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「いらっしゃいませー、席は御自由にどうぞー」


残業帰りのサラリーマンに忙しく応対しながらも女性店員は愛想よく挨拶する。

○野屋店内の席はぽつぽつと空いていた。


「あそこに座ろう」


零輝は店内の角にあるテーブル席を指しながら亜緒に聞く。


「そうですね、あそこにしましょう」


テーブルは濡れ雑巾で拭きたてだったのか、少し湿ってた。


あの後、大通りに出ると安心感のためか零輝の腹の音が亜緒にも聞きとれるくらい鳴ってしまった。

朝から何も食べていないから当然と言ったら当然だったし、よくもった方ではあった。


「すまない……」


が、得体はしれないとはいえ仮にも美少女の前。一抹の見栄を覚え、謝ることで取り繕うとするも、


「いえいえ。朝からずっと何も食べずに探していただいたのはわかっていますから。あ、あんなところに吉○家がありますよ?」

「いや、いい……あまり食べてるところなんざ他人に見られたいものでもない」

「夕飯。奢っていただけるんですよね?」


との具合に押しきられて今にいたる。

なお、


「あんなところで美少女もといひ……発展途上に奢ったとなると俺の沽券に」

「訂正した理由も聞きたいですが、とりあえずいい加減にしないとキレますよ?」

「……はい」


と後に続く会話をそのまま付け加えるのは蛇足というものであろう。


亜緒は席に座ると髪の毛で顔が見えなくなる程、顔を下に向ける。


「……具合でも悪いのか?」

「いいえ、そういうわけじゃないんです。ただ、不安で……」

「不安、か……何を心配してる?」

「いえ……これから話すことが少し突拍子もないことなので……」

「心配しても仕方のないことだ。今更何に巻き込まれようが俺は驚かねぇよ」


ただし自分の利益にならないなら動かないけど、と自嘲気味に呟く。そんな零輝を見て亜緒はますます萎む。


「ま、どちらにせよ話は飯が済んでからだ。メニューは決めたのか?」

「……違うんです」

「だったらなんだ?今から店の人、呼ぶからな」


言い終えるとすぐに呼び鈴のボタンに手を延ばす。


「あ、」


亜緒は顔を上げて何かを言おうとするが、空しくも呼び鈴が押された後だった。


「はいはーい、ご注文をどうぞ」


30代女性店員さんが水の入ったコップを渡しながら注文を聞きにくる。


「牛丼定食一つ、あと水を一杯」

「牛丼定食ですね。あと水は今、持ってきましたよ」


女性店員は接客スマイルを見せながら、コップに入った水を指した。


「……彼女の分を一杯」

「彼女?お客様、お一人じゃなかったのですか?」


女性店員は顔をしかめる。零輝は苦笑いをする。


「……牛丼。特盛でお願いします」

「え?あ、はい!すみません」


亜緒が発言すると店員はようやく気がついたようだ。亜緒を凝視し、暫く目をパチパチさせ、自分の仕事を思いだし注文を繰り返す。

わかりました、と言って水を入れに行った。


「ああいう態度はなんか嫌だな」

「…………そうですね」

「ま、もし普通の人ならもっとまともに対応してくれるはずだから」

「…………っ!!いつからそれを!」


亜緒は恐る恐る、俯きながら震え、細々と零輝に言う。目には恐怖、というよりは恐れの感情。


「正確には何も知らない。今日起こったことは俺の常識では説明はできない」


でも推測ならできる、と続ける。狙う獲物を逃がさない、肉食獣の目で追求をする。


「それで……あの気持ち悪い物体も含めた君達は何者だ?」


ごくん、どちらともなくつばをのむ。耐え難い沈黙が、場を、牛丼屋を支配する。

このことに関して零輝は引く気がない。悟った彼女は暫くして重い口を開いた。


「私……いえ……私達は幽霊、というものです」


女性店員の水の入れたコップを置く音がやけ重々しく響いた。


「なるほどね……」

「疑わないんですか?」


亜緒は身を縮めながら言う。意外なことだったらしくその形のよい二重の目をパッチリと開いていた。


「今君が嘘をつくことに利益はないからな」

「はぁ」

「それにあの超状現象と闘ったんだ。今更超能力者、未来人、宇宙人、貧乳が来ようが驚かん」

「……なにかその女性の特性に恨みでもあるんですか?」

「まあ、ぶっちゃけ俺がそれを知ったからといって特に何かが変わるわけでもなし」


スルーしないでください、という亜緒の突っ込みを無視し、肘をつきながら店内を見渡す。

先程の女性店員が茶髪にピアスを付けた二十歳過ぎた男の注文を聞いていた。


「とりあえず、まず俺を呼んだ理由は……助けて欲しかったからか。じゃあ、俺を呼んだ方法から話してくれ」


視線を女性店員から亜緒のほうに移し、話の矛先を変える。


「わかりました」


亜緒はゆっくりと顔を上げて、零輝の顔を、目を見つめてまず、と話し始めた。


「貴方には“幽霊”のたてる音、つまりはすでに存在しないもののたてる音を聞き取る特殊な聴覚、“霊耳”を持っているのです」

「……精神科ならいい先生を知っているが」

「ちがいます!精神はおかしくありません!」


亜緒は激昂して手をつき立ち上がる。それを見て手を合わせ謝る。


「すまない」

「いえ、私もいかなりこんな突拍子もないことを聞かされたら動揺するでしょうから」

「脳外科だったかな」

「頭もおかしくありません!ていうか耳鼻科にでも行ったらどうですか!」

「……お前の声のせいで行っても通して貰えずかわりに精神科の先生を紹介されるんだ。だから、無理」

「すみません……」


お互いに何故か黙り込む。また、暫くの沈黙。それを打ち破るように亜緒が言う。


「あの、続けてもよろしいですか?」

「……ああ、いいよ別に」


何やら微妙な空気の中、いくつか質問をしたいことがあったが、いちいち説明して貰うのも面倒であったの、で話を続けるよう促す。


「“霊耳”は幽霊の発している音を聞くことができます」

「だから、俺には人には聞こえない音が聞こえるようになったのか?」

「はい。多分そうです。先天性の希少な能力なんです。今回私の“言霊”を聞き取れたのもその耳のお陰です」

「はぁ、なるほどねぇ……」


そうは言われても特に実感が湧かない。せいぜい自分が実は左利きです、くらいな印象だ。

霊耳かあるってことは霊目とか霊鼻とかもあるのか、と考えたところで気づく。


「先天的ってつまり……」

「生れつき備わってるものです」

「じゃあ、俺は元々霊と意思を通じさせるさせる力があったってことか?」

「そういうことですね」


亜緒はシレッ、と頷く。零輝は己の疑問を投げ掛けた。


「でも俺はそんな力生まれつきがあるって気づかなかったんだけど」

「それは、何かきっかけが――最近幽霊がいて欲しい、そう思ったとこはありませんか?」

「きっかけ?」


“きっかけ”という言葉に胸の奥にある何かが動く感じがした。


「そうです、きっかけです。よくある話ですと、最近誰か身近で死にませんでした?」

「……多分無い。少なくとも俺はそう信じている」

「ずいぶんと含みのある言い方ですね。そこに答えがあるんじゃないですか?」

「そ、そんな馬鹿な!あいつはきっと受験のストレスとかで家出したに違いない!いや、絶対に!」


零輝は三神の件を思い出す。まさか――

顔から血の気が引くのを感じた。

亜緒の話を急速に信じられない――いやそれが意味する現実を信じたくはなかった。

対する亜緒は言葉を続けることで、今まで零輝が背を向けてきた現実を否定するのを許さない。


「図星ですね。何が起きたのかは知りませんけど、自覚はあるみたいですよ」

「三神は、三神は死んじまったのか!?」


テーブルに思いっきり手をつく。

気付くと身を乗り出し、血相を変えて聞いていた。

思わず亜緒を揺さぶりたくなる衝動を耐える。

もはや先程までとは双方の立場が逆転していた。


「それは私にはわかりかねます。ただこれだけは知っておいてください」


亜緒は続ける。


「幽霊は生きていて欲しいと本当に望まれたからうまれる奇跡です」

「じゃあ、三神は、三神は?」


今にも泣きそうだった。

狂ったように親友の名を繰り返す。数瞬言葉を迷い告げられた。


「よく御二人の関係はわかりません。が、少なくとも幽霊を感じれるようになったということは生きている対象者の状態の証明にはなりませんよ」


一瞬、意識が飛びそうになる。

安堵のあまり椅子の背もたれに寄りかって脱力した。


「驚かすなよ……」

「すみません。そんな気はなかったのですが……あ、水のおかわりをどうぞ」


亜緒は気持ちを落ち着かせるために空になったコップに水を入れる。

零輝は安心し、煽るように水を飲む。ふーっ、と息を吐き出した。


「で、要するに俺があいつに生きていて欲しいと強く望んだから俺は幽霊を見えるようになった、と」

「はい、美しい愛ですね」

「まあ……そうなるのかなぁ……?」


ここで零輝は要らぬ誤解を産んでいた。

一応付け加えるならば、当然三神と零輝は亜緒の想像するそんな関係にはなかった。

あともう一つ、と彼女はどこかしらつまらなそうにして呟く。


「幽霊というのはですね、虚数なんですよ」

「虚数?」

「はい。二乗して-1になる数のことを虚数、って言うんですけど」


囁くように、あるいは自嘲するかのごとく悲しげに続ける。


「その数と同じように私達は実際に存在できるわけがないんです」

「……マイナス、という概念も存在しないだろ?だとしたらマイナスじゃないのか?」

何を言うべきかわからず思わずとんちんかんなことを返した。亜緒はゆっくりとかぶりをふる。

「いいえ。生きている人がその人に強く生きていて欲しいと思って、そして私達が強く生きたい、そう思った時初めて私達は人間界に存在する事ができるんです。でも、それでも私達は――気付きたい人にしか気付いて貰えません」


本当に何のためにこの世界にいるんでしょう――呟いたその声には言い知れぬ悲壮感が漂っていて、それ以上何も言えなくなった。


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