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朝礼の時間を知らせるチャイムが校内全体に響き、ぎりぎり遅刻せずに学校に着いた零輝は未だに喋りたがるアホを黙らせてひと息をついていた。
亜緒は教室の中で待機となった。なんでもこの学校に自分のことを意識しないで見ることのできる生徒はほとんどいないそうだ。まあそれくらいなら別に問題ないだろうと楽観視した結果であるが、問題は起こらないでくれ、と零輝は願っている。
まだ寝たりない体が睡眠を欲し零輝は知らず知らずのうちに大きな欠伸をする。
「イズミン、イズミン!」
そんな零輝に前の席の女の子が元気よく舌足らずな口を必死に動かし話しかけてきた。
健康そうで色気とかは全く無縁な肢体に学年一小さな体躯。薄黄土色のブレザーを着ているというよりは着られている。
顔はなんというか童顔、髪は地毛の茶色のセミロングでよく2つ結びにしている。見る人が見たら 明らかに小学生とまではいかないが大抵の人は小学生か中学生かで迷うのではないかというくらい幼い。なんでもそれが男心を擽るらしく周の情報によると中々モテるそうだ。
普通の男、もしくは半年前の俺だったら喜んだんだろうな、と零輝は思う。
何だかんだで、彼は今でも想像してしまうのだ。三神がいる、自分のIFの世界を。
それを想像するとその楽しい世界に比べいかに自分の世界がつまらないか、と思えてしまう。
とにかく、毎朝の恒例行事みたいなものだったので零輝はダルそうに返した。
名前は知らないし聞いたこともない。
「…………さあな、八重の考えることなんて知るかよ。次はバニーで来るんじゃないか」
「にゃはは。そうだね。それよりイズミン、イズミン !」
「……周が迷惑を被るのもいつものことだろうが」
「またイズミンが発端?」
「知らん、あと唾を飛ばすな」
ハンカチでかかった唾を落としながら、馴れ馴れしく話しかけてくる奴の質問を先に予想して答える。こういう単純な子なら零輝には次に言おうとしていることがわかってしまうのであった。何が楽しいのかはわからないが彼女は笑う。笑い、続ける。
「あはは。イズミンは本当に面白いね」
「……さあなぁ」
「で、さあ」
「ちょとな。猫ににたものを飼うことになっただけだ」
いつもの会話とは少し違う会話でも先取りして答えを言ってしまう零輝に驚いたのだろう。相手は少し目を見開いて零輝を見た。
そして、沈黙の後相手は急に笑い出す。
「やっぱりイズミンは 面白い!」
「……そりゃどうも」
当然零輝としてはこれっぽっちも面白くなかったし、面白い理由すらわからなかった。 そのあとも彼女は零輝に話し続ける。世間の話、スポーツの話…… 唾を飛ばしながら早口に下を回すその様はまるでマシンガンだ。 零輝も4月の当初は無視をしていたのだが、ムカつくことにこの少女は反応してあげないと声色がドンドン高く大きくなっていくのだ。仕方なく適当に相打ちを打ちボー、とすることに務める零輝。そのとき、妙に目の前の少女の声が低くなったことに零輝は気付いた。
「それよりさ」
この少女にしては珍しく目には明らかな不快感が宿されている。
零輝は次に相手が何を喋ろうとしているのかわからない。だから黙って意識を集中させる。その様子を見て相手は不気味に笑い手を前にして手首をダランと下げる。
それの意味するところを知り零輝は一瞬かたまった。信じたくなかったのだ。しかし、彼の恐れは現実となる。
「昨日、うちの教室で幽霊が出たんだって」
「……は?!」
頓狂な声と伴に零輝は腰を浮かした。
ビックリしたのだろうか、途端に騒然としていたクラスの中が一瞬水を打ったように静かになる。
「あ……」
自分がクラスの雰囲気に水をさしてしまったのがわかり零輝は硬直してしまう。その空気を戻す言葉も見つからずにただ棒立ちになり赤面しただおろおろ辺りを見回した。
「おーい。朝のホームルームを始めるぞー」
どうとりなすかわからず呆然と立つ零輝であったが、その前に1Bのクラスを担当してある山田耕作、通称コウサクが大きな音をたてて入ってきたためにウヤムヤになってくれた。
実年齢三十四歳だが、見た目より老けているため、四十代と誤解されることが多い数学科の先生に初めて零輝は感謝して机に突っ伏する。
――どうかしましたか?
言霊が聞こえふと、そちらの方向を見ると亜緒が零輝のことを心配そうに見ていた。どうやら今日は生徒として存分に振る舞う気らしい。確かそこは八重頭の席だったような気がするがいないなら気にはとめるものか。
零輝は首を振って何もないことを伝えた。それから今度は前の席の少女に話しか けられる。
「あれぇ、イズミンがすっとんきょうな声をあげるなんて珍しいね」
「…………」
「予想外、ではなかったと思うし……」
確かに決して、その放たれた言葉は零輝の想像の範囲外ではなかった。
しかし、思いあたる節があるのだ。
――亜緒……昨日から怪しいと思っていたけど何を隠しているんだ?
季節は夏に差し掛かっているため偶然と考えるには早いが、いくらなんでもこのタイミングは不可解だ。怪し過ぎる。
零輝はなお朝のホームルーム中話しかけてくる少女の無視を決め込み考え事を続けた。
疑問が徐々に不審にかわっていった。