デバイスダイバー6
依頼人は「古い研究記録」を求めていた。
だが、それは彼女――黒きヴェールの女が「絶対に渡してはいけない」と告げるデータだった。
依頼を果たすか、彼女の言葉を信じるか。
背中合わせの共闘と、真っ向からの衝突。
そして、アイボーの無邪気なひと言が二人の心を揺らす――。
近未来SF短編シリーズ第6弾。
デバイスダイバー6 ―交錯する影―
「ご主人、依頼人からの追加メッセージです!」
アイボーのディスプレイに文字が走る。
《機密設計図の奥にある研究記録も回収してほしい》
「……研究記録?」
俺は眉をひそめた。報酬は破格。だが、嫌な予感しかしない。
潜行を開始した瞬間、冷たい声が響いた。
「やっぱり来たわね」
黒いヴェールの女が、闇の奥から現れた。
「またお前か」
「“また”はお互いさま」
彼女の視線は鋭い。
「その研究記録……依頼人に渡すつもり?」
「依頼だからな」
「やめておきなさい。あれは表に出せば、多くの人が傷つく」
俺は息をのんだ。彼女の声には、いつもの冷徹さに混じって微かな震えがあった。
「ご主人、困りましたね!」
アイボーがにっこりマークを浮かべる。
「この人、止めたいんですよね? でも助けたいんですよね?」
「おい……」
俺も彼女も、一瞬言葉を失った。アイボーの無邪気な爆弾が、胸の奥に波紋を広げていく。
次の瞬間、研究記録を守るセキュリティが姿を現した。
黒い鎧のようなデータ兵士。数は無数。
「来るぞ!」
俺は刀のようなコードを振るい、彼女は光の刃を構える。
背中合わせで迎え撃つ。
敵を斬り裂きながら、俺は叫んだ。
「依頼人はこのデータを欲しがってる!」
「依頼人の欲望より、未来の安全が優先よ!」
火花を散らす二つの正義。
だが、どちらも引けない。
やがて敵を倒し尽くした時、研究記録のフォルダが宙に浮かんだ。
俺と彼女は同時に手を伸ばし――互いの視線が交錯する。
一瞬の静寂。
彼女は手を引き、低く告げた。
「……好きにすれば。ただし、必ず後悔する」
ヴェールを揺らし、彼女は闇に消えていった。
残されたのはフォルダと、胸のざわつき。
「ご主人!」
アイボーがぱっと輝く。
「この人、絶対にご主人を想ってます!」
「……余計なこと言うな」
俺は深く息を吐き、フォルダを抱えて帰還した。
だが心臓の鼓動は、セキュリティとの戦闘よりもずっと荒ぶっていた。