇の支配者の名を受け継いでいるというのも納得できる。

 彼方は携帯を取り出し、時刻を確認する。

 実行まで、あと六分。


 藍瀬とレイヤは、街を覆う結界を施した地点にやってきていた。

 この場所で結界を解除すると、街を覆う結界は消えてしまうわけだが、それは何も一瞬で綺麗さっぱり消えうせてしまうというわけではない。

 具体的には、まずこの地点……結界の起点となったこの場所から結界が消えていき、それが徐々にドーム状に広がっていくようになる。

 つまり、まず最初に出口としての穴が出現するのはこの地点だ。

 なので、結界を解除してからも藍瀬とレイヤはこの付近に身を隠しておくことになっている。

 穴に真っ先に向かってきた目標を捕らえるためだ。

 泉水と彼方の両者には、それぞれ街の北と南でもっとも高い場所から周囲を観察してもらっている。

 が、これらは本当に保険のようなもので、シュナイダーの性格や思考からして、間違いなく最短のルートでこの地点までやってくるであろうことは予測できている。

 その他の準備も、この三日間の間に完璧に用意できている。

 仮にこの穴の付近で藍瀬達に感づいて逃げようとしたところで、周囲に施したさらなる術式でそれを防ぐことはできる。

 断言してしまえば、勝負は始まる前からすでに決しているのだ。

 これは勝ちの決まったゲームだ。

 だからこの状況でも、藍瀬とレイヤに焦りなどは微塵もない。

 あとはただ、時が経つのを待てばいいのだから。

「……これでよし、と。残り時間は……あと三分ってとこね」

「こっちの確認も終わったわ。全部問題なしよ」

「ん、ありがと。さてさて、それじゃ久しぶりに本腰入れておかないといけないわね」

 藍瀬は軽く体を動かし始める。

「……本気、ね」

「……くどいよ、レイヤ。もう決めたことなの。迷わないし、躊躇わない」

「アナタがそこまで言うのなら、私はアナタに従うわ。それが使い魔としてのあるべき姿なのだから」

「……悪いね。嫌な思いさせちゃって」

「この程度でそう思うようだったら、アナタと五十年以上も付き合ってこなかったわよ」

 少しだけ嘲りを含めた笑みでレイヤは返す。

「言ってくれるなぁ」

 苦笑し、藍瀬は返した。


「けれど、一つだけ覚えておいて」

「ん?」

 レイヤの言葉に、藍瀬は視線を落とす。

「もしもアナタが自分の中に迷いを感じたら、その時は……その時は、笑って許してあげるわ。だから、自分の気持ちに嘘だけはつかないでほしいの。それによって傷を負うのは、他でもないアナタ自身。私は、そんなアナタは見たくない」

「……肝に、命じておくよ」

 藍瀬は曖昧な表情で答えた。

「……さて。それじゃあ、お喋りはもうおしまい」

 藍瀬は目の前に手を差し伸べる。

 すると、空間がグニャリと歪んで小さな穴が開く。

 その中に手を差し込んで、藍瀬はそれを引きずり出す。

 自らの身長よりも一回りほど大きい、白い布に包まれた長い一本の棒状のもの。

 その白い布の先端部を、藍瀬は力いっぱいに引っ張った。

 シュルリと音を立て、白い布が夜風に乗って宙に舞う。

 やがて姿を現したのは、銀色に輝く長い一本の棒……ではなく。


 「――おいで、微笑道化師スマイルピエロ


 その言葉に反応し、棒の片方の先端部に変化が生じる。

 月の輪郭を思わせるような三日月形の刃が、ちょうど船の碇を思わせるような形で姿を見せた。

 それはまるで、薄く歪んで笑みを浮かばせる誰かの口元のような不気味さを連想させる。

 刃が片方だけに生えていれば、それはさながらに死神の手にする鎌を連想させただろう。

 が、刃は両方へと伸びる。

 それは死神という神に対する冒涜か、それとも嘲りか。

 答えず、藍瀬はわずかに目を細め、告げる。

「スタート」

 穴が、ゆっくりとその顔を覗かせた。



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