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「……八重」

「…………」

零輝は手術と赤いランプの灯った手術室の前で立ち尽くし、周は怒りのあまり近くの壁を蹴り飛ばす。近くにはその2人以外の誰もいない。

零輝は知らず知らずの内に左手の拳を握りしめる。

「なぁ、泉田」

「……なんだ?周」

周は1息おいて言う。

「俺は三神が消えた時、凄くショックだった」

「……知っているよ」

零輝は小学校の頃からこの男と三神とは付き合っている。そして、その中で彼が息をこのように荒げたのは何度かしか見たことがない。

「あの時は何も出来なくて。奴の死んだことが納得出来なくて。その時に“俺はヒーローになる”って誓った。誰かが助けを求めたらタイミングよく助けるそんな存在に憧れた」

「…………」

くだらない。そんな事が都合よく出来たら誰も困らない。

でも、零輝にはこんな冗談みたいなことを言っている親友を笑えない。

「この先もこんな風に誰も、友達すら介入できずに大切な人を失うのはもう嫌だったから。訳のわからず自分以外の人達が消えるのが嫌だったから」

「…………」

「俺はさ、何も知れない。今回八重頭に起きたこともわからないし、三神の身に起きたことだって何もしらない」

「……事故、だからな」

仕方ない、と零輝は静かに言う。周もその事はわかっているのだろう。

ただ、拳を握りしめそれを壁にぶつける。

「また、何も出来ずに誰かを失ってしまうのかよ……」

そう周は諦めた口調でいう。その横顔に光るものを見つめる。零輝はそれを見て何も言えない。その状態で何分たった頃であろうか。

周はちょっと歩いてくると言いどこかに言ってしまった後突然からかうような声がかかった。

「全くシューは。見てられないね」

それは唐突に起る。緊急手術室の扉前に一人の女性がいつの間にか立っていた。

「八重!……八重か」

緊急手術室内で手術を受けているはずの女の子の姿―八重頭明子が正面の窓ガラスから差し込む月光に照らされそこにいた。

周には気付けないであろう、小さな、微かな霊音をたてながら。

「……八重。お前死んじまったのか?」

「うーん。どうなんだろう。わからないや」

「八重……。せめて考えている振りをして言え……」

零輝の質問にテキトーに返す八重頭に唖然としながらも、律儀に突っ込む。

が、幽霊になったこと→死だと思い泣きそうになり、零輝は必死に歯をくいしばって堪える。

それに対し八重頭は笑いながら言う。

「……零輝君はやっぱり知っているみたいだね」

「ああ。……一応な」

「全く。私に隠し事するなんて」

人が悪いよ、そう言って八重頭は笑う。それに対して零輝はすまん、と小声でしかいえない。目から涙が溢れそうだった。

「亜緒ちゃんとか言ったけ、とにかくレーキ君が一緒に行動していた子」

「……なぜそれを?」

「私を殺そうとした犯人さんが教えてくれたんだ」

ぴくっ、と眉が反応する。

「鵺野霊助、という人というか白い狼男みたいな人なんだけど」

「…………」

「ま、凄かった。なんか理由を教えてやる、とか言ってわけのわからない幽霊講議 をした後、いきなり目の前に現れて」

「…………」

「後は必死に大通りに私は逃げたら、運よく助けられたんだ」

零輝は何かしらひっかかるものを感じる。さっきから10分は経ったのに未だに手術室のランプは赤く灯ったままだ。その零輝の怪しむ目つきに気がついたのか八重頭は言った。

「あ、ちなみに私はまだ生きているから」

「はい?」

「ん、と。腸管に一ヶ所浅い裂傷があるけどその程度だから」

「……要するに霊体離脱でもしてるのか?」

「うん、そうみたい」

にっこりと無垢な笑みを浮かべ八重頭はそう、のたまった。零輝は一瞬理解が遅れてポカン、としたがすぐに腕でゴシゴシと涙をふく。

そして、少し赤い目で目標を捕捉。拳で軽く殴る。

「あれ、私今幽体のはずなのに?」

「存在を認識している生命体は触れられるんだよ!それより、心配かけやがって!!」

「あはは。いいじゃん生きていたんだから」

「それは死にそうになった方がいうことではない!」

「まあ、そうだね」

八重頭はふ、と一息つく。そんな彼女の様子に零輝は脱力する。

しばらくの無言。その後、うすく闇のかかった天井を見上げると八重頭は言った。

「あとは亜緒ちゃんを取り返せば全部だね」

「なにがだよ」

「レーキ君が“今”持っているもの」

「…………」

「明日、笹金横丁に行くって犯人は言っていたよ」

零輝はイタズラっぽく顔を覗きこんでくる八重頭を見つめる。そこには不安の色が混ざっている。多分心配しているのだ。

零輝のとるであろう行動に関して。

それを感じ、子供っぽく自分の行動を予想してますよ、みたいな大人を出し抜くべく行かない言い訳を考えたが何も浮かばない。

所詮は自分も男の子なのだ。三神との同類なのだ。

そのことがわかりホッ、とする反面悔しくもある。

零輝は立ち上がる。

「行くの?」

「……家に帰る」

「そうだね。体調は万全に整えておかないと」

そのわかっていますよ、的な口調がなんだかとてもむずかゆくかった。だから、零輝も言ってやる。

「お前もしっかり回復しろよ」

「言われなくても」

そう言い、緑色の床を歩く。そして階段を静かに降りる。その途中、周とすれ違った。

「帰る」

「ああ……気をつけろよ」

そう言いながらもすれ違った周は全く元気がない。零輝は少し考え、立ち止ま りショボくれている背中に声をかける。

「ヒーロー何てものはさ、時がくればだれでもなるものさ」

「…………そんなものだろうか」

「ああ、きっとそんなものさ。大事なのはその時を見失わないこと」

それだけすれば絶対に。周ならなれる。

だけど、今はきっと僕がヒーローになるタイミング。

だから、ヒーローになってくる。

零輝はなおも何かを言おうとしている周に背中を向け、家に向かう。

すでに迷いはなかった。


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