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「発射」


 静かに、しかし力強く、ヴァルコクルスは主砲の発射ボタンを押した。


 二基のジェネレイターによって蓄積された膨大なエネルギーが、すべてを消滅させる破滅の光となって砲身から撃ち出される。一瞬で消費されるエネルギーの大きさに、船が貧血を起こし数秒だけ船内が停電に近い状態になる。


 すぐさまエネルギーが回復し、照明及び電気系統が息を吹き返す。コンピュータが直ちに再起動し、再点検を開始。その隙間を縫うように電子頭脳の端っこを使い、射出したエネルギーの後を追いかける。結果は現在着弾中。ここまではさっきと同じだ。


 だが今回は前回とはエネルギー量が違う。違い過ぎる。ケタが違うと言ってもいい。


 40万キロ向こうを覗ける量子反響型カメラがアペイロンの状況を捉える。モニターに映ったのは、やはりガヴィ=アオンと同じこちらの攻撃に対して防御するしかできないアペイロンの姿である。


 しかし今度は出力が違う。いくら戦艦の主砲の直撃に耐えるアペイロンの装甲でも、恒星の表面温度を超える熱量の直撃を受ければタダでは済まないだろう。


 それに射出する勢いも前回の比ではない。ガヴィ=アオンはビームの勢いに身体が耐え切れなかった。アペイロンがどれだけ頑丈か知らないが、ヴァルコクルスは自分の船が負けるとは欠片も思わない。


 その自信を裏付けるように、ヴァルコクルスの撃ち放ったビームはじりじりとアペイロンを苦しめている。アペイロンは先のガヴィ=アオンと同じく、ネオ・オリハルコンにビームのエネルギーを吸収させているようだが、同じ方法は二度も通用しない。ネオ・オリハルコンが吸収できる許容量をビームが超えているのは、先刻承知だ。


 時間の無駄だ、とヴァルコクルスは思った。すべてはすでに計算で出ている。過去に公表されているネオ・オリハルコンのデータから算出したアペイロンの耐久力に対して、この船の最大射出エネルギー量はゆうに倍を超える。増設したコンピュータで計算するまでもなく、この勝負ハナっからアペイロンに勝機は無い。プロは勝算の無い勝負はしないのだ。


 先のガヴィ=アオンの情報を元に、ネオ・オリハルコンが吸収できるエネルギーの総量を算出すると、ヴァルコクルスの船の撃ちだすビームの総エネルギー量を半分も吸収できない。


 つまり、この一撃で確実にアペイロンは消滅する。


 ヴァルコクルスは射撃に関して大部分をコンピュータの計算など機械に頼るが、最後の決め手となる部分では自分の感覚を信じる事にしている。それは、この世界には機械の計算では到達できない領域があるからだ。どの分野でも、超一流と呼ばれるすべての存在はこの領域に達しているとヴァルコクルスは考えている。もちろん自分もその中の一人だ。


 だが逆に、個人の能力や努力ではどうしようもない世界があるとも思っている。自分の父親がそうだったように、凡人がいくら努力しようとも、到達できない高みというものがある。負けるべくして負ける状況というものがある。


 それが今この瞬間、数々のデータに裏打ちされた結果だ。ここからどれだけアペイロンが無駄な足掻きをしようとも、決して覆らない現実がそこにある。確実な敗北、確実な死。ヴァルコクルスがこれまで数知れずこなしてきた仕事を、変わらず今日もこなす。それだけのはずだった。


 が、


「……む?」


 もうとっくの昔にアペイロンが消滅して勢い余ったビームがこの星を貫通しているはずなのだが、いつまで待っても何の変化も現れない。ビーム射出中につき鮮明な画像は期待できないが、ヴァルコクルスはカメラを操作してエネルギー感知モードに切替える。こうすればビームが今現在どこに命中しているかが見られて、どれだけアペイロンがダメージを受けているか視覚的にわかるからだ。


「なに?」


 ヴァルコクルスが呻く。熱感知映像サーモグラフィのような画面に切り替わったモニターには、高エネルギーを表す白で全身が染まったアペイロンの姿だった。いや、全身ではない。アペイロンの両腕が最もエネルギー量が高い。よく見れば回転する両腕がビームのエネルギーを取り込み、さらに全身を循環しながら濃縮しているように見える。


「奴は何をしているんだ……?」


 アペイロンの現状は、ヴァルコクルスの理解を超えていた。本来ならとうの昔にこの世から塵一つ残さず蒸発しているはずなのに、どうしてアペイロンは己の許容量遥かに超えるエネルギーの照射を受けながら無事でいられるのか。


 理解不能の現象はまだ続いていた。アペイロンの両腕が回転するたびに、ビームのエネルギーが減少し、代わりにアペイロンの両腕のエネルギー反応が高くなっていく。そこでヴァルコクルスは気づく。まさか、アペイロンはこちらの撃ち出したビームのエネルギーを、己のエネルギーに変換しているのか。


 そんな馬鹿な。ヴァルコクルスの計算では、アペイロンはこの船の最大射出に耐え切れなかったはずだ。


 なのにどうして。


 データが間違っていたわけでも、古かったわけでもない。いくらアペイロンが無敵であろうと、ネオ・オリハルコンの装甲や出力には物理的限界があるはずなのだ。ヴァルコクルスはそこを弱点と見抜いて、確実に突いたはずであった。


 はずであったのだ。


「まさか、」


 ヴァルコクルスは驚愕する。まさか、この短時間に。ヴァルコクルスがガヴィ=アオンをねじ伏せ、次なる一撃を放っている間に、アペイロンはさらなる進化を遂げたというのか。


「まだ成長する、だと?」


 計算外ではない。機械の計測や算出では計り知れない部分が、アペイロンにはまだあったのだ。ヴァルコクルスは、射撃に関しては機械に全幅の信頼を置かず、必ず最後の決め手となる部分は己の感覚を信じていながら、狙う相手に対しては機械の計測や算出のみを信じてしまっていた。


 それが唯一の敗因だった。


 目を閉じ、軽く息を吐く。もうモニターを見るまでもない。この一撃でも、アペイロンは倒せない事はもう十分に承知していた。


 ビームの照射が終わる。と同時に船内の電源が一度落ちる。再起動、再点検。だが最大射出後の砲身の冷却は、一撃目の倍以上の時間がかかる。それに、三発目を撃たせてくれるような相手でもないだろう。


 そう思った矢先、船体が大きく揺れた。恐らく、ガヴィ=アオンが見せたようにこちらのエネルギーを反射したのだろう。今回はそれが船に当たっただけだ。直撃しなかったのは運が良かったからなのか、それともあえて当てなかったのか。どちらにせよ、電源が再起動しなければ何もわからないが。


 ヴァルコクルスはにやりと笑う。アペイロンめ、今の一撃を外した事を後悔させてやる。だがそれにはまず、この宙域から離脱しなければ。アペイロンがこちらの想像を遥かに超えた何かで追撃をして来ないとも限らない。


 ようやく電源が再起動する。すぐさま船体の被害状況を確認。相手からの反撃を想定していないため、宇宙船の装甲は薄く保安装置もあまり充実していないので不安だったが、どうやら損傷は大した事はなさそうだった。これなら自力でどうにかできる。


 とりあえずエンジンをかけ、船を反転させる。すぐさま爆発の危険がないとわかった以上、いつまでもこの宙域にとどまり続けるのは拙い。


「アペイロン――いや、ムトウコテツ。この借りは必ず返す」


 ヴァルコクルスは自分を戒めると同時に、アペイロンに対する認識を改める。そして新たに打倒アペイロンを心に誓いながら、太陽系から離れて行った。



「はあ……」


 虎徹が大きく息を吐く。疲労によるため息ではない。殺し屋とは言え相手を殺さぬよう、直撃を避けるために神経を使ったせいだ。やはり初めて使う技ゆえに微調整が難しい。返す際のコントロールは今後の課題としよう。


 すかさずスフィーが電気ポット型通信機をメリッタたちに繋ぐ。気になるのはやはり、アペイロンが放った一撃の効果だ。


「どうじゃ?」


『ダメっすね。どうもかすっただけみたいっす。あ、でもどこか壊れたのか撤退するみたいっス』


 スフィーも大きく息を吐いた。これは命中しなかったための落胆のため息ではなく、どうにかヴァルコクルスを引かせる事ができたための安堵の吐息であろう。


「そうか。では念のために奴の船が完全にこの星系を出たら、戻ってくるがいい。ご苦労じゃったな」


『了解っス。そっちも無事で何よりっス』


『またあとでなの~』


 プシケの間延びした声を最後に、通信は切れた。再び周囲が静かになる。


 二度目の静寂は、酷く重々しかった。今回もどうにか危機を乗り越えた。しかし、これまでのように手放しで喜ぶ事はできなかった。


「ガヴィ=アオン……」


 虎徹は変身を解除し、元の姿に戻る。重い足を引きずって、舞哉とスフィーの元へと歩く。戦闘による疲労よりも、沈鬱な気分が足を重くしていた。


 二人の足元には、ガヴィ=アオンの亡骸があった。頭部だけ少し離れたところに置かれ、すぐそばにスフィーと彼女の作った通信機が置いてある。彼は全身機械の身体だったが、虎徹にとっては人の死と同じだった。


 虎徹が戦っている間に、舞哉とスフィーがバラバラに飛び散ったガヴィ=アオンの破片や手足を拾い集めてくれていた。それでも手や足の長さが足りなかったりするガヴィ=アオンの身体に向かって、虎徹はゆっくりとしゃがみ込む。


「あんたのおかげで何とかなったよ……」


 返事は無い。そして虎徹もまた、それ以上の言葉が出なかった。ありがとうと言っていいのか、それともすまんと謝るべきなのか。ただ一つ、安い涙は流すまいと固く決めていた。己の不始末のせいでこうなってしまったのに、どの面下げて泣く事ができよう。歯を食いしばってじっと黙っている虎徹の姿を、舞哉とスフィーは無言で見守っていた。


 長い長い沈黙の後、虎徹はガヴィ=アオンの上体を抱き上げた。赤ん坊を抱くように慎重に抱え、教会に向かってゆっくりと歩き出す。


「おい、どうするつもりだよ?」


 舞哉の問いに、虎徹は振り向きもせずに答える。


「決まってんだろ。丁重に弔うんだよ」


 言いながら、どこに墓を建てるのか考えてなかった事に気づいた。教会の裏庭には、虎徹が小学生の頃飼っていた金魚が眠っていたが、まさかその隣に埋葬するわけにもいかないし、さてどうしたものかと虎徹が思案していると、スフィーが「まあ待て小僧」呼び止めた。


「そう慌てて埋めなくても良いではないか。ガヴィ=アオンはほれ、この通り機械の身体じゃ。腐るわけでもなし、急ぐ事もなかろう。な?」


 スフィーが舞哉に目配せをすると、大男は挙動不審を絵に書いたような顔をした後、わざとらしく咳払いを一つし、


「ああ、そうだ。お前は知らないだろうが、宇宙人の弔い方は地球人のとは作法もやり方も何もかも違うんだ。お前がやるとかえって死者を冒涜するかもしれないからな、ここは俺たち宇宙人に任せてお前は一度家に帰れ」


 なんだか取ってつけたような提案をしてきた。舞哉の不審な態度に、虎徹はわずかに疑念を抱いたが、本物の宇宙人が二人してそう言っているのだからそうなのかもしれないと思えてきた。


「それにお前にゃ学校があるだろう。学生の本文は勉強だ。ヒーローが落第してちゃ格好がつかないぜ」


「けど……」


 舞哉はそう言うが、虎徹はさすがにこの状況で普段通り学校に行く気にはなれなかった。何もできないにしても、最後までガヴィ=アオンの埋葬に付き添うのが筋だと思う。


「気持ちはわからんでもないが、お前が居たところでクソの役にも立たん。自己満足したいだけなら止めはしねえが、奴の気持ちを少しでも汲んでやるのなら他にやる事があるはずだ」


 言葉が胸に突き刺さった。そこまで言われては、虎徹も引き下がるほかなかった。スフィーは「何もそこまで言わんでも」という旨を表情と小声でするが、舞哉は「コイツにはこれぐらいビシっと言わなきゃわかんねんだよ」と自分の意思を曲げない。


「わかったよ……。くれぐれもよろしく頼む」


「ああ、任せろ」


 虎徹は最後にもう一度ガヴィ=アオンの亡骸に目をやる。定義としては機能を停止した機械であったが、虎徹の目にはやはり死体と同じように映った。


 初めて目の前で人が死んだ。


 その事実が、取り返しのつかない現実が、虎徹の胸と心を締めつける。


 痛みに呻きそうになるのを歯を強く食いしばって堪え、短く黙祷する。


 強くならねば。


 そうでなければ、ガヴィ=アオンに顔向けできぬ。せめて、己に負けぬほど強く。


 顔を上げ、前を向く。


 後ろを向くのはここまでだ。これから先は、前だけを向け。自分にそう言い聞かせて、虎徹は重い足を懸命に動かして歩く。


 現在時刻、午前六時十三分。地球は何度目かの危機を脱した。


 アペイロンと、ガヴィ=アオンによって。


          ◆     ◆


 一方その頃、銀河系より遥かに離れた星系の、さらにこの次元とは別の位置座標にて、事の一部始終を見ている者が居た。


 ほのかに明るい空間には何もなく、前後左右どこまで続くと知れないほど広い。ともすれば上下の果ても見失いかねない茫洋とした場所で、その者は大きな空間投影装置《ALF》のスクリーンを眺めていた。


 背はそれほど高くない。だが形の良い頭から伸びる銀髪は、床にすれそうなほど長く細く美しい。白衣に似た簡素な衣服を着ており、室内を照らす光がぼんやりとその者の体格を影として映し出している。見れば、体格は華奢と言って差支えはないが、胸や尻は豊かに膨らんでおり、地球人類の女性と比較してもこれに勝るプロポーションを持つ者はそうは居ないだろう。


 その者はスクリーンに映るヴァルコクルスの宇宙船が煙を吐きながら太陽系から撤退する一部始終を見終わると、


「あら~、やっぱダメだったか~」


 別に対して期待はしていなかったというふうに笑った。


「でもあの子、案外使えるかも」


 うふ、と小さく笑う。細く長い指で顎を軽くつまむと、スクリーンの画面が切り替わる。画面には、砂浜に佇む武藤虎徹とシド・マイヤー、そしてスフィー=ファウルティーア=ゲレールターの姿が俯瞰で映っていた。


「う~ん……ちょっと危ないとこだったけど、まさかあの状況でも変身しないとはね~。やっぱ本当に変身できなくなっちゃったと見るのが正しいかしら? いやでも……う~ん」


 紅い唇をへの字に曲げ、首をかしげる。長い前髪と照明が不足しているせいで、顔と年齢がはっきりしない。声はどう聞いても女性のそれだが、若いのか年寄りなのかもよくわからない。まあどちらかと言えば若い部類なのだろうが、だからどうしたと言われればそれまでである。第一、その者にとって年齢や容姿など取るに足らない些事である。そんなもの、どうとでもなるからだ。


「となると、シド・マイヤーへのアプローチも考えないと。同じ事やってもマンネリだしね。それに、もう一体のアペイロン。――ムトウコテツだっけ? こっちの方が将来有望かな? それと……」


 画面には、スフィーの姿が大写しになっている。どうやって撮影しているのか、さっきまで俯瞰だった映像が正面からズームアップしたものに変わっている。


「どこで何してるかと思ったら、こ~んな辺境で面白そうな事してたんだ。さ~すが――」


 そこで言葉を区切る。まるで自分一人しか居ないのに、うっかり誰かに聞かれると拙い事を言いかけたかのようだ。


 咳払いをひとつ。


「ま、それはそれとして、ますます面白くなってきちゃったな~。こりゃもしかすると、もしかするかもしれないね。いや~楽しみ楽しみ」


 うんうん、とうなづいて一人で納得する。当然周囲には誰もいない。周囲どころか、この空間座標軸に生命体と呼べるものは他に存在しないだろう。なぜならここは、その者が創った空間なのだから。


「さて、忙しくなるぞ~」


 スクリーンが消える。光源の一つが消失すると、空間の明度がじょじょに下がっていき、


 やがて完全な闇になり、


 空間も存在ごと消えた。

次回更新は1月26日(予定)です。

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