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「あはは、そんなわけないじゃん」
「いや、本当なんだって。俺みたんだ」
「まーでもコウサクならありそう」
「だろだろっ?!」
「……ハァ……うぜぇ」
昼休みということもあり騒がしい教室。
泉田零輝は窓際の角にある自席で呟くとともに俯せになった。
前の席の小さな女の子が見とがめて呼び掛ける。
「イズミン」
「…………」
イズミンというのは零輝の苗字“泉田”から勝手につけられたあだ名だ。
返事をしないことで意志を表明。
そのまま夢の国に誘われようと目を瞑る。
「おーい、ミズミーン」
「…………」
「……怒るよ?」
少年は空気が少し変わるのを感じた。
薄目を開けて、前方を確認。
身長145cmにも満たないであろう、赤い髪を後ろで結んだ少女が見える。ポニーテールを逆立て、持ち前の童顔を子供っぽく膨らませている所をみるに怒っているらしい。
「なんでクラスの空気に馴染まないのかなぁ?」
頬を膨らましたまま女の子は腰に手をつけ、心配そうな顔で零輝を覗き込む。
「……俺の勝手だろ」
「そう言うのを自己チュー、っていうの」
「偶然キスをしてしまうこと?」
「それは事故チュー!漢字が違うよ!」
「……他人の発言した漢字が読める人なんていない」
「せめて会話の流れは読もうよ!」
少女がなおぶつぶつと文句を言っている横でまた机に突っぷを試みる。
「じゃないよ!自己チューの意味は……」
「自分の視点でしか物事を見れないことか?」
「そうそう!なんでさ――」
軽く目を瞑り頭を振る。少女が言いたいことはわかっていた。
少女はつまらなそうに頬をさらに膨らませ、続く言葉を言うのをやめる。
「……だとしても、何か話そうよ」
「……予習をしわすれた」
机の中から午後2番目の科目である英語の教科書を放り出す。
前回授業でやったところを確認。新出単語を調べ、次の段落を訳す。
例え、逃げるための建前だとしても勉強中の人に話しかけるのは不躾だ。
話し掛けるきっかけを失った少女は頬を膨らませたまま前を向く。
「もぅ……そんなんだから」
少女は後は何も言わなかったが、背中は精神科に通うはめになるんだぞ、と告げられた気がする。
ため息。被害者意識に少し自己嫌悪をするが鬱な気分は晴れない。
「……いっそのこと、このまま死ねないかね」
不吉なことを呟きながらシャーペンを進める、とあの日の回想が流れてきた。
――どうせ、お前も……
思わず手が止まってしまう。見慣れた自分の反応に苦笑しながら、ある文を書き入れ、再び和訳をノートに記していく。
三神信一は生きている。
「そうだったな」
今は無き親友のことを思い出し、書いた文に迷いはない。
「お前は生きている……早く帰って来いよ」
あの日から放課後のいつもの場所に親友は来ない。
いつの間にか隣の教室にあった三神の席には写真と花が置かれ、ある日全校生徒で三神のお別れ会が開かれた。
だけど、零輝は泣けていない。
「……お前は生きているんだもんな」
何年も三神と付き合ってきた零輝にとって、三神が行方不明で、当時この辺りに頻発している連続殺人に巻き込まれて死んだのだろう、ということは上手く受け入れきれていなかったのだ。
クラスメートが声をかけてきた際でも思わず三神が話にきたなんて思えてしまう。
不意に二十歳過ぎた独特の若々しさを持つ男の声が耳に入った。
「もうこんな時間か」
気づかぬ内にチャイムはなっていたのであろう。
顔を上げて黒板の真上にある時計を見ると短針は1を指し、教壇の前には社会科の担当植野栄助がいた。
「おい、もう何時だと思っとる?ていうか当番何しとるんだぁ?はよ、号令しないか」
零輝の頭をポンポンと叩き、独特の口調で生徒達を言葉巧みに操る。
授業開始の号令をするまで時間はかからなかった。