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Astral  作者: やくも
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第十三話:真夜中の出会い

「気になること?」

「うむ」

 ふいのテトラの言葉に、彼方は聞き返す。

「三日前の夜のことを覚えているか?」

「三日前っていえば……あの、黒い騎士とやりあった時か?」

「そうだ。あの時、私はこう言った。ナキガラがいる、それも複数だ、と」

「ああ、そういえば言ってたな、そんなこと……」

 と、反芻したところで彼方は気づく。

「ちょっと待て。複数? でも、あのときはナキガラは一匹しか」

「そうだ。今更だが、そのことが妙に気になってな」

 ベッドの上から降り、テトラは続ける。

「あの時私は、確かに二つほどのナキガラの気配を感じ取っていた。だが、実際に現れたのは一匹だけ。もう一匹の気配は、戦いの最中でどこかへと消えてしまっていたのだ。そのときはそれほど気にかかっていたわけでもないのだが……」

「けど、それって単純に逃げたってことじゃないのか? 相手が悪いって思ったりとかさ」

「……そうかもしれん。だが、先日のことを考えるとあまり呑気に構えている余裕もない。ナキガラもカードを扱える以上、長期に渡って放置すれば、より大きな力を得てしまうだろう。場合によっては、現時点での私達の手に負えなくなる可能性も否定できない」

「……要するに、早い段階で叩いておきたいってことか」

「そういうことだ。待ちに回っている分には安全ではあるが、みすみす敵の強化を許すことにもなる。できる限りはこちらからも討って出るべきかもしれん」

 テトラの場合、自身を中心としたおそよ半径三百メートルの範囲にナキガラがいる場合、それを気配として察知することができる。

 だが、逆に言えばこの地点……彼方の自室から半径三百メートルの範囲の外でナキガラが発生した場合、当然だがそれを察知することはできない。

 なので、中心点でもあるテトラが移動することにより、その範囲も同時に移動させ、警戒網の中でナキガラを察知する必要がある。


「じゃあ、早速今から行くか?」

「そのつもりだ。だが、その前にカードを作っておいた方がいい」

「作るって、一体どうやって……」

「あの箱を持ってきてくれ」

「箱?」

 箱とは、あの黒い立方体のことである。

 同時に、テトラが長い間封印されていたものでもある。

「中を見てみろ。白いカードが入っているはずだ」

「……あ」

 言われたとおり、箱の中にはいくつもの白いカードが収められていた。

 数日前までは、中身は空っぽだったというのに……。

「でもこれ、文字も絵も何もないぞ? ただ真っ白なだけの紙キレみたいだ」

「当然だ。これからそこに呪文を書いていくのだからな」

「書いていく?」

「具体的には、魔力を消費して呪文カードを作るのだ。もちろん、高位な呪文ほど消費する魔力と長期に渡る時間を要する。が、今はそこまで高位な呪文は必要ないだろう。この前渡した三枚のカードを持っているな?」

「ああ、これだろ?」

 彼方は引き出しの中からその三枚を取り出し、テトラに見せる。

 それぞれのカードは、隠蔽、治癒、推進の呪文カードである。

「それら三枚のカードは、呪文としてのレベルは低い方だ。今の彼方の魔力でも、十分に扱うことができるだろう。そして、呪文カードにはそれぞれ系統というものがある」

「系統?」

「そうだ。その三枚に限って言えば、まず治癒と推進。これらのカードは肉体的な面を補助する効果を持つ。その系統は文字通り補助アシストを意味する。もう一枚の隠蔽、これは使用した対象をある種の状態異常にするものと扱われ、その系統は変化チェンジを意味する」

「なるほど……」

「系統には様々な種類があり、私もその全てを把握しきれてはいない。だが重要なのは、魔術師には個人差によって得意とする系統、そして苦手とする系統があるということだ。だが、系統の得手不得手とは関係なく、魔術師であればカードに呪文を刻むことはできる」

「……で、どうすればいいんだ?」

「カードの上にロザリオを置け。あとはロザリオに触れながら、魔力を送り込めばいい」

 言われ、彼方は実際にやってみることにする。

 白いカードにロザリオを重ね、そこに手を当てて魔力を送り込む。

 すると、送り込まれた魔力に反応してロザリオが光り始めた。

 その光が下地のカードに吸い込まれていき、やがてぼんやりと白い紙面の上には不思議な図柄が浮かび上がってきた。

 見たことのない模様だった。

 タロットカードをさらに複雑にしたような感じだ。


「……これでいいのか?」

「うむ、成功だ」

 彼方は図柄の刻まれたカードを手に取る。

「……何が何だかよく分からないな」

 図柄を見てもその意味は彼方にはサッパリだ。

「ふむ。これは追跡チェイスのカードだな。変化系統に属する呪文の一つだ」

「追跡? ってことは、目印みたいなもんか?」

「いや、それは標的ターゲットという呪文が別に存在する。簡単に言えば、私と同じように気配を察知するような能力だな」

「相手の場所が分かるようになるってことか?」

「そうだ。追跡は呪文発動時に、相手を攻撃する判定がある。成功すれば、呪文使用から四十八時間に限って常に相手の現在位置を知ることができるようになる。ただしこの呪文は、相手が隠蔽を使用する、あるいは四十八時間が経過することで自動解除される。まぁ、呪文としてのレベルは低い部類だな」

「カードの効果同士で、お互いを打ち消しあったりする場合もあるのか」

「うむ。そういうケースは少なくない。魔術師同士が戦う場合など、呪文カードのバリエーションと組み合わせが勝敗を決するからな。無論、相手の手の内を読むことも重要になってくる」

「……何だか、ますますカードゲームみたいだな」

「外見はそうかもしれん。だが、遊びとはワケが違う。それはもはや言うまでもないだろう」

「……そうだな」

「……そろそろ行くとしよう。あまり遅くなると、普段の生活にも支障が出るだろう」

「ああ、そうだな……でも、カードはもう作らないでいいのか?」

「今のは実験のようなものだ。それに、これからナキガラと戦うかもしれないというときに、魔力を無駄遣いするわけにもいくまい」

 それはもっともだった。

 彼方は窓を開け、いつものように外靴を履いて中庭へと降りる。

 今日は街の反対側を歩いてみることにした。

 ちょうど学校のある方角である。

 そんな姿を、西花部屋の窓から曖昧な表情で見送っていたことを、彼方は知る由もなかった。


 彼方の家から学校までは、徒歩で十五分ほどの距離がある。

 深夜の散歩というほど呑気なものではないが、歩き出しておよそ十分、これといった異常は特に見当たらない。

「……当たり前だけど、そう都合よくは見つからないな」

「うむ。いないならそれに越したことはないのだが、念には念を入れておかなくてはならん」

 思えば、彼方はこんな夜遅い時間に通学路を歩いたことは初めてだった。

 文化祭の準備などで遅くまで学校に残っていたことはあったが、それでもせいぜい夜の七時過ぎくらいには学校を出ている。

 学校側としても、あまり遅くなるのは問題だと考えているからだろう。

 とか何とか考えて歩いているうちに、彼方は学校の正門前までやってきてしまっていた。

 当然だが、校舎の中には明かり一つついておらず、グラウンドにも人影一つ見当たらない。

 こうして眺めてみると、夜の学校というのは実に不気味な雰囲気をかもし出していた。

 学校の七不思議などのように、夜の学校を舞台にした怪談話が数多く存在するのも、この光景を目の当たりにすれば納得できるような気がする。

 シンと、耳鳴りさえ覚えてしまうほどに静寂する空間。

 空気の流れる音だけが鼓膜を震わせる。

「どうだ、テトラ?」

「……特に異常はなさそうだな。他を当たるとしよう」

 彼方は踵を返し、来た道を戻る。

 その最初の一歩を踏み出した、その瞬間。

「おや?」

 と、そんな声が聞こえ、彼方の足は止まる。


 「――こんな夜中に散歩ですか? いけませんよ、最近は何かと物騒ですから、早く家に帰った方がいいですよ」


 ……その声は。

 間違いなく、彼方の背後から聞こえていた。

 彼方は無言で振り返る。

 だが、首筋にはすでに嫌な汗が一つ、音もなく流れ始めていた。

 彼方が振り返ったところ……つまり正門の前には、一人の男が立っていた。

 全身を真っ黒なスーツに包んでおり、長い金色の髪は首の後ろで一度束ねられ、それでもなお腰の辺りまでの長さがある。

 前髪はオールバックのように額部分を露出させているが、二本の髪がまるで虫の触覚を思わせるかのように顔の前に垂れ下がっている。

 表情は微笑んでいるが、この夜の暗さが重なっているせいだろうか、ひどく不気味な笑みに見えて仕方がない。

 声の感じからして、恐らく二十代前半くらいだろうか、まだ若い感じがする。

 背丈は彼方より一回り大きく、百八十前後といったところだろうか。

 ……いや、そんなことよりも。

 この男は、一体どうやって……。


 男は学校の正門前に立っている。

 正門から五十メートルほどは真っ直ぐな道が続いており、その途中に脇道などはない。

 彼方が正門前までやってくるときに、その五十メートルの道の上には誰もいなかった。

 もちろん、この男が最初から正門の前に立っていたわけでもない。

 だとしたら、この男は一体どうやって、その場所に立っているというのか?

 彼方達よりも後から現れ、気づかれずに同じ道の上を歩き、彼方達が来た道を引き返そうとして振り返ったその瞬間に、死角に入り込んで正門の前に立ち、そしてわざわざ声をかけたとでもいうのだろうか?

 いや、そんなはずはない。

 彼方にもテトラにも気づかれずにそんなことができるわけがない。

 仮にできたとして、何故わざわざ声をかける必要があるのか?

 注意をするため?

 しかしそれなら、彼方達を見かけたその時でもよかったはずだ。

 考えがまとまらない。

 混乱というよりも、もっとこう危険に似たような感覚が神経を研ぎ澄ましている。

「どうかしましたか?」

 と、男は何事もないように続ける。

「……いえ、別に」

「余計なお世話だったら申し訳ありません。ですが、本当に最近は物騒ですからね。何が起こるか分かったもんじゃありません。面倒な事に巻き込まれる前に、帰られた方がいいと思いますよ」

「……まるで、あなた自身が面倒な事を起こすような言い方ですね」

「そう聞こえてしまったのなら失礼しました。何だったら、途中までお送りしますが?」

 言葉のトーンを変えずに淡々の告げる男。

 何か、得体の知れない不気味さが滲み出していた。

 彼方はテトラに視線を送る。

 するとテトラは小さく頷いて、体を翻した。

「……いえ、結構です。戻れますから」

「そうですか。それでは、十分にお気をつけて。何かと物騒な世の中ですからね」

 彼方は来た道を戻る。

 五十メートルの直線が、やけに遠く感じた。

 そして五十メートルを歩き終えて、彼方は恐る恐る振り返る。

 だが、そこには示し合わせたかのように誰の姿もなく。

 街灯の明かりだけが、あの男の立っていた地面をぼんやりと照らし上げていた。


「テトラ、さっきのヤツ……」

「ああ。少々気にかかるな」

 一瞬にして、それでいてあまりにも強烈なイメージだった。

 一度見たら忘れられないというのは、こういうものも含めるのだろう。

 それだけの存在感と威圧感が、あの男の全身から満ち溢れていた。

 そしてその空気は、ひどく身近で感じ取ることができるようなものでもあった。

「……あの人、もしかしたら」

「彼方もそう思うか。魔力こそ感じ取れなかったが、あの目には見えない空気の壁のような重圧感。あれは酷似している」

 そう、魔術師に。

 そうだとすると余計に気にかかる。

 一体どうして、学校なんかにやってきたのだろうか。

 そのことを考えると、あの男の言葉が甦る。


 「――面倒な事に巻き込まれる前に、帰られた方がいいと思いますよ」


 まるで、その面倒な何かが起こることを予め知っているかのような口振り。

 いや、むしろあの言い方だと……。

「……テトラ、学校に戻ろう。何か嫌な予感がする」

「同感だ。あの男、魔術師であるにしろそうでないにしろ、危険な感じがする」

 彼方とテトラはもう一度来た道を引き返す。

 そしてまた正門まで続く直線に戻ってきたときのことだった。

「っ、待て、彼方!」

「な、何だ?」

「魔力だ。それも、かなり強大なものだ」

「な……」

 彼方はまだ魔力を感じ取ることができない。

 が、テトラの口振りから察するに、どうやら相当大きなものであることは間違いないようだ。

「……これは、ナキガラの十や二十では済まない規模だぞ。明らかにこの総魔力量は……」

「じゃあ、まさか……」

「うむ……これは、魔術師だ」

 そうテトラが断言したとき、学校の屋上からわずかに光が漏れた。

「あそこだ。膨大な量の魔力が、あの一点に集束している」

「っ、急ごう、テトラ」

 彼方は閉じた正門をよじ登る。

 中に入り、真っ直ぐに昇降口を目指すと、一ヶ所だけその鍵が開いていた。

 扉を開け、土足のまま先を急ぐ。


 そんな光景を、屋上から見下ろす影が一つ。

「……やれやれ。忠告したというのに」

 全身を黒いスーツにまとった金髪の男は呟く。

「仕方あるまい。魔術師は、知らぬ間にも互いの魔力で引き合うものだ」

 どこからやってきたのか、不吉の象徴とされる黒い鳥は、夜の闇の中でも一際強く浮かび上がる輪郭だ。

 そのカラスは男の肩を止まり木にし、漆黒の瞳でそう語る。

「まさかこんなに早く、ご同輩と会うことになるとはね。これも運命というものなのかな? なぁ、アルタミラ」

「偶然と必然は似て非なるものだ。しかし、偶然の積み重ねが必然となることもまた必然。運命の一言で片付けるには、些か無粋だ」

「相変わらず詩的だね」

 男は同じ微笑みを浮かべる。

「では、とりあえず今夜は偶然としておくことにしよう。いずれにせよ、いつかは出会うことになっていただろうからね」

 男は上着のうちポケットから黒い皮の手袋を取り出し、それを両手に着けていく。

 ギチリと音が鳴り、アルタミラは男の肩を離れフェンスの上に着地した。

「して、どうするのだ? 戦うのか?」

「まずは話をしてみるよ。理解して協力してもらえるのなら、これに勝る助けはない」

「ふむ。だが、そううまくはいくまい」

「その時はその時さ。私の目的の障害になるようならば、心苦しいが止むを得ない」

 一拍の間を置いて、男は言う。


 「――大人しく死んでもらうとしよう」


 表情を変えずに、男は言った。



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