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          ◆     ◆

 地球から約40万キロ離れた宇宙の片隅に、ヴァルコクルスの宇宙船があった。

 

 その宇宙船は、船と呼ぶには少しばかり独特な形をしていた。

 

 まず目につくのが、やたら長い砲身。船体の倍はある。これでは船に砲がついているのか、砲に船がついているのか分からない。


 次に船の腹に貼りついた二基の円筒形のジェネレイター。クルーザー並の船体に、その一基だけで戦艦一隻の動力から火器すべてをまかなえる性能のジェネレイターが二基。それだけでこの船の主砲の威力がとんでもないものだとわかる。


 そして砲身とジェネレイターのおまけみたいな感じでくっついている本体。まるで砲を撃つ事以外はどうでもいいとばかりにシンプルなデザインで、特に空気抵抗とか居住性を考慮しているようには見えない。総合すると、子供の描いた戦車が飛んでいるようなものだった。軍用兵器だってもう少しデザインに気を使うし、居住性もいいだろうに。


「弾いた、だと……」


 狭いコクピットの中で、ヴァルコクルスは驚愕の声を上げた。


 室内の広さは2メートル四方くらいだが、増設された計器やコンピュータがぎっしりと詰まっているので実質ヴァルコクルスが座るスペースしかない。


 だがヴァルコクルスはこの手狭な空間にそれほど苦痛を感じてはいない。何故なら彼はまだ12歳の少年だからだ。大人なら狭くて耐えられない狭小なコクピットでも、難なく座り続けられる。何時間でも、何日でも。


 とは言え、この少年がかの殺し屋ヴァルコクルスではない。正確に言うと彼は二代目で、彼の父親が初代殺し屋ヴァルコクルスなのだ。彼が殺し屋稼業を継いだのは、最近の事である。


 冷淡な瞳の中にまだあどけなさの残る12歳の少年は、特に何の迷いも疑問もなく父の仕事を継承した。殺し屋の家に生まれ、幼少の頃より殺し屋としての英才教育を受けた彼にとって、自分が父の後を継いでヴァルコクルスとなる事は当然の事だった。


 ただ一つ彼が父親と違うところがあるとすれば、手段を選ばなくなった事だ。


 彼の父は、その狙撃の腕に絶大な自信と誇りを持っていた。狙うのは目標ターゲットのみ。衛星軌道からの長距離狙撃を得意としていた。この頃はまだ、船にはでたらめなジェネレイターもついていなかった。


 だが父が死んでしばらくしたある日、どこからかコンテナ二つ分の巨大な荷物が送られてきた。どうやって居所を調べたのか不審に思いつつも蓋を開けてみると、少年が見た事もない小型で高性能ジェネレイター二基と、超長距離狙撃を可能にするための観測装置や弾道を計算するコンピューター、その他計器もろもろと取扱説明書が入っていた。誰とも知らない送り主は、まるで彼にこれを使ってこれまでとは比較にならない長距離からの狙撃をしろと言っているようだった。


 少年は迷った。普通に考えれば滅茶苦茶怪しい話である。殺し屋でなくとも何かの罠か、と警戒するのが当然で、少年も最初は機材に爆発物や発信機が取り付けられているのではと徹底的に調査した。


 しかしいくら探しても何も見つからないどころか、これらがどれほど高性能かつ高価なものかが良くわかった。どうやら面白半分やヴァルコクルスをどうにかしようという目的で送りつけてきたのではなさそうだ。相手の思惑はわからないが、乗ってみるのも悪くない。そう結論に至った少年は、父の遺産であり、唯一の仕事道具である宇宙船にそれらを組み込んだ。


 とんでもない威力になった。


 射撃性能が上がったために今までよりさらに長距離からの狙撃が可能になった。その距離は40万キロに達し、過去の4万キロから十倍となった。


 そして威力が上がった分、これまでのようにちまちまと目標だけを狙わずに済むようになった。星ごと始末できる威力があるのだ。使わずにはいられない。所詮人殺しの技術である。そこに美学や誇りなど無用なのだ。少年は一応父に敬意を払って初弾は目標のみを狙撃するが、次弾からは全力発射で星ごと始末するようになった。


 こうしてヴァルコクルスの名は、今までよりも遥かに恐れられるようになった。


 されど良い事ばかりではない。


 二基のジェネレイターによって威力がアホみたいに上がった分、砲身が耐えられなくなったのだ。


 撃てなくはない。ただ一発撃ってしまうと、砲身の冷却に少々時間がかかるのだ。少年は見知らぬ送り主に、今度はジェネレイターの出力に耐えられる砲身を送ってほしいと思ったが、その願いは未だに届いていない。


 というわけで、ヴァルコクルスの船はただ今砲身の冷却中なのである。


「やはり罠か」


 地球到着後、さてどうやってアペイロンを探そうかと思案していたところ、唐突にアペイロンの現在位置や特徴などの情報が飛び込んできた。あまりにも都合が良すぎて何かあると勘ぐったが、どうせ二射目にはこのちんけな惑星ごと葬るのだから、関係ないとあえて誘いに乗ってやった。


 たしかに情報は正しかったが、嘘は言っていないだけですべてを語っているものではなかった。


 それが、ガヴィ=アオンの存在である。


 ガヴィ=アオンの事は、少年も話に聞いた程度ではあるが知っている。宇宙一いかれた剣豪――宇宙一の剣豪なのか、宇宙一いかれているのかは定かではないが、とにかく剣の腕のみを頼りに生きてきた名うての賞金稼ぎらしい。


 まさかアペイロンとつるんでいるとは思わなかった。それにこの船の主砲を跳ね返すとは。やはり宇宙は広い。


 しかしそれももう居ない。ガヴィ=アオンは主砲の膨大なエネルギーを弾き返す事には成功したが、身体が威力に耐え切れずバラバラになった。あれでは到底生きてはいないだろう。


 これで邪魔者はもういない。


 そして今、主砲が狙う先には、さっきまでいなかったはずのアペイロンが立っている。


 どういう理屈かはわからないが、これはこれで好都合だ。


「これで終わりにしてやる」


 すぐさまヘッドアップ型の照準器スコープを跳ね上げ、操作盤コンソールに指を走らせる。主砲の再充填と射角の計算の見直しだ。初弾が通過したために惑星表面の大気密度と電磁気濃度、重力干渉に若干の変化が生じた。その誤差を直ちに修正。


 相手は連邦宇宙軍ユニオン宇宙連邦治安維持局ピースメイカーの艦隊を数えきれないほど沈めてきたアペイロンだ。星ごと始末するのでは安心できない。どうせなら主砲の全力射撃をお見舞いして、ご自慢の無敵の装甲をプライドごと粉々に砕いてから殺してやる。


 度重なる予定外の事態があったにも関わらず、ヴァルコクルスは冷静だった。どちらにせよ主砲のエネルギー充填が終わらなければ話にならない。待機時間が長いのがこの船の唯一のネックだが、標的との距離は40万キロあるため、反撃を受けたり追撃される危険が無いのでむしろメリットの方が多いと言えよう。やはり殺しは狙撃に限る。


 モニターに再計算終了の表示が浮かぶ。算出された数値に応じて、コンピューターが自動的に主砲の射角を調整する。が、最後に微調整をするのはヴァルコクルス本人だ。こればかりは機械に任せられない。狙撃手スナイパーには計算では計れない感覚フィーリングというものが求められる。言ってしまえば才能という奴だ。ヴァルコクルスは父よりも狙撃の才能があった。何せ40万キロの狙撃だ。いくら増設された機械が補助してくれているとは言え、恐らく同じ事を父はできまい。当然、彼の想像だが確信はあった。


 待ちに待ったエネルギー充填が完了した。ヴァルコクルスは額に跳ね上げておいたヘッドアップ型の照準器を装着し直す。3Dレンダリングで表示された立体表示レティクルは、ポリゴン処理されたアペイロンを映し出していた。


 右手で主砲の動きをコントロールするスティックを握り、細かく刻むように動かす。視界の中で、照準を表す△がミリ単位で動いていく。やがて△がアペイロンの虎顔の中心に移動すると、△が点滅を繰り返した。


 照準完了ロックオン


 ヴァルコクルスは右手の親指の爪でスティックの頭を弾く。安全装置のフタが跳ね上がり、古式ゆかしい赤く丸い発射ボタンが顔を出す。


「発射」


 静かに、しかし力強く、ヴァルコクルスは主砲の発射ボタンを押した。



 太陽とは別の場所で、空が光った。


「来たか」


 虎徹は腰を軽く落とし、半身の構えを取る。


 40万キロの距離を、光の矢が約1秒半かけて飛んでやって来る。いや、今度はさっきとは比べ物にならないくらい強力な一撃が来る。地球ごとアペイロンを始末するための全力の一撃が。


 できるのか、という不安はわずかにあった。


 だが迷いはもう無かった。


 ヒントはもらった。あとはやれるかどうかじゃない。


 やるんだ。


「来る」


 目の前に迫る、怒涛の如きエネルギーの一閃。ヴァルコクルスの放った、地球破壊ビームの一撃。


 これが最後のチャンスだ。生命を削った変身をした時に、覚悟はとうに決めた。


 虎徹は地球破壊ビームに対し、自ら一歩踏み込んだ。


 左手の甲がビームに触れる。


「宇宙廻し受け!」


 アペイロンは左腕を回転させながら、ネオ・オリハルコンの装甲にビームのエネルギーを吸収させる。ガヴィ=アオンがその生命を賭けて虎徹に見せてくれた最期の技――紫電一閃から得たヒントだ。


「礼を言うぜ、ガヴィ=アオン」


 左腕が一周する。当然、まだビームは終わらない。すかさず今度は右腕が受けに回る。濁流を掻き分けるようにアペイロンの腕が回り、その腕に莫大なエネルギーを吸い込ませる。


 それでもビームは終わらない。虎徹だって終わるとは思ってない。終わらないのなら、終わるまでやるまでだ。


「うおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!」


 腕の回転を上げる。まるで虫の大群でも払うかのように、アペイロンは両腕を懸命に回した。


 それでもヴァルコクルスの放つおびただしい量のエネルギーは、留まるところを知らなかった。


 虎徹は焦る。戦艦よりも大飯喰らいだと言われているネオ・オリハルコンだが、さすがにそろそろ満タンになってきた。にも関わらず、撃ち込まれているビームの終わりが一向に見えない。


 このままでは押し切られる。ネオ・オリハルコンに吸収させてビームの威力はかなり削ったが、それでも直撃すればアペイロンはともかくこの付近一帯、特に柴楽町は確実に跡形もなく消えてなくなる威力は残っている。


 どうする。何が足りない。虎徹は必死に考える。たしかにガヴィ=アオンの見せた紫電一閃の中に、大きなヒントがあった。しかしまだ何かが足りないと虎徹の中で声がする。


 焦れば焦るほど頭の中がごちゃごちゃして考えがまとまらない。


 だから虎徹は、考えるのをやめた。


 考えるのをやめて、感じる事に集中した。


 その瞬間、フラッシュバックするように、昨日のスフィーとの会話が思い起こされる。


『この宇宙に存在するすべての物には、流れというものがある。血流しかり、電流しかり、磁場しかり。その流れを肌で感じ、余すところなく読み取って、さらにそれを意のままに操ってこそ初めて、物質を【理解】したと言える。知識や思考は関係ない。大事なのは感じる事じゃ。考えるな、感じろ』


 これは虎徹の脳ミソがナノマシンで再構築されたせいなのか、この土壇場で彼が持つ生存本能が見せた火事場の馬鹿力なのかは定かではない。だが一つ言える事は、きっかけは単純な一言である。


 考えるな、感じろ。


『考えるな! 向かって来るエネルギーに逆らわず、己の力を加えて相手に返すんだよ!』


 そう、舞哉はあの時すでに答えを言ってくれていた。ただ自分が目に頼り過ぎていたために気づかなかったのだ。見えていたのに、見えなかった。見え過ぎた目は、見えていないのに等しかった。


 だから虎徹は目を閉じた。全身の細胞に組み込まれた視覚情報デバイスも閉じ、代わりに触覚を研ぎ澄ます。


 すると驚くほど見えてくるものがあった。今こうして受けている地球破壊ビームにも、エネルギーなので当然流れがある。それは電子の流れ、熱の流れ、磁気の流れ、分子の流れ。


 そして、意志の流れ。


 アペイロンを殺そうとする、ヴァルコクルスの意志の流れ。


 言ってみれば、この地球破壊ビームそのものが、ヴァルコクルスの意志の流れである。虎徹は今やはっきりと、自分に向けられる殺意の流れを感じられる。冷静で合理的でありながら、わずかに幼さと情にも似た甘さの残る感触。


 そこまで把握した時、歯車同士が噛み合うように虎徹は宇宙廻し受けを理解した。


 何故自分ができなかったのか。それは単に虎徹が投げつけられた物の流れを逸らしただけだからだ。舞哉がどうやって虎徹が投げつけた業務用炊飯器を彼に返したのか。それは舞哉が自分で言った通り、向かってくる物のベクトルに逆らわず、自分の力を乗せて虎徹に向けて流れを作ってやったからだ。つまり流れを制したのだ。宇宙廻し受けとは、万物に存在する流れを、ベクトルをコントロールする技術なのだ。


 技術開眼。知識と経験、それに理解が加わった時初めて、一つの技術が体得できる。虎徹は今、ようやく宇宙廻し受けを自分のものとした。


「理解、分解、再構築!」


 ビームの流れは理解した。虎徹は両腕の回転を上げ、ネオ・オリハルコンに吸収させるエネルギーの量をさらに増やす。だがこのままではすぐに飽和し、いくらネオ・オリハルコンと言えどオーバーヒートしてしまう。そうすれば両腕が吹っ飛ぶくらいでは済まない。


 そこで分解。ネオ・オリハルコンに蓄積した地球破壊ビームのエネルギーを、一度内燃氣環ソウルジェネレイターに取り込み、アペイロンの体内を循環させ濃縮させる。それでも吸収量が劇的に増えたわけではない。一時しのぎ程度だ。


 ならばさらに再構築。内燃氣環を経由して濃縮されたエネルギーを、今度はアペイロンが再構築して成形する。蜜蜂が花粉を丸めて足に溜めるように、アペイロンは地球破壊ビームのエネルギーを球状に成形して保持する。


 アペイロンが両腕を回転させると、糸をたぐるみたいに両手の球が大きくなり、それにつれて地球破壊ビームの威力が衰えていく。今やビームの流れは、アペイロンが完全に制していた。


「おおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」


 さらに回転を上げる。両腕が見えなくなる速度で回り、ビームをごりごり削る。それに比例してアペイロンの両腕のエネルギー球体が大きさを増し、ついには完全に地球破壊ビームを吸い尽くしてしまった。


「なんだありゃ……」


 舞哉が興奮気味に声を漏らす。アペイロンの両腕には、燦然と光り輝くエネルギーの大きな塊が二つくっついている。元アペイロンの彼には、想像もつかない光景なのだろう。弟子の虎徹はこれから、彼が初めて見る方法でヴァルコクルスの攻撃を返そうとしている。


「エネルギー満タン」


 満足そうに虎徹がにやりと笑うと、両腕をゆっくりと持ち上げる。光の球体同士が接近すると、それぞれのエネルギーに反応し合って互いの間に稲妻がいくつも走る。だがそれすらもアペイロンに制御され、やがて頭上で両腕が閉じると二つの球体は一つの巨大な塊になった。


「これがヴァルコクルスの放ったエネルギーの塊か……。何という量じゃ」

 科学者の目で見るとエネルギーの総量が計れるのか、スフィーが半ば呆れたような声を上げる。


 舞哉とスフィーが見守る中、小さな太陽を掲げたアペイロンは、一度大きく上体を反らすと、


「これが俺の宇宙廻し受け・改だ!!」


 ビームが放たれてきた方角に向かって全力で巨大エネルギー弾をオーバースローした。


 アペイロンの両腕から放たれたエネルギー弾はややホップアップ気味に飛び、雲を蹴散らして大空に吸い込まれていった。やがて光の尾が薄れていき完全に消えると、さっきまでの壮絶な攻防が嘘のような静寂が訪れた。

次回更新は1月19日(予定)です。

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