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Astral  作者: やくも
30/59

第三十話:中休み


 翌日が土曜日であると気づいたのは、当日になってからだった。

 久しぶりに昼過ぎまで熟睡していた彼方だったが、どういうわけか、ベッドから転がり落ちて目を覚ます羽目になる。

「……痛ぇ……」

 床の上に額を思いっきり強打し、彼方はわずかに身悶える。

「やっと起きた。全く、放っておけば一日中でも寝てそうよね」

 と、すぐ横からは聞き覚えのある声が聞こえた。

 確認するまでもなく、それが西花のものだということはすぐに分かった。

「……何だよ。いいじゃんか、休みなんだし。たまにはゆっくり寝かせてくれよ」

「……アンタねぇ、昨日の放課後に約束したこと、もう忘れたわけ?」

「……は? 昨日の放課後……?」

 彼方は寝起きでまともに動かない頭を、それでもフル回転させて記憶を引っ張り出す。

「……あー」

「思い出した? だったら、さっさと着替えて支度しなさいよ。待ち合わせに遅れちゃうわよ」

「知らん」

「……は?」

「記憶にございません。かしこ」

 言うなり、彼方は再びベッドの中へ戻っていく。

 惰眠を貪るのもたまには悪くないはずだ。

 そうでなくても、最近は夜中で歩くことが多くて睡眠時間が足りていないのだ。

 もっとも、その分をしっかりと授業中の居眠り取り返しているのだが。

 とりあえずもう一眠りしようとベッドに横になった、その瞬間。

 絶妙のタイミングで枕を引き抜かれ、そんな違和感に気づいた彼方がわずかに顔を上げたとき、目の前には血眼の西花が枕を大きく振りかざしている姿があった。


「アイツら、何やってんだ……」

 その時、大地は駅前の喫茶店の前にいた。

 携帯のディスプレイで時間を確認すると、待ち合わせの時間から五分ほどが過ぎたところだった。

「まぁ、色々あるんじゃないの? それに、最近彼方は疲れてるみたいだったし。大方昨日の約束もうろ覚えで、腹を立てた西花が無理矢理叩き起こしてるってとこじゃないかしら」

「現実的過ぎて逆に嫌だな……と、言ってる側から来た」

 大地が指差すと、通りの向こう側から西花がやってくる姿が見えた。

 が、その付近に彼方の姿は見えない。

 何かあったのかと思ってよく見ると、西花が何か引きずっているのが分かる。

 ズタボロにされた彼方だった。

 二人はそれを見てなお、無言だった。

 何が起こったのかは火を見るより明らかで、それだけに笑えなかった。

「相変わらず、お前の勘は鋭いな」

「ありがとう。けれど、複雑な気分だわ」

「全くだ」

 その後、信号待ちを終えて歩道を渡ってくる西花と荷物がやってくる。

 西花は大地と斎の姿を見て軽く手を振ったが、引きずられる彼方にそんな余裕はなさそうだった。

「ゴメン、ちょっと遅れた」

「いや、それは別にいいんだけどよ……」

 大地の視線が当然のようにそこに向く。

 同様に、斎の視線もその一点に集中した。

 そして二人は示し合わせたかのように、ステレオで聞いた。

「「それ、生きてる?」」


「……死ぬかと思った」

 とりあえず目の前にある喫茶店へと入り、四人はそれぞれに飲み物を注文した。

「いや、死んでたって。間違いなく」

 彼方の発言に大地は的確に突っ込んだ。

「うっさいわね。大体、約束もロクに覚えないで寝坊したアンタが悪いんでしょ」

 と、悪びれた様子もなく西花はアイスコーヒーを啜った。

「まぁ、いいじゃないの。とりあえずまだ時間までは余裕があるんだし。待ち合わせ、もう少し遅らせてもよかったかもね」

「それにしても、よく寝るよな。最近お前、学校でも居眠りばっかしてるじゃんか。徹夜でゲームでもしてるのか?」

「……別に。そういうわけじゃねぇけど……」

 ズズズと、彼方も注文したカフェオレを啜りながら曖昧に答える。

「でも、別に顔色とかは悪くはないみたい。まぁ、昔から彼方も大地も頑丈だったしね。無駄に」

「最後の一言は余計だ」

 ここでも大地が冷静に突っ込む。

「……どうせ、夜遊びでもしてるんでしょ」

 一部の事情を知る西花がそう言うが、大地と斎にとってその言葉の意味は深いものではなかった。

 飲みかけたカフェオレを吹き出しそうになりつつも、彼方はそれをどうにか堪えた。

 視線だけでその旨を伝えると、対する西花も視線だけで本当のことじゃないと、そう返してきた。

 それに関しては反論のしようがなく、彼方はすごすごと引き下がる。

「何だ? まさか彼方、お前本当の夜遊びでもしてるのか?」

「バカ、そんなんじゃ」

「貴様、学生の身分でありながらそんな行動が許されるとでも思ってるのか? 見損なったぜ」

 としかし、大地は彼方の話を最後まで聞く前に何やら興奮気味に話し始めた。

 その口からは生涯飛び出してくることがないようなまともな発言に、西花も斎も目を丸くしている。

「大地、アンタ何か拾い食いでもしたの? それとも頭でも打った?」

「バカなのは重々承知してたけど、まさかもう手遅れになってるなんて……」

「ふざけんな。こっちは大真面目だ。で、どうなんだ彼方? 健全な学生にあるまじき行為じゃないのか、それは?」

「いや、だから……」

 いつになく真剣な目つきで大地が聞いてくるので、さすがに彼方も一歩身を引いてしまう。

 演技にしては気合が入りすぎている気がするし、もしも本当に身を案じて言ってくれていることなら無下にするのもどうかと思う。

 しかし、そんな考えは一瞬で吹き飛ぶことになる。


 「――チクショウ、水臭いじゃねぇか! どこなんだ? 俺にも紹介しやがれコノヤロウ! 俺達のパラダイスはどこに」


 言いかけたところで、隣の斎からの拳と、テーブル越しからの西花の拳が顔面に直撃した。

「……ハァ」

 彼方は深く溜め息をついて、カフェオレの残りを啜り上げた。


 四人は喫茶店を出て、目的地へと歩き出す。

 とは言っても、その目的地はここから徒歩でも五分とかからない場所にあるので急ぐ必要はない。

 ほどなくしてその場所が見えてくる。

 六階建てのビル状に作られた映画館だ。

「さすがに土曜だと、人の出入りも多いな」

 通りの上には大勢の人がいた。

 その全てが映画館の客足ではないとは思うが、それにしても多い。

 彼方達は人ごみの中を掻き分けながら進み、ビルの中へと入る。

 喫茶店で斎から手渡されたチケットを片手に、エレベーターで四階まで上る。

 到着したフロアは、比較的人はまばらだった。

 まぁ、新作映画の試写会ならこんなものだろう。

 彼方は改めてチケットを見る。

 そこに描かれたイラストなどを見るからに、どうやら西洋風のファンタジー映画のようだった。

 戦争の一部のような景色がそこに描かれている。

 しばらく待っていると、フロアにアナウンスが流れた。

「試写会にご来場のお客様は、エレベーターから見て左側の通路から入り、順次受付を通って中へお入りください」

 その声に誘導され、彼方達も列に並ぶ。

 受付でチケットを見せ、中に入った。

 普通の映画館よりも一回りほど狭い空間には、およそ三百人ほどが座れるくらいの座席数があった。

 彼方は試写会そのものが初めてなので、こんなものなのかと思った。

「これ、座席とか決まってるの?」

「ううん、特には。せっかくだし、見やすい席にしましょう」

 斎の提案に従い、四人は中央中段ほどの席に座る。

 会場の中はしばらくの間ざわめきに包まれ、彼方達もそれに合わせるように適当な会話を繰り返していた。

 やがて、開演を知らせるであろうブザー音が鳴り、証明が静かに落ちていった。

 目の前のスクリーンにぼんやりと映像が映し出され、物語のプロローグらしい字幕が流れ出す。

 そんな中、スクリーンに映った一人の老人がその手から炎を出した。

 それは、魔法。

 空想の中でだけ用いられる、非現実的な……しかし絶対的な力。

 それを見ても、彼方はまるで違和感を覚えなかった。

 その理由は、もはや言うまでもないだろう。

 とりあえず今は映画を楽しもう。

 彼方はそう決めるなり、同時に睡魔にも襲われ始めるのだった。


 およそ二時間に渡って映画は続いた。

 かなりボリュームのある内容で、その割には終わり方がやや微妙だったが、聞けばこれは三部作に渡る一番最初の作品なのだそうだ。

 今回公開した一作目が一般公開されるのがおよそ一ヵ月後。

 それ以降一年おきくらいで続編を公開していく予定だという。

 何とも壮大なスケールで描かれる作品だった。

「……あー……」

 映画館から外に出ると、大地は思い切り背を伸ばしていた。

「今に始まったことじゃないけど、映画とか見終わったあとは体が窮屈な気がするよな」

「まぁ、二時間も座りっぱなしなんだし、当然よね。お尻とかもちょっと痛くなるし」

「それは仕方ないよ」

「……ふぁ」

 と、彼方は小さくあくびをした。

 それを見た西花が呆れたように呟く。

「アンタ、あれだけ寝ておいてまだあくびなんて出るの?」

「いや、映画見てて眠くなるのは別のおかしいことじゃないだろ」

「目も疲れてくるからね」

「全く……せっかく斎が誘ってくれたのに、どうせ映画見ないで寝てたんでしょ?」

「バカ言うな。そこまで礼儀知らずじゃねぇよ。ちゃんと起きて見てたよ。その証拠に、お前が半分寝てたの知ってるんだからな」

「う……」

 図星を突かれ、西花は押し黙った。

「まぁまぁ。痴話げんかもそのくらいにしてだな」

「「何だって?」」

 彼方と西花はステレオで聞き返し、睨みつける。

 いつだったか、似たようなことが学校でもあった気がする。

「と、とにかくだな。もう夕方だし、少しその辺ぶらついて、その後どっかで飯でも食っていこうぜ。こうして四人で一緒ってのも、結構久しぶりなんだからよ」

「大地もたまにはいいこと言うわね。億に一つくらいだけど」

「ま、人間一つくらいはとりえがあるよな」

「役に立つかそうでないかは別としてだけどね」

「……お前らの熱い友情が身に染みる」


 色々とひどい扱いを受けつつも、四人は揃って歩き出す。

 街並みはすっかり夕暮れ色に染まり始め、オレンジ色の淡い光があちこちを照らしあげていた。

 そういえばと、彼方はふいに思い出す。

 中学の頃は、こうして四人で集まって時間を過ごすことは珍しいことじゃなかった。

 けど、高校に入学してからはこういう時間が減ったのは確かだ。

 委員会や部活もあるし、大学進学を狙うなら一年の頃から準備を始める人だっている。

 そういうすれ違いとかもあって、今日みたいに四人揃って遊んだりなんていうことは、本当に少なくなっていた。

 彼方は思う。

 今、こうしている日常は確かなものだけど、それとは違うもう一つの非日常は確かにある。

 自分がその非日常の中心にいるのか、それともその他大勢の一人に過ぎないのか、今の彼方にはまだ分からない。

 ただ一つ分かることは、非日常は日常のすぐ隣にあって、いつ侵食が始まったとしてもおかしくないということ。

 それを踏まえた上で、思う。

「……俺、こんなことしてる余裕あるのかな」

 小声で呟いた。

(あまり悲観するな、彼方)

「テトラ?」

(少なくとも、今すぐに日常がどうなるというわけでもない。今直面している問題も、解決の糸口は見え始めているのだ。たまには息抜きもしておかなくては、体が毒に犯されてしまう。休めるときに休み、やりたいことをやっておけばいい)

「……息抜き、か……まぁ、焦ってもいい結果が出るとは限らないもんな」

(そういうことだ。無理に変わろうとする必要はない。お前はお前だ。そのことを忘れるな)

「……ああ、分かってる」

(……少し急いだ方がいいのではないか? 距離が離れてしまっているぞ)

 テトラの言葉で前を向き直ると、少し離れた場所で三人が何か叫んでいた。

 大方、早く来いとか、そんなところだろう。

 彼方はわずかに微笑んで、ゆっくりと走り出した。

 今はこの、束の間の休息たっぷりと楽しんでおくことにしよう。



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