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Astral  作者: やくも
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第十四話:誘い


 階段を駆け上り、屋上に続く扉を乱暴に開く。

 バタンというその音が、静寂に包まれた夜の中に響き、残響が耳を打つ。

 そこに、いた。

「こんばんは。と言っても、つい先ほどお会いしましたよね」

 男は礼儀正しく、しかしどこかふざけたような仕草で言った。

「……あなたは、一体……」

「失礼、自己紹介がまだでしたね。私は東真泉水。魔術師です」

 あっさりと、そしてはっきりと泉水は言い張った。

「……やはりそうだったか」

 彼方の背後からテトラが顔を覗かせる。

「雰囲気でもしやとは思ったが、この魔力の量を目の当たりにしてはっきりと今は分かる」

「やはりそちらも、ペットと散歩というわけではなかったようですね。赤銅色の、まるで炎を思わせる毛色。どうやらあなたも、使い魔の一種のようですね」

「いかにも。冥界の番犬、ケルベロスが末子。天赫焔、テトラ」

「ケルベロス、ですか。これはどうやら、荷が重い相手に当たってしまったかもしれませんね。ねぇ、アルタミラ?」

 泉水が呟くと、少し離れたフェンスの上で羽根を休めていた一羽のカラスが羽ばたいてやってきた。

「……カラス?」

「……いや、違う。あれは……」

 彼方の言葉を、テトラはすぐに否定する。

「こうして相対するのは初見だな。天赫焔よ」

「……その容姿、お前はスケアクロウの……」

「いかにも。我は宵闇の支配者、スケアクロウが一子。黄昏右翼、アルタミラ」

 そう名乗ったカラスは、夜の闇の中でも一際強い黒色を放ち、その存在感を物語っている。


「テトラ、あのカラスも使い魔なのか?」

「うむ。スケアクロウと言って、非常に知性の高いカラスを先祖に持つ種族だ。カラスという鳥は、その黒色ゆえにどの時代のどの場所でも不吉の象徴とされ、忌み嫌われる対象だった。だが実際はそうではない。鳥類の中でも一際高い知能を持つカラスを、人々は恐れていたに過ぎない。ましてやそれが魔術師の使い魔ともなれば、恐怖の象徴にもなるだろう」

「褒め言葉として受け取っておこう。しかしながら、ケルベロスの種族も恐怖と言う意味合いでは他の種族に引けを取ることはあるまい。むしろ筆頭すべき対象とも言うべきだ。優れた戦闘能力と知性を併せ持ち、魔術師全体の致命的な欠陥である基礎体力の低さを補って余りある成果を挙げたと聞く。使い魔としては理想的だろう」

「おや? 自虐とはお前らしくないな、アルタミラ」

「事実を事実として述べたまでのこと。歴史を否定する者に未来はない」

「なるほど。ごもっともだ」

「話の腰を折るようで済まないが、こちらにも聞きたいことがある」

「何かな?」

 泉水は正面を向き直り、テトラの問いを受ける。

「ここで何をしている? お前達の目的は何だ?」

「もっともな疑問だな」

「そうだね。しかし、私達にも守秘というものがある。素直に答える理由はないのだが……」

 泉水は一度、彼方とテトラを交互に見やる。

「……まぁいい。遅かれ早かれ、君達とは話をするつもりだった。その手間が省けたと考えて、質問くらいには正直に答えようか。それが結果的に私達にも必要なことになるのだからね」

「…………」

 彼方は目の前の泉水と言う男に、得体の知れない不気味さを感じていた。

 恐怖も少なからず混ざってはいるだろうが、大部分はもっと別のものだ。

 うまく言葉には表せないそれを、無理矢理言葉にして表現するのならば、それは……矛盾。

 泉水の言葉にそれを感じるわけではない。

 それはもっと別の何かだ。

 違和感と言い換えてもいい。

 ただそれの出所がどこからなのか、全く見当がつかない。

 大雑把に言ってしまえば、それは全部だった。

 この東真泉水という男そのものが、矛盾の塊のような感覚。

 そこにあってそこにない。

 そんな、正しいけど間違っているような感覚。

 その感覚が、さっきからずっと頭の中から離れなかった。


「では、一つずつ答えていくとしようか。まず、ここで何をしているか、だったね。結論から言うと、下調べのようなものだよ」

「下調べだと?」

「そう。実は私達はあるものを探していてね。それを探して、今夜はたまたまこの場所にやってきたというわけだ」

「あるものとは?」

「途中で質問を増やさないでもらいたい。私達が答えるのは最初の二つだけだ」

 言い切って、泉水は続ける。

「では二つ目。私達の目的だが、これも今答えてしまったようなものだろう。あるものを探している。それが目的だ」

 言い終えて、泉水はさらに泉水は続ける。

「さて。そちらの質問には答えた。今度はこちらの質問にも答えてもらいたい。異論はないはずだ」

「…………」

 テトラの無言を肯定と受け取り、泉水は聞く。

「では一つ目。君達とは先ほど門の前で会ったのだが、君達は何をしていたのかな?」

「……俺達は」

「ああ、念のため言っておくけれど、まさか本当に夜の散歩だなどという答えは勘弁しておくれよ? 笑う気も失せるというものだ」

 言って、泉水は小さく笑った。

「……見回りのようなものだ。お前が先ほど述べたように、この辺りは最近物騒だからな」

「……なるほど。ナキガラ絡み、ということかな?」

「そうだ」

「ふむ。では、二つ目。君達は何故、今この場所にいる?」

「……え?」

 彼方は思わず聞き返す。

「難しい質問をしたつもりはないのだがね。君達がここに来た理由、それを聞いているのだよ」

「……この場所で、強い魔力を感じて……それで、何が起きたのかと思って」

「……半分本当で半分嘘、といったところかな」

「どういう意味だ?」

「言葉どおりの意味だよ。少なくとも君達は、ここにいるのが私であるということは確信を持っていたはずだ。違うかい?」

「…………」

 返事がないことを、泉水は肯定と受け取る。

「つまり、だ。言い換えれば、君達は私を止めにきた。こう判断することもできるわけだ」

「……何が言いたい?」

「言葉どおりの意味だ。が、もう少し分かりやすく言えば、そうだな……」

 一度口を閉じ、再度泉水は口を開く。

 歪んだ微笑を、その顔に貼り付けて。


 「――私達の邪魔をしにきたのかと、そう聞いているんですよ」


 言い終えた瞬間、場の空気がガラリと変わった。

 もともと溢れ出していた魔力が、さらに勢いを増して蒸気のように立ち上る。

 ものすごい威圧感。

 風が出ているわけでもないのに、真っ直ぐに立っていることさえ難しい。

 目には見えない圧力が、あらゆる方向から体を押し潰しているようだ。

「く……」

「っ、何という魔力だ。桁が違う……!」

 次の瞬間、フッとその圧力が消える。

「……失礼」

 泉水がそう言うのと同時に、今まで周囲を覆い尽くしていた嵐のような魔力が跡形もなく消え去った。

 いや、泉水の中へと戻っていったに過ぎない。

 恐ろしいほどの総魔力量。

 ナキガラの百や二百では足りないのは明白だ。

「さて、話を戻しましょうか。こちらとしては、ここからが本題ですから」

「本題、だと?」

「はい。これも難しい話じゃありません」

 薄く笑って泉水は続ける。

「前述のように、私達はこの街であるものを探しています。それが何であるかは今は言えませんが……単刀直入に言いましょう。そのあるものを探すのを手伝ってもらいたいのです」

「……手伝う?」

「はい。私一人でも探しきれないことはありませんが、やはり時間がかかります。だからどうしても人手がほしい。とはいえ、普通の人間ではそれを探すことはまず不可能なのです。そこで、魔術師である君達にぜひとも手伝ってほしいのですよ」

「……テトラ」

「……そのあるものとやらが何であるかを教えもせずに協力しろと言うのは、少々都合が良すぎるのではないか?」

「ええ、分かっています。ですから、断っていただいてもこちらとしては一向に構いません」

 あっさりと引き下がる泉水に、彼方とテトラは逆に違和感を覚えた。


「断られた場合、こちらとしてはそれ以上は特に無理強いして協力を仰ぐことはしません。時間はかかりますが、私一人でも何とかなるでしょうから。ですが、その場合こちらからも一つお願いがあります」

「……何ですか?」

「私達の邪魔をしないでいただきたい。ただそれだけのことです」

「……意味深だな。邪魔をされるようなことなのか?」

「そうですね。道徳的に考えれば、恐らく私達にやろうとしていることに賛同する方々は一握りでしょうから」

「……一体、何をしようとしているんですか?」

「じきに分かりますよ。嫌でのその目に焼き付けることになります」

 そう言うと、泉水は上着のうちポケットの中から一枚のカードを取り出した。

 反射的に彼方とテトラは一歩下がり、次の動きを警戒する。

「ご心配なく。これは君達を攻撃するような呪文のカードではありません。とりあえず、今夜すべきことは果たしました。こうしてお話することもできましたからね」

「待て、まだこちらには聞きたいことが……」

「残念ですが、これ以上は話せません。協力していただけるなら話は別ですがね」

「っ……」

「気が変わったらいつでも言ってください。歓迎しますよ。ですが……」

 薄く笑い、泉水は続ける。

「くれぐれも、私達の邪魔だけはしないでいただきたい。するなとは言いませんが、その時はこちらも君達を敵として認識し、それ相当の方法で排除しにかかります。そのことだけは、どうか忘れないでおいてくださいね」

 言い終えると、その場から泉水とアルタミラの姿は消えた。

 恐らくは、あのカードが空間移動の呪文だったのだろう。

「……何だったんだ、一体……」

「……はっきりとは分からん。だが、ヤツラは何かを企てている。それだけは確かだ」

「うん……」

 こうして、もう一人の魔術師は彼方達の前から姿を消した。

 いくつかの疑問を含んだ言葉を残して。




「さて。どうしたものか……」

 泉水は地上二十五階建てのビルの屋上にいた。

「少々喋りすぎたのではないか? あまり鍵を与えると、感づかれる危険がある」

「心配は無用だよ、アルタミラ。同じ魔術師と聞いて多少は警戒したが、あの程度の総魔力量では私には遠く及ぶまい。脅威と呼ぶには程遠いものだ」

「……確かに。どうやらあの魔術師は、最近になってようやく力に目覚めたようだな。素質そのものはあるのだろうが、扱い方がそれに追いついていないようだ」

「仮に私達に敵対したとしても、無駄に命を散らせるだけだろう。何よりあのケルベロスがいる限り、自分のマスターにそこまでの無茶はさせないだろうさ。もっとも、協力者の当てがなくなってしまったのは少々残念だったがね」

「焦ることはあるまい。毎夜ごとに確実に事を成していけば、七日目には儀式場は完成を迎えるのだ」

「そうだね。たまには、自分で動いてその過程を楽しんでみるというのも、悪くはないかな」

「だが、面倒なこともあるな」

「ああ。彼らの言っていた見回りというのが事実なら、この街でも相当数のナキガラが沸いていることになる」

「恐らく、この街に入る前に感じた魔力の総量の多さには、少なからずナキガラのものも混ざっているだろう」

「ナキガラは魔術師に対しては敵対しているからね。いちいち相手をしながら儀式場を完成させるとなると……やれやれ、考えただけで肩がこってしまうよ」

「……アレを使うか?」

「……いや、さすがにそこまで目立つ行動は控えたほうがいいだろう。いざというときは別だが……当面は私一人で何とかしよう」

「ふむ。どうやら、思っていたより面倒なことになりそうだな」

「……このことかな? 君の言っていた、油断するなということは」

「そうかもしれん。が、我々がそう考え始めていることが、そもそも油断なのかもしれん」

「これはこれは。一本取られたね」

 小さく笑って、泉水は夜の街を眺める。

「……必ず成し遂げてみせるさ」

「…………」

「たとえ、どれだけの犠牲を払ったとしてもだ。私は成さなくてはならない」

 ビル風が吹き付けて、泉水の長い金色の髪が夜を泳いだ。


 「――扉を、こじ開けてやる」


 その独り言は、闇の中に静かに消えた。



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