ナンシーと借金
東江は、赤嶺不動産で、松田ナンシーの借金の話を聞いた。
1000万円の借金が有り。身売り先も、決まっているみたいだった。
「ココだけの話ですが。東江さんに、お願いがあります」
絶対に、ろくでもないヤツだ。
でも、何で辺土名弁護士が語る。
「皆さんに、ご迷惑を掛けましたから、私に出来る事なら」
「あのですねぇ。東江さんが、所有するアパートに、松田ナンシーさんって、女性の方が住んでまして。その方を、助ける為に、東江さんの土地とアパートを、お借りできませんか」
「話が見えないです。どう言う事ですか」
「僕がですね、東江さんのアパートに寄った時ですが。変な格好した方々が、居ましてね。変な話を進めるのですよ」
完全に、この男の思考が読めない。
『兄貴、あの女、いつ沈めるんですか。俺、ヤッてもいいですか。
駄目だ、あの女は、買い手が決まっている。諦めろ。指で済まないぞ』
「東江さん、ナンシーさんを助けたいですよね。力を貸して下さい。おねがいします」
「私の範疇を超えてますね。お力になれず……」
「だから、言ったろう。無理なんだよ。お前のそれは」
赤嶺は、辺土名弁護士を叱りつけた。
「東江さん。率直にお願いする。あのアパートと実家を、私に売って欲しい。そうだな、6000万円で、どうだ。現金で払うぞ」
「6000万円ですか。どうしましょうか」
「無理だぞ。6000万円以上ビタ一文上がらないぞ。何かと、物入りでしょうし」
「6000万円から、上がりませんか。弱りましたね」
東江は、スッと立ち上がって、社長室の戸の前まで来た。
戸を全開に開けて、返事を聞かせた。
「確かに、最近、俺は塀の中から出て来た。一ヶ月前は、まだ塀の中で、出所の日を待っていた。それは、間違いない。事実だから。だが、物入りなのも確かで、6000万円は、喉から手が出る程、欲しいのも、事実だ」
俺は、社員に向かって話した。
「浦添の駅近物件で、120坪の宅地付き抵当とアパートの方は、2LDKの15室、駐車場付きの築30年。これが、6000万ですよ。皆さん。どうされますか」
社員一同、仕事の手が止まった。
社長は、全然気付いてないし、辺土名の馬鹿は論外だった。
「これが、普通の反応だよ。赤嶺社長」
皆、色々な資料を調べている。
「ここは、不動産屋さんだぞ。分かってて6000万円の金額を提示したんだよな。赤嶺社長は」
「底地は、1億5863万円です」
女性の、呟くような小さな声が、静かな事務所に響いた。
「少し調べれば、誰でも分かる。出所後に、俺の足元を見たんだろ。金が無さそうだから、引っ掛けようとしたのか」
不動産屋社員が、固唾を呑んだ。
「底地を、大きく割ってますね。赤嶺社長は。詐欺罪で、訴えようかな」
ここで、社長室の扉を閉めた。
「赤嶺社長は、ググれよ。スマホぐらい持ってんだろ。懲役何年だ。罰金はいくらだ。赤嶺不動産が、傾くぞ。社長が、素人を騙して、底地を下げた」
俺は、三人掛けのソファーの真ん中に、浅く腰掛けて。大きく股を広げて、両手を両膝に付けた。
やや前傾で、頭を傾けて、社長を睨んだ。
「家の鍵を、返して下さい」
社長は、俺の言葉でスマホから目を移した。
「はい、はい。只今、お持ちします」
小柄な体型に、大きなお腹。深く座っていた椅子から立ち上がり。
辺土名弁護士の前を、通りながら。辺土名弁護士の足を強く踏んだ。
「おい。その松田ナンシーさんの話を聞かせろ」
異様に、生々しくて、嘘には思えなかった。
「ナンシーさんは、どうやら、1000万円の借金を背負っているそうです。そうですよ。ヤクザが、スナックナンシーに、出入りするようになってから、僕らのような、お客さんは減り。変な噂が、流れ始めたんですよ。変な薬を売っているって」
社長が、家の鍵をテーブルに置いた。
また、辺土名弁護士の足を踏み、定位置かのように、椅子に深く座った。
「あぅ、赤嶺社長。痛いです」
やはり、辺土名弁護士の頭が、かなりヤバイ。
個人情報を、バンバン開示する。これで、司法試験を受けたのか。レベルを疑うぞ。
弁護士は、ゴタクを並べるだけの集団か。
「ナンシーさんを、助けて下さい。お願いします」
「無理だよ。諦めろ。俺は、足を洗ったんだ。カタギなの。何で、知らない女の為に、危ない橋を渡らないといけない」
俺は、テーブルの見覚えのある鍵を受け取り。キャリーケースを、2つ引きずりながら、社長室を出た。
「あの〜。タクシーを、1台お願いできますか」
「急いで、手配します」
手前の彼が、受話器を取り、どこかへ電話をかけた。
俺は、場違いだと思い。外で待つことにした。
失敗した。沖縄の夏は熱過ぎる。
外に出るんじゃなかった。
今更、戻るわけにも行かず
ひたすら、タクシーの到着を日陰で、キャリーケースに腰を下ろし。汗を吸わないタオルで、額を撫でた。
タクシーの中が、天国に感じた。
クーラーの効いた車内は格別で、赤嶺不動産の社員から貰った、さんぴん茶が喉を潤してくれた。
これから対峙する、実家とアパート。
何年ぶりだろう。爺ちゃんが亡くなってからだから、20年近くなるのか。
両親が離婚して、俺は、横浜に引っ越した。
そこからは、3回だけ、実家を訪れている。
最初は、母親の死を告げに。
次は、祖母の葬儀で。
最後は、祖父の葬儀だった。
母方の方も、幼少の頃から疎遠で。従兄弟も居るらしいが。ヤクザを家業にしていた分、関わりは無い。
母親も、早くに亡くなったから、会った事もない。
天涯孤独。誰にも縛られない。
カタギとしての人生が、沖縄で始まる。
実家に着いた。
周りは、全て知らない建物ばかりだ。
昔は、畑ばかりで、遠くまで見えたが。
今は、それが出来ない程、建物が並んでいる。
このアパートもそうだ。
俺が、ガキの頃は、まだ畑だった。
アパートからは、赤ちゃんの泣き声と、子供たちの笑い声が聞こえた。
奥に進むと、広い駐車スペースとガレージが有り。
シャッターを開けずに。横の扉から、鍵を使って入った。
うる覚えだが、懐かしい物を見つけた。
証明を付けようと、スイッチをイジったが、付かない。
スマホのライトで、辺りを照らした。
マツダのコスモスポーツだ。父親の物で、ボンネットに上がって、ウルトラマンごっこしたら。物凄い剣幕で怒られたのを、忘れない。脳裏から離れないトラウマだ。
今は、埃だらけだ。
俺は、ガレージを後にして、自宅へと向かった。
母親の愛した、花壇は無く。草が生えていた。
あの、赤嶺不動産は、何をヤッていたんだ。
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