ナンシーと借金2
東江は、ホームセンターへ行き。贈答用の洗濯洗剤を大量購入して、各家々を挨拶して回った。
その時に、兆志と普に出会った。
俺は、玄関を開けて、荷物を中に入れた。
凄く、カビ臭い。
取り敢えず。家の中を歩き回り、窓を全て開けて、空気を入れ替えた。
最低でも、親父が亡くなって、4年は経過さしている。
最初にする事は、現金をタンスに移す事だった。
自分の部屋へ行き。空の引き出しに、お金を全て入れて。
なっちゃんが準備した服を、上からばら撒いた。
スーツも脱ぎ、スウェットに着替えた。
帯の付いた、現金から一束抜き取り。もう一度、戸締まりを始めた。
「もしもし、赤嶺社長ですか。電気が止められていて、何も出来ない。ええ。そうです、ガスも、水道も、お願いできますか」
俺は、この家を売らずに。しばらく住むことを決意した。
最初にする事は、大家としての挨拶まわりをするだった。
近くのホームセンターへ行き。贈答用の洗濯洗剤を選び、15箱を購入した。
お盆シーズン前で、色々な贈答用の品が並んでいた。
だが、挨拶まわりは、洗濯洗剤が支流だ。一択だった。他に目もくれない。
カートでタクシー乗り場まで運び。
往復で、タクシーを使い。経費がかさむ。
だが、長時間、家を空ける理由にはいかない。
俺は、5つずつ持ち。夕方から、挨拶まわりを開始した。
405号室から開始して。最初に、兆志と遭遇した。
『ピンポン』
「今晩は、後ろに越してきた、大家の東江です。これ詰まらない物ですが。宜しければ、お使い下さい」
「あっ、はい。有難うございます」
「それでは、失礼します」
これが、兆志との最初の会話だった。
次々と廻り。
最後に、ナンシーの家に挨拶をした。
最後のナンシーの家の箱だけ包装が違う。
それを、一度確認して。チャイムを鳴らした。
『ピンポン』
「押忍、ご要件は何ですか」
「今晩は、後ろの家に引っ越しをしてきた、大家の東江です。これ、詰まらない物ですが、お使い下さい」
「押忍、有難うございます」
「それじゃ。オジさん行くね」
最後は、緊張し過ぎて。逃げるように帰ってきた。
挨拶回りを終えて、勝手に一段落していた。
ナンシーは、ベランダでスケベな下着を、取り込んでいて。俺の行動の一部始終を、上から見ていた。
「お母さん、新しい大家さんが、これをくれた」
普は、母親のナンシーに、ビニール袋から取り出した、綺麗に包装された箱を取り出してみせた。
「お母さん、これ開けて良い」
「ええ、良いけど。どうせ、お素麺か、洗剤のどちらかよ」
普は、包装紙を丁寧に解き。箱を見た。
見慣れた、月の絵が有った。
「お母さん、洗剤みたい」
「何を期待したの。普は」
普からの返事は無かった。
がっかりしたのかと思って、部屋の中を覗くと。
箱の中に、札束が入っていた。
普は、その中から、1枚を抜き取り、スカシを確認している。
「お母さん、これ、本物かな」
ナンシーは、慌てて、取り込んだ洗濯物の上を跨ぎ。普の一万円を奪って、スカシを確認した。
この手触りは、難度も確認してきた、一万円札だった。スカシも、本物に見える。
札束が、12束入っていた。
手触りからして、全て本物に感じた。
これさえ有れば、普通の人生に戻れる。ヤクザなんかに、追われなくても済む。
ナンシーは、借金返済を考えていた。
「お母さん。これ、オジサンに返さなくて良いのかな」
ナンシーは、現実に戻されて。一万円札を箱に戻して、蓋を締めた。
これは、罠だ。このお金を使って返済したら。また別のヤクザが、取り立てに来る。かなりの利子を付けて。
そうなると、立ち直れなくなる。
普との、暮らしも危うくなってしまう。
「いい、普。お母さんは、このお金を返してくるから。誰も、お家に入れたら駄目よ。分かった」
「分かった」
ナンシーは、ビニール袋に戻して。玄関を出た。
その直後、玄関の鍵のかかる音が鳴り響いた。
『ガチャン』
ナンシーは、急いで裏の東江の家まで行き、チャイムを押した。
何度押しても、音が鳴らない。
「ごめんくださーい。大家さん、こんな事されると、困るんですけど。どういうつもりですか。こんな大金、私たちを、馬鹿にしているのですか」
東江は、家の奥に居た。
突然のナンシーの訪問に驚き。
大声を出して、現金の事を話すナンシーの口を塞ごうと、慌てて玄関まで走った。
「しー。しー。声が、大き過ぎます。現金を、配ったのは、松田さんの家だけですから。黙ってて下さい」
俺は、右手の人差し指を、口元に当てながら、ナンシーに、落ち着くよう求めた。
「これは、何の真似ですか。説明して下さい」
ナンシーは、玄関に現金の入ったビニール袋を、投げつけた。
「不動産屋さんで、聞いたのですよ。松田さんが困っているから助けて欲しいって。だから、手助けをしたのです。慈善事業みたいな物です」
「何を、言っているのですか。慈善事業って、こんな大金を、ポンって。何を、考えているのですか」
「何も、考えてません。強いて言うなら、逆です。その金持って、出て行って欲しいです。二度と、戻ってきて欲しくありません。本音を言えばね」
東江は、上着を脱ぎ。背中の閻魔大王を、ナンシーに見せた。
「俺は、最近まで、塀の中にいました。元ヤクザです。足を洗って、カタギになった、つもりでいます」
俺は、上着を着て。振り返り。
「馬鹿どもを、ここに呼びたくないのです。足りないのなら、もう少しお金を出してもいいが。その代わり、出て行って、帰って来ないで下さい」
「何で、そんな事をするのですか」
「分かりません。得を、積みたくなったのか。過去の懺悔のつもりかは、分かりません。少し、お金を持っていたから、与えただけかもしれません」
東江は、お金を拾いながら。
「ただ、貴女の人生と、子供の人生は別です。あの子は、まだ、助かる」
ナンシーは、涙を流し始めた。
「俺たちのように、落ちて行くかもしれない。そうなったら、這い上がれなくなる。まともに育つのは、稀だ。殆どが、日の目を見ない所で、搾取されながら、腐れて行く。この金は、貴女に差し上げる。あの子の為に、お天道様の元を、歩ける子にして欲しい」
俺は、ビニール袋にお金を全部入れて、ナンシーに手渡した。
「少し、待っててもらえますか」
東江は、裏に行って。真新しいハンカチとスウェットの上着を取った。
最初に、ハンカチを渡して。
次に、目の前でビニール袋破り、上着を渡した。
ナンシーは、自分の格好に驚き。上着を借りた。
「お見苦しい物を、お見せして、恥ずかしい限りです」
ロゴの入った白Tに、ノーブラで。乳首が透けていた。
「この上着とお金は、必ずお返しします。子供が、心配しますので、これで失礼します」
ナンシーは、現金の袋を持ち。帰っていった。
これがナンシーとの、初めの出会いだ。
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