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一日の半分が過ぎたことを知らせるチャイムが学校全体に響く。生徒等が部活や帰宅の準備をしながら話している傍ら、零輝はすでに誰もいない正門を通り過ぎていた。

途中で、友達が声をかける。いつも通り話す気分ではなかったので無視して帰ることにした。


――助けて、助けて


――でないと、貴方シニマスヨ


「…………またか」


帰る途中、いつも通り呼び掛ける音が聞こえた。

途中、歩道橋を渡り終えたところで思い切って後ろを振り向く。

灰色の雑居ビルと赤や白のマンション、信号機や看板。

あとは前方30㍍くらいの先に、派手なのか地味なのかよく分からない服を着た、黒髪が所々白で覆われているどこかのおばさんが、


「お待ちになってー、グレイ」


と栗色の毛をした豆柴を連れて散歩しているだけだ。


「……誰だよ」


少し、毒づく。


――助けて、助けて


――でないと、貴方シニマスヨ


呼び声は一向におさまる気配はない。ため息をつきながらコミカメに手をやる。

慣れてはいるが不安じゃないわけではない。

三神が消えた翌週くらいから頭に響く声はいつもこの調子だ。

一方的に呼ぶだけでこちらの言い分には耳もくれない。

何より頭が痛いのは自分にしか聞こえないらしいということだ。

症状に気づいた時、近くの耳鼻科にも行った。

何度やっても同じ結果を繰り返し、最後には精神科医に通院する羽目にまでなった。

結局、金と時間と労力を無駄にしただけで解決はいまだにしていない。


――助けて、助けて


「……嫌な予感がするな」


その後も着々と歩き続け、自宅の門まで辿り着く。

声はいつの間にか聞こえなくなっていた。


「……ただいま」


扉の鍵を開け、一つの儀礼と化した台詞を言った。

零輝の家族は夫婦共働きで家には誰もいないので返事が返ってくることはない。

そのことを徐々に当たり前に思うようになってしまっている。

さっさと階段をつたって二階に上り、自室で荷物を下ろす。

身軽になってからベッドを整えもせず仰向けに身を沈めた。


「俺は……なにか悪いことしたのか」


天井を凝視しながら、目に涙を浮かべ、自分の境遇、生き様を暗に皮肉る。


「親友はいなくなる。死ぬ死ぬと不吉な警告はうける。…………俺はもしかしたら世界で一番不幸かもしれないな」


ふっと自嘲気味に笑い、何も考えたくなくなり横になって目をつむる。



――助けて


不意に、下校中によく耳にする微かな悲鳴が脳内に響く。気持ちの良いまどろみに身を任せていた零輝は声を不快に思う。


――またか。……いい加減うんざりだぜ。できれば金輪際、俺に関わらないでくれないかな……


――ツナガッタ


今までとは違う言葉。不意に体内に異変を感じる。自分の中に無理矢理入ろうというか、まさぐられているというか……

全身が内側からくすぐられているかのように痒くなる。

脳はすぐに覚醒し、汗をベットリ垂らしてベッドから飛び出す。鷲掴みにされたような心臓はおさまる様子がない。


――助けて、助けて


ついさっきまで眠っていたからか、状況を理解できていなかった。

わかることは相変わらず、助けて、助けてと誰かが、自分に助けを求めていることと


――でないと、貴方シニマスヨ


という到底笑えない、不気味なことを忠告をしてくることのみ。

起きた時にはびっくりしたものの、頭の回転が活発になるにつれ、これまで通り無視しようと心掛ける。

普通なら正しい選択だ。

彼の周りの人が信ずるように幻聴ならば、ありのままに感じれば何も聞こえないはずである。変な薬物でもやっていない限り絶対に。

しかし、徐々に声は大きくなっていく。しまいには脳内で大きく大々的に大反響し始めた。

彼も普通の人間である。助けを求める他人を見捨てることに罪悪感を覚えない訳がない。今まで見捨ててきたことを考えれば尚更だ。

負い目が、声を、SOS信号を、苦痛の伴う拷問へと変化させる。

耐えるということが出来ない程に強く、大きく呼び掛けられ――そのあまりにも大きな声は脳で処理できる範囲をついに越えた。


――狂ってやがる。世界かは自分かはわからないが、とにかく狂ってやがる


最後の抵抗でため息ながらに呪いの言葉を吐く。零輝は両手で耳を塞ぎながらヤケクソ気味に叫んだ。


「……あーもー、分かった。助ける……助けるから静かにしろ」


言ってからこれまでも何度呼び掛け、返事が来なかったことを思い出した。今回もダメかなと半ば諦めて舌打ち。

しかし、叫び声は届いたのか、“音”が一旦静まった。

ちっ、と再び舌を打ち耳を押さえるのを止める。それから自分の空想の産物かもしれない何かに話しかけた。


「……声が聞こえた、ってことはそこにいるんだろ。で、どうして欲しい」


返事はない。


「どうすればいい?どうすれば助けられる?」


――…………


「俺にどうして欲しいんだ?」


――…………


返事は、ない。零輝は思わずコミカメに手をあてた。


「助けてったってなぁ……何をどうすればいいかを説明して欲しいぜ……」


俺、狂人疑惑。小さく言い時間の確認をする。

時計は9時を越えたところを示していた。

狂人に一歩近づいたことに関して頭が痛くなる。もっとも、声が聞こえるのも聞こえるので嫌ではあったが。

自分に分担されている家事をてきぱきと片付けていると再び声が聞こえた。


――私は今、この地から2.5キロメートル離れた笹金通の裏通りにいます。


「……俺の場所は正確にわかっているのか?」


――ええ。今調べました


(それにしても……笹金横丁、かぁ)


笹金横丁は古くから秘密裏に幕府からの命令で小判を作る金座として栄え、日本が第二次世界大戦で負けた時は日本最大の品揃えを誇る闇市があった場所だ。

色々な因果があり今は昔の面影はなく、シャッター街として残っている。

耳にした噂ではヤクザ崩れが巣くっていて、拳銃等で命を賭けた“決闘”をし、敗者の死体があちこち転がり回っているらしい。

いくらなんでもそこまで酷くはないであろうが……とにかく命が惜しければ入ってはいけない場所なのは明白なことだ。


――分かりましたか?


少女の声で我に帰る。

命は惜しい。しかし、声を見捨てることは安眠の機会が訪れないことを意味する可能性もある。

安全か安眠か。迷った末、零輝は口を開いた。


「……今すぐじゃないと駄目か?夜も遅い」


――……なるべく、早くして欲しいです。ずっと待っていたのですから


「……なら、明日だな」


――……分かりました。必ず、必ず来てくださ


声は掠れて、最後まで聞き取れなかった。音信が完全に途絶える。

一難は去った、と片付けをしながら一安心。写真立てに飾られたもういない親友に気付き、無為に呟く。


「別に俺は命を危険に晒すわけではないからな」


単なる負け惜しみにしか聞こえない、ただの負け惜しみの台詞であったが、なんとなく心を照らしてくれる。

気が付くと時刻は11時。今日も家で何もすることなく終わった。思い返しながら二階の自室に上がる最中に二つ大事なことに気が付いた。


「時刻と場所、聞いてなかった……」


朝早くから捜索を行わなくてはならないかもしれない事実に思わず頭を抱えた。


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