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今日も空は相変わらず雲に覆われていた。
そして、少年は今日もまた親友というべき存在を想い、秘密の場所にあるベンチに座る。
少年の心は今日の空模様と同じ曇り空であった。が、目の前に現れた少女の存在が少年の心を徐々に照らし始めた。
「相変わらず、ここにいるのですね」
「そういうお前も、また来ているじゃないか」
「あ……そうですね」
ニヤリ、と笑い、少女は少年が座っているベンチに腰をかけた。
「ええっと、一つ聞いてよろしいですか?」
「なんだよ」
「……の親友さん、ってどんな人だったのですか?」
少年は一旦黙り込む。彼女にはいつか伝えなければならない話だとは少年自身わかっていた。でも、舌が上手く回らず出てくるのはうめき声のみ。
時間が経つにつれ、口が動き始める。だ けど、それでも口の動きはぎこちなかった。
「……とてもいいやつだ。いつも、いつも俺のことを気にかけてくれる。昔いじめられていた俺を助けてくれた」
「……かっこいいお方ですね」
「ああ」
少女は少年の心にある古傷を触れてしまったことを少し後悔しながら、同情する。
「で、名前はなんて言うのですか?」
「しまだ……ようはち」
「しまだようはち?なんか古めかしい名前ですね」
少女は目を虚ろにしながら俯いている少年とは反対に、しみじみと面白そうに言った。
「よく分からないけど……親が古くからここにいる名家……らしい」
「……そうですか」
「そうだ……けど、そんなやつも、もうここにはいないんだよ!!」
少年はそれを言うと今はいない親友に悲壮の 想いを伝えるか如く、号哭した。
そして、すぐに理性をとりもどす。己の横にいる存在にすぐに。
「すまない。つい……」
「いえ――私にも親しい人を失ったことくらい……ありますから」
そんな彼の姿を少女は見つめ、そして慰めることしかできなかった。
時は流れ行く……
泉田零輝をこの四日間、頭を悩ませていることがある。あっちをたてれば、こっちがたたず、所謂ジレンマという奴に陥っていた。
順を追って説明すると、まず彼は校舎での一件後、亜緒を助ける、と決めていた。
それは、彼女が成仏できない理由である彼女を殺した人物に仇を返すということを意味する。
いくら殺人犯とはいえ、仇をうつの意味が殺人なら零輝は一も二もなく反対していただろう。
しかし、違うと彼女は言っていた。だから、零輝は協力することに決めている。
そこまでには何の問題もない。
でも、問題はその後である。
亜緒は言っていた。自分は仇をうった後成仏する気だ、と。
いくら霊については門外漢の零輝でも、それが意味することぐらいはわかっている。
その後、亜緒はこの世界から消える気であると。なぜなら、亜緒が言っていた霊の存在の三原則の内の一つである、霊自身がも っと生きたい、ということが崩れるから。
また、友とわかれなければならない。
そのくらいは、わかっていた。
しかし、このまま世界にとどまってもいられないこともわかっている。
どちらがいいのかは一目瞭然である。でも――
あと頭を悩ませていることとしては単純に探すことがあまりはかどらないこともある。
いくら探したら親友が消えてしまうからといっても手を抜くつもりはなかった。
当然、彼は彼なりに努力しているのだ。
インターネットを使って昔の殺人事件を調べたり、高校や市民図書館で昔の新聞やそれに関する本などで探したりもしたが、全て無駄であった。
というのも、なにしろ探すための情報が少な過ぎる。
肝心の情報源としての亜緒はあれ以来、自身の記憶を 思い出せていない。
探偵でさえ、任務達成のためには依頼者から色々な情報を聞くのが常道。だが、その過程さえ踏めない。
はっきり言えば、彼は今、完全に手詰まりの状態であった。
「……れーき君。授業中くらい聞いたらどうですか?」
亜緒が心配そうな顔で小声で零輝の耳元で言う。零輝は数学の本を立てながら、昨日の夜の内に調べたメモを見ながら答える。
「……優先順位の問題だ」
「でも……授業聞いていた方があとあと楽なんじゃ?」
「確かにそれは合理的だ。けど」
零輝は欠伸混じりに、勉強は自分でするものだ、と反論した。
実際に今、零輝が受けている授業は担任、山田耕作である。そのため、怪しまれないためにもなるべく授業態度や成績はよい状態を保ちたい、そ う思う彼以外のクラスメートは静かに授業に聞き入っていた。
……若干名そうでない者もいたが。
「……何で八重頭さんは今日、和服で一人架空の対戦相手と将棋をうっているのでしょう」
「きっと何かの伏線だろ」
「青山君は何故筋トレしながらノートがとれているのか不思議なんですけど……」
「あいつアホだからな」
テキトーノリトークやめましょうよ、という亜緒の言い分をバッサリ無視して零輝は黒板の内容をノートに写す。そして、一通り写したところでまた資料をみる。
「……これは違いそうだな。殺害されたのは鈴木武志(23)さんだし」
「泉田?何、他事をやっている」
「……女装癖がある犯人、ってそれでここにあるのか……って、ダリぃ」
本当に他事をやってい たからなのか、山田耕作と目があったためなのか、それとも彼が零輝と喋りたかったか、何が原因かは分からなかい。が、今置かれている状況は零輝にも分かった。
それは、今から、“当てられる”。その合図だ。
零輝はもとよりダルそうな顔を更にダルそうな顔にして教科書を見た。
「泉田。P51の17の答えは?」
「……8,9,10」
「おお、正解だ」
零輝がすぐに答えるとクラス内からどよめきが起こる。
「な、なんだと!!クラス一の馬鹿キャラの友が……」
「いや、むしろ喋れたのかあいつ!!」
「さすがはイズミン!!やればできる子だもんね」
零輝は知らなかったがこの何ヵ月かで彼についたレッテルは大まかに言って――
“いつも無口で頭良さそうだけど実は馬鹿。エロに異 常なまでに執着を見せる変態さんで実はヘタレ。仲良くなればただの鬱陶しい奴でロリ・ペド・ショタに熟女まで何でもいけるM男”
という何とも可哀想なものであった。まあ、愛想のないクラスメートが好評を得られるわけがないのだが流石に酷い。
それが山田の質問を出してからすぐに正解してしまったのだ。クラスメートは驚いたに違いない。
因みに、零輝は数学をあまり苦にしておらず、それは数学以外の教科でも同じことが言えるのだがそれはまた別の話である。
とりあえず、頭を撫でようとしている前の席の奴の頭をポカリ、と殴り亜緒に耳打ちをする。
「俺の悪口及びその発信源を探ってくれないか?」
「えーと、何をする気ですか?」
「……まあ、ちょっとな」
「暴力は止め てくださいよ?」
翌週の校内新聞に書かれた内容で1―Bの愉快な仲間が零輝に対する謝罪文を書いたのもまた蛇足であろう。




