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主人公の名前が武藤虎鉄から武藤虎徹へと変更になりましたが、さる事情により前者で仮仕様だったのを今回から訂正した為です。お気になさらずに。

 ゴールデンウィークが終わると、カレンダーにあれだけあった赤い文字が途端に数を減らし、休むことだけが生き甲斐みたいな学生たちは早く夏休みが来ないかと首を長くする。


 その前に中間テストがあることから目を背けて。


 だがいくら見えないフリをしていても、真面目な生徒たちが休み時間に参考書を開いたり、放課後が試験勉強のために部活動が休みになっていたりと別のアプローチでもうすぐ試験だという現実を突きつけてくるのは、ここ県立柴楽高校でもだいたい同じである。


 そんなある種剣呑な空気が流れる中、武藤虎徹と卯月うづきエリサ、犬飼浩一いぬかいこういちの三人は、初夏の強烈な夕日の照らすグランドのど真ん中を堂々と突っ切って並んで歩いていた。虎徹を真ん中にしているので、遠くから見たら凹の字である。先日衣替えをしたので、三人とも制服が半袖になっていた。


 普段なら放課後は無駄に威勢がいいわりには大して強くもない野球部が練習しているのだが、数週間前から試験前だという名目で練習を休んでいるのでがらんとしていた。当の野球部員らは気づいていないだろうが、数週間も前から試験に向けて練習を自粛するような意気込みだから、大して強くなれないのだがまあそれはそれである。ちなみにエリサの所属する新聞部は試験期間などお構いなしの年中無休だが、さすがに試験一週間前の活動は強制ではなく自己責任とされている。


「――え? あの三人まだ教会に居候してるん?」


 エリサが青い目を大きく開いて驚くと、虎徹は「ん~」と渋い顔をして大仰に腕を組む。


「しょうがねえだろ。俺が出て行けって言うのもお門違いだしよ」


「そら教会は神父さんのやしな」とエリサは頭を掻く。ポニーテールにした長い金髪の尾がゆらゆら揺れて、夕日の熱に当てられて汗をかいているうなじが見えた。


「せやけどあの二人、なんでか虎徹によう懐いとるみたいやな。なんかあったんか?」


 じろり、と音が出そうなほどエリサが睨むと、虎徹はを視線が顔面に突き刺さるのを避けるように仰け反る。


「なんにもねえよ。あいつらが勝手に俺を命の恩人だと思ってるだけだ」


 虎徹がマウンドに乗り上がると、ちょうど両隣を歩く長身の二人と背丈が揃った。だが数歩歩いてマウンドから降りると、すぐに頭の位置が下がって捕らえられた宇宙人みたいな絵面になる。


「そう言えばあの教会も、いつの間にか宇宙人のシェアハウスみたいになっちゃったねえ」


 浩一が爽やかな笑顔を交えて何気なく言うと、今度はエリサが「ん~」と低く唸る。一家そろって敬虔なクリスチャンの彼女としては、足繁く通う教会の神父がクリスチャンどころか地球人ですらないのはかなりショックな事なのだろう。熊のような巨体や風体からして、前々からただの神父ではないとは思っていたが、まさか宇宙人だとは思わなかった。


 浩一は神父の正体を知っても、信心とか信仰とかそういうのには縁遠い性格なので、むしろあれだけ強烈な個性を垂れ流しにしている男だから、何か裏があるのではと思っていたためショックもへったくれもなかった。むしろ納得したくらいだ。


 そして浩一の言う通り、現在聖セルヒオ教会に住みついてる五人すべてが、純度百パーセントの宇宙人である。当然近所の住民や毎週ミサに来るような信者の方々には秘密だ。


「けど、スフィー一人やったらまだ親戚の子とか言うてごまかせるけど、他の三人がなあ……」


 金髪碧眼と、この中で誰よりも目立つ容姿をしている己の事は棚に上げ、エリサが困ったもんだとつぶやく。たしかに、同様に長い銀髪と日本人離れした容姿を持つスフィーはまだ外国人という事にできるが、ネコミミとしっぽのついたメリッタとプシケはごまかしようがない。


「まあ、あの二人はしょっちゅう出かけてるからまだいいが……」


「そうなん?」


「ああ、何か知らんがちょいちょい留守にして、しばらくしたら山のようにガラクタを持って帰るから置き場に困るって師匠がぼやいてたよ」


「ガラクタなんてどうするんだろう?」


 浩一の疑問に、虎徹は「さあな」とやる気のない返事をする。


「とにかくご近所の目につかないのはいい事だ。問題は――」


 そこで虎徹は言葉を止める。彼の常識外の視力が、校門の柱を背に彫像のように身動きひとつせず立ち尽くす奇妙な存在を捉えた。


 校門に近づくにつれて、学校という日常の空気に異質な気配が混じってくるのを感じる。先に門をくぐった生徒たちは、一度は何気なくその前を通り過ぎるが、視界の端にそれを捉えると必ずといっていいほど振り返って二度見をする。そして「うちの学校の門にこんな置物あったかな」みたいな顔をして、それが彫像でもオブジェでもなく、ただ門に背中をあずけて立っている全身黒の皮ツナギを着てフルフェイスのヘルメットを被ったライダーっぽい人物だと理解すると、「うわあ」とか「おぉっ」とか驚いて足早に立ち去っていく。


「……なにしてんだよお前」


 虎徹が不審者に近づくと、向こうもこちらに気づいたようで、「ようやく来たか」と門と一体化してるんじゃないかと思えた背中を引きはがした。背の高い細身の身体がカクカク動くさまは、操り人形を思わせる。


「武藤虎徹、スフィー殿が呼んでおる。直ちにそれがしと共に参られよ」


 不審者――ガヴィ=アオンはそれだけ言うと、虎徹の返事を待たずに踵を返して歩き出した。


「おいおい、ちょっと待てよ」


 慌てて虎徹が呼び止めると、ガヴィ=アオンは「む」とひと言唸り、歩みを止める。こちらを振り返るが、ミラーになっているヘルメットのシールドからは表情ひとつうかがえない。


「いきなり着いて来いって、何の説明もなしかよ」


「来ればわかる」


 取り付く島もない。相変わらず機械のように融通のきかない奴だ。いや、機械だった。


「だいたい呼び出しならケータイを使えよ……。何だってわざわざお前が迎えに来るんだよ。どんだけヒマなんだ?」


「シド・マイヤーから『あの馬鹿は呼び出してもブッチしやがるから直接行って首根っこ掴んででも連れて来い』とのお達しだ。某も家主には逆らえん、悪く思うな」


 虎徹は顔中にしわを作って「うへえ」と呻く。以前シド・マイヤーこと獅堂舞哉しどうまいやの呼び出しを無視して二度寝したことをまだ根に持っているのか。図体がデカいわりに尻の穴の小さな男である。


 だが思い当たるフシがあるだけに、これ以上無駄口を叩いても無意味だ。虎徹は観念して、ガヴィ=アオンに付き従って歩いた。


「うちらはどないしよ?」


 エリサが浩一の顔をうかがうと、勘のいい彼は人畜無害な笑顔とともにそっと肩をすくめた。どうやら関わらない方が良いという無言の表示らしい。これにはエリサも同意し、「せやな」と一度頷くと、


「ほなうちらは帰るわ。神父さんやスフィーによろしゅう言うといて」


 あっさり虎徹を見捨てて二人で帰ってしまった。虎徹は振り返らずに、片手を上げてひらひら振って了解の意思を示す。


 こうして虎徹とエリサ、浩一は校門を出て左右に別れた。彼らのやりとりを何気なく見ていた見物人の男子生徒が、すたすたと歩いて行くガヴィ=アオンを見て、


「……歩いて行くのかよ」


 と小さく突っ込んだ。当然近くにはバイクなどなかった。


          ◆     ◆


 聖セルヒオ教会へと向かう道すがら、虎徹はふとガヴィ=アオンの背中がいつもと違って寂しいことに気がついた。


「そういや背中のアレ、どうしたんだよ?」


「アレか。スフィー殿に召し上げられた……」


 心なしか、ガヴィ=アオンの声に得も言われぬ哀愁を感じた。どうやら背中が寂しいのは本人も同じようだ。


「召し上げられたって、取り上げられたのかよ?」


「是」


「剣士が腰のもん取り上げられるってどういうことだよ……」


 痛いところを突く虎徹の突っ込みに、ガヴィ=アオンは小さく「むう」と唸る。


「先日折れた剣先の修理の代償に、調べさせろと――」


 聞けば、ゴールデンウィークにあったアペイロンとの戦闘で折れた剣の補修を、宇宙一の天才スフィー=ファウルティーア=ゲレールターことスフィーが買って出たそうだ。ネオ・オリハルコンの剣の直し方など知らないガヴィ=アオンにとっては願ったり叶ったりの申し出であったが、その代償として背中のジェネレイターについて詳しく聞かせろとの事だった。


「法外な金を請求されるわけでもなし、別にいいじゃねえか」


「それが、某あのジェネレイターについて、何も存ぜぬ」


「はあ? 自分の得物だろ。何で知らないんだよ?」


「あれは、某がアペイロンを倒しに発とうとする直前に、何者かが送りつけてきた物。げに怪しきと思いつつ使ってみれば、これが実に天晴な出来。これは使わぬ理由なきと思い、此度の戦に持ち出した次第」


「……つまり、どこの誰が作ったのかわからないが、とにかく便利だから気にせず持ってきたのか」


「是」


 はあ~、と虎徹は大きくため息をつく。剣士ってもうちょっと自分の剣にこだわりとか一家言あるものだと思ってたが、幻想は見事なほど粉々に打ち砕かれた。いや、むしろプロだから得物にこだわらずただ斬れればいい、使えればいいという考えなのかもしれないが、それにしても差出人不明で送ってきた物を何の迷いもなく実戦で使うとは。コイツ脳ミソを機械化する際にヒトとして大事なもんを落としてきたんじゃないだろうか、と虎徹は思う。


 ガヴィ=アオンの背中を見る。一見するとノッポのヒョロい兄ちゃんだが、秒間一万回剣を振るその腕前がこの宇宙において無類だというのは、ついこの間手合わせをした虎徹が一番知っている。何せ限界のある生身の肉体など早々に見切りをつけ、全身機械の改造人間なのだ。剣のためなら肉体どころか脳まで捨てるという徹底ぶりに、軽く狂気を感じる。


 とはいえ、虎徹も他人の事は言えない。秒間一万回の剣撃を誇るガヴィ=アオンに勝つために、アペイロンの能力を進化させた。その代償にナノマシン化されたネオ・オリハルコンに生身の肉体を侵食されているのだ。恐らくこれからも強敵と戦うたびに、虎徹はアペイロンを進化させ、ますます人間離れしていくであろう。


 地球を――いや、家族や仲間を守るために。


 夕日が沈む海岸沿いをひたすら歩き、太陽が水平線の彼方に消える頃、ようやく聖セルヒオ教会へと辿り着いた。周囲には民家に混じって別荘が多く見られ、海辺の避暑地としては最高の環境だが、通うとなると最悪の立地である。


「おう、ようやく来たか」


 大きな鉄柵の門をくぐって教会の敷地内に入ると、熊殺しの格闘家と言っても誰も疑わないような蓬髪の大男が、巨体を窮屈そうに屈めて地面にしゃがみ込んでいた。


「何やってんだよ、師匠」


「見りゃわかんだろ、草むしりだよ」

 師匠――獅堂舞哉しどうまいやは無精ひげだらけの顔を上げ、唇をひん曲げる。グローブのようなごつい手で器用に雑草をつまんで根本から引っこ抜くと、上半身の筋肉が隆起してつんつるてんの司祭平服キャソックが破れそうなほど膨らむ。


 虎徹は嫌な予感がする。


「まさか俺を呼び出したのは、草むしりを手伝わせるためじゃないだろうな?」


「まあ、それもいいんだが――」


 舞哉は引き抜いた雑草を、ブリキのバケツに放り込む。八割ほど雑草が入ったバケツを持ち上げると、


「お前に用があるのはスフィーの方だ」


 ついて来いと言わんばかりに、舞哉はバケツを持って教会の裏手へと歩き出した。 

次回更新は12月8日(予定)です。

12月3日 一部修正しました。

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