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「は、は、ハッハッハッハッハッはっはっはっはははははははは……そんな、そんなくだらないことかよ……ッ」
受けて笑う。それ以上に面白い冗談がないといいたげな狂った笑い声を零輝は響かせた。
植野はいぶかしむ。何がそんなに可笑しいのかわからない、といった憮然とした表情で。
零輝はそんな様子の植野を見て更に笑いを強める。
「なにが可笑しい。愛するものが死んだ。好きな人が死んだ。自分を支えてくれる人が死んだ。その時にもう一度会いたいと思う。それは当然のことだ」
不愉快そうに言う、人ならざる者を一瞥。零輝は笑いすぎて出てしまった涙を拭きながら答える。
「確かに当たり前のことだ。でもさ……こんないたいけな少女とか他に何人もの女性を巻き込んでやるようなことかよ?そう思ったらお前という人間の小ささにな」
「……所詮貴様も俺達の友情を馬鹿にする気か?」
鵺野は犬歯をむき出しにする。
顔を戻す。そして、零輝は自分という人物を思い返した。
確かに自分は植野と同じ考えを持つ。
だが、果たして同じ行動をするか?
そんなものは……否だ。
とりあえず、こいつの友情と俺の友情は違っている。共感できない。
「あんたのいうことは正しい。でも、俺はあいつの物語を汚したくはない」
「……そんな物語などいらん。それに生きていなければ紡がれることすらできないだろう。だとしたら……」
「だとしてもだ」
息を、きる。
親友がいなくなってから、泉田零輝は何をしてきたか?
答えは、何もしていないというものだ。
そう。探すことも、弔うことも。何も。
何故?そんな風に問われても困る。
でも、敢えて答えを捻り出すとしたなら、必要がないからだ。
どんなに子供っぽくても
どんなに世間が否定しようが
どんなに馬鹿らしい常軌を逸脱した考えだとしても、彼は信じているのだ。
三神信一は生きている事を。
信じて、彼は待ち続ける。それこそ何日間だろうと、何週間だろうと、何年間だろうと。
例え、死体が返ってきても彼は認めない。
泉田零輝と、三神信一の本編は……まだ、まだ続いている。
終わってなどいない、と確信しているのだから。
「後日談なんて美談をつくろうとしてるんじゃねぇよ……ッ!」
「あん?」
「あんたは、まだ続いているかも知れない本編に耐えられず、逃げ、疑似的で一時的なまやかしのハッピーエンドを目指しているだけだ!」
「どういうことだ?……何を言いたい」
「人を殺めておいて、自分は親友と会う?そんなの、あんた以外の誰に利益がある」
「そうだな……俺は勝手な男だ。かと言ってもう戻れないし、毛頭戻る気もない。……これが俺達の友情だ」
植野は胸を押さえ、唸るように言う。人であることを諦めた目。
手段を問わず、目的へひたすら真っ直ぐに進むことを望む孤高の目。
瞳の中に零輝は感じる。心の奥底で自分を止めてくれるものが現れることを期待していることを。
零輝が障害になるかも知れないことがわかっていながら、今まで直接は手を出さなかった。その事実が動かぬ証拠だ。
「だろうな。……仕方ない」
零輝はいい、拳を握り締める。
こうなったら勝つしかない。
俺と三神。そして、あんた達。どちらの友情が正しいかを決める聖戦だ。
「……目覚めてくれよ……あんたにはまだ命をかけるだけの価値があるんだから」
自らが定めた聖戦において零輝は劣勢にたたされていた。
狼へと変貌した植野、いや鵺野は圧倒的であった。
動く度にシルエットが霞む。姿を捉えることができない。幸運だったのは、本人の処理能力が追いつけないことぐらいであろう。その証拠に必ず植野が消えた後、彼の拳が零輝に届くまでにタイムラグがある。
だが、何もできない。わかってはいても人間には不可視な攻撃は何度も零輝を貫く。例え、全て零輝の頬に向けられたとしても痛みが、無力感が徐々に体力・気力を奪っていく。
何もできない。立ち上がり、殴られる。また立ち上がり、再度地に叩きつけられる。
何度も何度でも繰り返す。
「……れーき君。や……め……て……」
「うるさい!!」
途中意識を取り戻したのか、体を痙攣させながら、亜緒に呼びかけられる。怒鳴り返す。
「あと何分だ?!」
「……な……にが……」
「お前が回復するまであと何分なんだ?!」
「8時5分くらいだね」
亜緒に向けた質問に植野が淡々と答えた。
「それまでに気が変わったら言ってくれ。僕達はいつでも君を歓迎する」
「だれが……ッ!!」
言って気付く。達?つまりは植野の裏に大きな組織があることが暗に示されている?
余分なことを考えている間にまたも目の前に立たれ、拳を喰らう。
「8年前、この少女の真実を知った時から、俺はこの少女に宿る神を体内にどう取り込むかばかりを考えていたよ。そうすれば操れるとこは分かっていたしな」
「……それがどうした」
「だけど、殺して、さあ取り込めるっていう肝心な時に彼女は自らを封印した。やられたよ。霊力を全て使って外側に防壁をつくり多分普通の、専門家ではない人間が来た時のみ復活するようにな」
言いながらとめどなく植野は拳を振う。反撃などできっこない。
目の前から消えた植野を振り向くことによって、視界に入れることまではできる。が、それ以上はやはり無理。
「泉田。正直俺は君に感謝しているよ」
「俺はお前を憎悪しているけどな」
「それは残念だ」
左腕につけた腕時計をちらりと見る。時間はしばらく来ない。
しかし、この調子で続いてくれれば亜緒が復活するまで粘れるかもしれない。
そんな甘い希望はすぐに打ち砕かれる。それから2発ほど頬に入れられた後、狼男は地面に頬をおさえ倒れこむ獲物を見落としながら言った。
「泉田。最終勧告だ。俺達の仲間になれ」
「……断る」
「そうか……」
男はゆっくりと拳を後ろに持っていく。死を覚悟した少年の目にはそれのみがうつる。
「あなたは間違っている……」
傷付き、地に臥せ、うつろに呟いた言葉は男に何かを思い出させたのか、一瞬腕の動きが鈍る。が、狼男は止まらない。いや、止まれない。
「……ごめんね。そして、さようなら」
奇しくも殺した少女と同じ言葉を吐く、少年に贈る言葉もまた同じく。すでに血塗られた拳は少年を襲った。




