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「……あなたは間違っている!!」

少女は少年に叫ぶ。かつて、友だと思っていた、いや、今も友だと思っている相手に向かって、毅然と叫ぶ。

「どうだろうなぁ。俺は間違っているのか?」

少年はたびたび来てくれたあの黒髪の長い少女の首を左手で壁に押さえながら、人間の手とは思えない獣の手で少女の首筋に自身の爪当てた。彼女の首筋から一本の赤い糸を引くように血が流れる。

体格、形勢、地理。全てにおいて少年はこの少女を圧倒していたし、それに加え少女に対するためらいは全くなかった。

躊躇する少女は壁に追いつめられる。昨日まで普通にしゃべっていたお兄さんが急に自分を襲いだした。少女の目にはそうとしか写らない。

「なあ、俺はさぁ、親友にもう一度会いたいんだ。ただそれだけさ」

「だから、だからどうしたというのですか?!」

「そのためには何をしてもいいと思っているし、何でもしてやる」

少年はまるで少女を人形のように軽々と壁が砕けるほどぶつけた。少女はあまりの痛みのせいか、一瞬気を失いかけそうになった。

「やめてください!!あなたは、もう、私の知っている鵺野霊助ではない!!」

「いや、俺だよ?俺は、俺だ。いくら魂を捧げたところで奴らじゃそれは変わらないし、変えられない」

「なんで……どうして……?」

少女は泣きながら疑問にもならない疑問を口にする。どこでこの少年は間違ってしまったのだろう。何がこの少年をゆがめた、というのだ。

「なあ、俺は出来れば人を殺したくない。だから、俺の言うことを聞いてくれ」

「嫌です!!私の誇りにかけてそんなことは」

「……ごめんね。そして、さようなら」

夕日に染まった景色の下、少年が少女の首を貫いた影が残った。


当たり前のことだが、その日も人数が全くと言って言い程なかった。

空が灰色だ。周りの壁も灰色だ。

前後にのびる通路は灰色だ。

無数にでる横道さえ灰色だ。

自身の着ている服。それも灰色のスーツ。

そして、心……灰色だ。

男は全てが灰色に染まっていることに自嘲せずにはいられなかった。

男はこの懐かしき故郷に踏みいる。勿論、目的地は分かっている――かつての思い出の場所。人は少ない。つけられている感覚もない。

だから、男は淡々と進む。

懐かしい色鮮やかな看板が見えた。かつて、親友の一族が経営していた場所。そして思い出の場所に繋がる場所でもある。

男は手際よく中に入った。中はいつも通りマネキンが散らばっている惨憺な状態。

そして、ある少年によって蹴飛ばされた今は古びて使われていないシャッター。

そんな状態を見なかったかの如く男はあの場所に繋がる道に行く。

道は重いコンクリート壁によって閉ざされていた。しかし、それは男が自分でやったものだ。男は何か呪文を唱えるかのように口ずさみ、手に壁を当てる。

壁が蜃気楼のようにうっすらと消えた。

男はまた、すたすたと歩く。

新しく現れた道は自身が親友と約束した思い出の場所につながる通路のうちの一つ。見上げてみると空は灰色。それは自分の心を投影しているものだと、とうの昔に知っていた。

男は三方に別れる迷路の道の道順を暗記していた。無駄のない足取りで進む。

迷路の先に待っていたのは広場だった。かつて友人と約束した場所、そして――あの少女と初めて会話し、殺した場所。

男は再びすたすたと歩く。

どうやらここを守るよう指示した分体は誰かさんによって消されていた。しかし、そんな当然のことはどうでもいい。なぜなら、そのおかげで彼は儀式を行なえるのだから。

男は中央の石碑に近づきひざまつく。石碑には何も書かれていない。しかし、斬新にカッティングされた造形が彼にしか分からないことを物語っていることは確かだった。そして、その上には少女。半透明な無垢な少女が乗せられていた。 全てはこの時のため。亡き親友ともう一度会うため。

そのために犯した罪の重さを男は知っている。いや、理解している。そして、それをくいとめようとした、今もしている邪魔者がいることも。 男はゆっくりと、どこか楽しそうな口調で呟いた。

「……いるんだろ?二人とも出てこい」

「…………どうも植野先生」

ここ最近、よく聞いた覚えのある少年の声がした。そして、少年の横には少女。

男は振り向きながら立ち上がる。

「やぁ、泉田、それに栗本」

少年と少女はその挨拶に答える。

「……こんにちは」

「招かざる客って所でしょうか?」

「そうやな。招きたくなかった客や」

カラカラと植野は笑う。無音の空間に虚しい笑い声のみが響いた。


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