12
ダンボールに入った本を本棚に戻すという延々の作業は5時45分にまで及んだ。6時までに終わってよかったね、とご満悦な植野を残し、零輝はだるそうに教室に戻った。
途中、一昨日聞いた声を聞いたような気がして立ち止まる。しかし、それ以降は聞こえなかったので気のせいだと思い直した。そして、相変わらずダルそうに教室を目指す。
教室には亜緒の放った探索は効果を消したのか幽霊はいなくなっていた。しかし、亜緒もいない。
「……帰ろう」
少し不義理な気もしたが、よく考えると待つ義理もない。とにかく零輝は疲れていた。というよりもだるかった。零輝は教室から自分の鞄をとると肩にかける。
そして、教室のスライドドアを大きな音で開閉する。当然ながら鍵をかけなければ、職員室に鍵を返却しに行こうともしない。自分はそんな殊勝な男ではない、と零輝は自負している。
ただ、しっかりドアを閉めているあたり小心者かもしれないが。
「静かにお願いします」
「お……って、ダルいからかくれんぼは終わりにしてもらえるか?」
亜緒がいきなり零輝の真後ろに現れた。零輝は面倒くさそうに彼女に文句を告げる。「すみません……でも……」
「また、幽霊の気配でもするのか?」
「はい、それで――」
「その前に」
なおも話そうとする亜緒を遮り零輝は一旦息を切る。そして、己の心の内を、不審を曝け出した。
その目は鋭く光り、口は堅く結ばれる。零輝は亜緒をその気迫で圧迫した。
亜緒の顔が苦しそうにゆがむ。多少の背徳感を感じながらも零輝は止めない。
進んでしまった以上、止める気はない。
「……君は何を隠しているんだ?」
「え?いや――」
「誤魔化すな。何を隠しているんだ?」
「…………何も隠してなんて」
「わかった。こちらから言う」
亜緒は青ざめる。自身の心臓の動きははやくなり、冷や汗が止まらない。
「1つ目。俺が前に戦ったもの。あれは霊なのか?」
「……は、はい」
「……そうか、そうだとしてもくだらないことだけど不可思議なことがある」
零輝は青ざめる亜緒の目を真っ直ぐに見る。そして、少しつまらなそうに口を尖らせながら言った。
「君は何なんだ、ということだ?」
亜緒の目が見開く。その目には驚愕が露になっていた。
「俺と君は契約している」
俺は対価を貰っていない一方的なものではあるが、と心の中で呟く。零輝はゆっくりと今日考えてきたことを思い出す。そ して、安心させるようで決して逃がさない声ではっきりと言う。
「もし、君が――」
――ニヒヒヒヒ。ツーカマエタ
――コロス、コロス、コロス。ワレハソノタメニヨミガエル
――クラウ、クラウ、クラウ。ミーンナミーンナオイシソウ。
「話す気が、……っち」
刹那空気が変わる。零輝は校内に撒き散らされた圧倒的な殺気に一瞬圧迫されて動けなかった。
「……れーき君!今の……!」
「わかっている」
零輝は目を瞑って意識を集中させる。今は自分達のことは後回しだ。
小さな反応を除いて一昨日のあの青い物体と同じ反応がするのは全部で三ヶ所。
新校舎には一階、この三階。そして今一番大きな音がする旧校舎の三階。
そこでは敵が、誰かに明確な意志を持っ て襲っていた。助けに行かなくてはならない。
そこで自分に疑問を覚えた。
――……俺は何故今敵という言葉を使った?自分に危害が及ばなければそれでいいじゃないか。
迷った時間は多分三分にも満たなかっただろう。それがこの後一生零輝が背負い続けなければならない負債になろうとはこの時の零輝にはまだわからなかった。
その迷っている時間の間も時は動き、続ける。
「……れーき君!どいて!」
ポルターガイスト。突如としてものが浮遊する現象。幽霊がよく起こす行動だが、激痛を伴うがためにあまり使わないらしい。その、行為が、亜緒と零輝の周りで起こる。
次々に飛んでくる机と椅子に考え事をしていた零輝は対応しきない。しかし、亜緒に突き飛ばされ難を脱す。
慌てて気合いを入れ直そうとし、亜緒が近くの教室に入ったその時。時が、止まった。
――ゴリッ
硬質的なものを削る、高くもなければ低くもない、ただの音。それは何の変哲もない音のはずなのに、それを聞いた途端零輝は胸を押さえてうずくまる。
何もわからない。何が起こったのかはわかりたくない。
ただ本能では何かを悟っていた。
言い知れぬ不吉な事がおこなわれた事を。
痛みが、苦しみが。吐き気が、頭痛が。零輝の体を支配する。
「……大丈夫ですか?れーき君」
さっきのことをまだ気にしているのであろう。どこかに躊躇いがある亜緒の声にそちらを見ると、心配そうに亜緒が立っていた。零輝はもう迷わなかった。
「……ここの一階最奥部に2つ!旧校舎に1つ !」
「はい?あ……位置ですね。なら一階に……」
いや、違う。そこには誰もいない。
その2つの反応はさっきから騒いではいるけれど、まだ何もしていない。
それどころかわざわざこちらに更なるプレッシャーをかけようとしている。
さっきの霊が出てきた場所を見る。すると、その場所はここ三階から一階に通じる階段の近く。ならば、十中八九――
「……囮か」
「えっ?そんなことはないと思いますよ。霊は本能でしか行動できませんし」
零輝は無言で旧校舎へと走る。仕方なく亜緒も追走する。
「さっきゴリッて音がしたんだが……何か覚えは」
途中に妨害等は今のところ発生していない。旧校舎と新校舎をつなぐ通路で零輝は走りながら亜緒に問う。すると亜緒は青ざめながら もどこか観念したような顔で答えた。
「……捕食ですね」
「それはどんな行為だ?」
「……特殊な幽霊だけが行う行為で成仏するために人の魂を使います」
「それが人加える危害は!!」
亜緒はなにやら躊躇ったあと零輝に告げる。
「……死です」
予想はしていた。他にも色々問いたいことは沢山ある。でも、今の最優先事項は対策を練ることではない。
零輝は更に足を酷使する。
「……急ぐぞ」
「え、あ、はい!」
生きているかについてはあえて問わない。それを聞くのは助けた後でもできる。
つくつぐ今日は世界が自分に厳しい。亜緒は未だに青ざめたままだった。




