1章 ある王政の憂鬱②
王宮の広さには、何度来ても辟易してしまう。
そう思いながら、クレアは出口に向かって歩いていた。
力だけが全ての世界。
それは、つまり弱者を排除しうる世界。
僕はただ、みんなに笑顔になってて欲しいだけなのに。
クレアは、両中指の指輪を見た。
魔石でできた、魔法の根源。
クレアは、手を握る。そして、それを離すと、キラリと星を灯した。
僕は、この力を笑顔のために使いたい。
王宮を出ると、鬱蒼と茂る小道を行く。この森は、王宮を隠す砦。
そこでクレアは、背後に冷徹な視線を感じた。それは、三双眸。
「いるんでしょ、誰か」
クレアは、手を天に掲げる。それに呼応するように、森は揺れる。
「ちっ、ばれちまったか。さすがは、ってところか」
現れたのは、クレアと同じくらいの背格好。桃色の髪は不自然な二つ結び。金色の双眸は、鋭くクレアを捉えていた。
「お前が、王様に気に入られているガキか」
その声は幼く、感高い。森の木々に、響く。
深緑の制服は、軍部のもの。それに、異形な、右足が馬の骨に似せた義足、左腕は布のみ、はためき。背には大剣を背負う。
それがクレアを釘付けにするには十分すぎた。
「王国軍左派、団長。ヴェーダ」
ヴェーダと名乗る少年は、口角を上げた。
鋭い歯が、クレアを威嚇する。
「僕はクレア。ただの大道芸人だよ。何か用?」
クレアは身を屈める。
中指を中心に、力を込める。
「俺とちょっと遊ぼうぜ」
ヴェーダは、背の大剣の布を解く。手を伸ばす。
その瞬時。
横から人影が。
金髪の青年が二人。全く似た顔をしている。
挟み撃ちにされた。
クレアは食いしばる。
青年たちは、黒いレイピアを片手に、クレアを目掛ける。
それを、跳躍で交わす。
交わした先に、大剣が振り下ろされた。
跳躍。
魔法が間に合わない。それに、この幼い体躯で大剣を片手で、軽々と振り降ろす彼は、きっと。
地に足をつける。クレアは地を蹴ると、中指に込めた火球を、ヴェーダに投げつける。
大剣は、それを消し止める。盾として地に叩きつけた。
大剣はすっぽりと、ヴェーダの体を隠していた。
それに気を取られていると、左右から、さらに挟撃。早い。
クレアは、チッと舌打ちすると、それを躱す。
左右に火球を投げるも、それは空を舞った。
「なんだよ、レオ、ルイ。邪魔すんなよ」
ヴェーダは、大剣から顔を覗かせると、そう怒鳴る。
「今、女王の近くの人間を殺すと、後々面倒なので」
と、冷徹な声を出すのはルイ。
「団長いつもやりすぎるからねえ」
と、明るい声を出すのはレオ。
と、言うらしい。
ヴェーダも舌打ちをする。地を蹴る音がする。
そのまま猛突進で、クレアを目掛ける。
クレアは反射で体をのけぞる。大剣は頬を掠めるだけで、クレアの後ろの大木に突き刺さる。
それに、ヴェーダは少し目を見開く。そして、その目を意地らしく歪めた。
「お前、ただのガキじゃねえな」
ヴェーダは、ゆらりと立ち上がると、大剣を大木から抜いた。
「そう言う君もね」
クレアは、頬の血を拭うと、そう吐き捨てる。
ヴェーダの顔は、醜くゆがんだ笑みを、浮かべた。
「殺せねえ。けど、殺してやる」
ヴェーダはそう言うと、大剣を納めた。
それを見、レオとルイもレイピアを納めた。
去っていく。その後ろ姿を、クレアは、呆然と見るしかなかった。
何分だっただろうか。否、何秒経っただろうか。
冷や汗が出る。息を大きく吐いた。
久しぶりだ、命を狙われることは。
鼓動が高まる。胸が苦しい。
あの瞳。あの挙動。そして左派団長。
あの子も。きっとそうだ。
あの気迫、殺意。
思考が巡る。こんな人間が、女王を襲うと思うと、押しつぶされそうな思いになる。
僕にも力が必要だ。
クレアは、手のひらを眺めた。この手は、救うことに使うと決めたんだ。
もう、大切なものを失わないために。
その為には。
クレアは大きく息を吐く。目一杯吸い込む。また吐く。
もっと強く、ならねば。守る力を、得なければ。
そう考えるのは、何十年ぶりだろう。
笑みが溢れた。
クレアは、膝を叩く。森の外へと、歩き出した。




