0章 はじまりは咆哮とともに③
夜が、明ける。
まだ、辛うじて月は顔を見せていた。
俺は、父母のいるテントの跡に行く。
テントは焼き切れ、そこに丸こげになった何かが二つ、落ちていた。
大事なものは、何も無くなっていた。
その瓦礫を漁ると、一冊の本を見つける。
読書家だった、母の蔵書。
その中に、表紙に赤いばつの書かれた、そんな本。
俺はページを捲る。
禁術。
不老不死の呪い。
死ぬのはもう嫌だ。
怖い。
辺りは、明るくなり始めている。
今しかない。
やるしかない。
俺は、その禁術を、俺にかけた。
眩い光と、強い風。
朝焼けの中での、その異様な現象に、すぐさま白銀は、飛んでくる。
体が、ちぎれそうに痛かった。
「あなたは禁術を使ったのか!」
白銀の叫び。
俺は、白銀を見る。口角を上げる。
「俺は、死ぬのが怖い」
太陽の光と、同じくらいの魔法発動の光。
「だから、永遠に生きてやる」
手を伸ばす。
「絶対に、お前たちに復讐してやる」
俺は、腹の底から笑っていた。
不老不死となった俺は、ぼんやりと王国ができていくことを眺めていた。
それは遅いと思っていたが、思ったより早かった。
一〇〇年も経った頃には、建物がたくさん並ぶ。
俺は、白銀に目をつけられ、王国軍に入れられた。
常に、お目付役の兵士に見張られて。
目付役の兵士を殺したこともある。それでも、白銀は俺に兵をあてがう。
冷徹にも程がある。
俺は、キャンディを齧りながら、そう思う。
不老不死になったとはいえ、小さな体躯の俺は、自分にもう一つの魔法をかけることにした。
肉体に魔石を埋め込み、肉体強化を図る。
それだけでなく、剣術、体術。なんでもやった。
俺は何度も戦場へ赴いた。
いつからかは覚えていないが、俺の背丈ほどある大剣が、俺の相棒になっていた。
俺は大剣を軽々と振るう。敵国の兵士は、吹き飛んでいく。
次第に、快感となっていった。
忘れもしない、ある戦場でのことだ。
俺はそこで、初めて魔具と出会う。
魔具は、魔石を練り込んだ特殊な武器。あらゆる魔法を、断ち切ることができる。
あの兵士は、優秀な兵士だろう。
大剣を振るう俺の左腕と、おさげにしていた左の髪を、叩き切った。
俺は、バランスを崩す。
崩して倒れた、右足の太ももから下。それを、その魔具は断ち切る。
その剣は、鋭く。
痛みが全身を駆け巡った。
痛い。
痛い。
死ぬのは怖い。
あの日のあの風景が、頭をよぎる。
俺は、叫んだ。言葉にできない叫びを、叫んだ。
そのまま相手の兵士を、片腕で振るう大剣で潰したことを、覚えている。
大剣で右足の代わりを保ち、ゆらりと立ちあがる。
「バケモノ」
敵味方共に、どよめく。
バケモノ。
はっ、上等だよ。
俺は、笑った。
死なない化け物だ。
俺は、戦いに狂っていく。
死の恐怖に怯えるくらいなら、狂ってやる。
俺は。
あれから、五〇〇年が経つ。
王国は、活気と優しさに満ち溢れていて、反吐が出る。
俺は、虎視眈々と王を倒すために、俺のことを話して回った。軍の中にも、王政に不満を持つ層がおり、そこに取り入って王国軍左派を形成した。
俺は、団長のポストまで上り詰めた。左派の人間を、目付役に選ぶ。
俺の行動には、従う。時々嗜められるが、それは許すこととする。
俺が死なないために、俺が生きやすい世の中を作る。
俺は、古龍との再戦を待っていた。
俺はヴェーダ。
死なない、異形の兵士。
そう、バケモノだ。




