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花瓶の水

作者: そらからり

 花瓶の中の水が濁っている気がした。

 覗き込んだわけではない。

 座った視線の先にある、机の上の花瓶が目に入り、ふとそんな気がしただけだ。

 だが、そんなことはありえないのだ。

 あの水は毎日取り換えている。

 花なんて挿していない、水差しの役割しか果たせていない花瓶の中の水が、たった数時間程度で濁るわけが無いのだ。


「〇〇君、今のところ聞いていたかしら?」


 花瓶を見つめていると先生から注意を受けた。

 まったく聞いていなかったので僕は前の席の椅子を蹴ると、立ち上がって謝った。





 横の席から異臭がする。

 腐ったような、ウサギ小屋のような、なんともいえない臭い。

 だけど生理的に受け付けない、臭いという感覚だけが鼻をついている。

 原因は分かっている。

 私の隣のアイツだ。

 不健康そうな見た目をしているし、洋服だって昨日と同じもの。

 きっとお風呂にも毎日入っていないに違いない。

 だからこの悪臭の原因はアイツなんだ。

 私は先生にバレないよう、そっと隣のアイツに消しゴムのカスを吹きかける。





 真後ろから酷く不快な音がする。

 それが何を意味しているのかは分からない。

 この授業中、一度も振り返ることを許されず、何かがギリギリと音を立てているのを背中で受け止めるしかなかった。

 最初は歯ぎしりなのかと思った。

 だけど、それにしては違和感がある。

 時折、キィキィと生き物が鳴くような音もするのだ。

 俺の後ろにいるのは何なのだろう。

 コウモリか何かなのか?

 振り返ることは許されない。





 前の花瓶はやはり濁っているに違いない。

 だって、あんなにも口のところが汚れているのだ。

 カビかコケかがこびりついて、中身を溢れさせている。

 コポコポと音を立てて中の汚水が今にもこちらへ吹き飛んできそうだ。

 そうなったら僕は避けるべきなのだろうか。

 あるいは、打ち倒すべきなのだろう。

 シャープペンシルの芯がいつまでたっても収まってくれない。

 僕はHBが好みなのに。

 苛立ちついでに前の席を蹴る。





 隣の席の悪臭は増々酷くなる。

 どうしよう、今日は新しい洋服を着てきたのに。

 臭いが付いてしまったら、帰った時にお母さんが鼻を詰まんでしまったら。

 その時は、隣のアイツにどう責任を償わせよう。

 チラリと隣のアイツをみる。

 アイツはしきりにシャープペンシルをカチカチと弄っている。

 馬鹿みたいだ。

 どうせろくに字なんか書けやしないのに。

 計算だって漢字だって、遅れているのに。

 馬鹿みたいに綺麗にシャープペンシルに芯を入れることだけに拘っている。





 後ろの席の異音はたまに収まる。

 そんな時、決まって時計の針のような音に切り替わる。

 教室の時計はデジタル式だから、針の音なんて聞こえない。

 カチ、カチ、と音がし、時折唸るような音が聞こえる。

 だけど俺は振り返らない。

 振り返れば、後ろに何があるのか分かるのだろう。

 だけど振り返らない。

 振り返れない。

 振り返って正体を探ってはならない。





 教室全体が淀んでいる。

 そう、このクラスで教鞭を振るった瞬間から理解した。

 全ての机に置かれた花瓶。

 全ての生徒から発せられる異臭、異音、異常行動。

 獣のような奇声をあげる生徒もあれば、自身の洋服を切り刻む生徒、机と接着剤で結合しようとする生徒もいる。

 一様に、花瓶だけは机に置かれている。

 誰が置いたわけでもない。

 生徒が机に着くのと同じように、いつの間にかそこに置かれている。

 花瓶の中の水は濁っている。

 濁って、溢れている。

 そして教卓の花瓶の中は――

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― 新着の感想 ―
断片的な描写の積み重ねがじわじわと恐怖を煽ってくる作品でした。花瓶の水の異変から始まり隣の席の悪臭、後ろの席からの不快な音と五感に訴えかけるような描写が教室の異様さを際立たせていますね。生徒たちの奇妙…
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