主文と断罪
東江は、淡々と主文を言い渡そうとしたが。納得しない者も出てくる。
広報の具志堅は、特にそうだった。
佐久間弁護士の断罪が終わり、沖縄支部の前原に、顔を向けた。
「賠償金をユーチューブから取る」と、言った時には、緊張がほぐれ、穏やかな表情に戻ったが。
俺が上着を脱ぎ、背中の閻魔大王を晒した時から、緊張の顔に戻った。
「あの〜、つかぬことをお聞きしますが。東江さんは、本職の方でいらっしゃいますか。背中のは、流石に絵ですよね」
声を発したのは、広報の具志堅だった。
かなり怯えた表情を見せている。前原とは、逆の発送をしたのだろう。
ユーチューブから、一億取り。我々から、いくらむしり取られるのだろうと、考えたのだろう。
半分は、間違ってはない。主文を言い渡すのだから。
「俺は、元ヤクザだ。それなりに、悪い事もしてきた。褒められた事はしてきていない。だが、足を洗い、カタギになった気持ちでいる」
俺は、はぐらかす為に、嘘をついた。
「実際、中村は、一発の攻撃も受けていない。俺は、クリンチして、耐え凌いだだけだ。あの暴行のあとは、俺とは、関係ない」
真実は、手を出せずにいただけだけどな。
「はい。うちの門弟が、中村をあのようにしました。私が気付いた時は、傷はありませんでした」
照喜名道場のお爺さんが、証言してくれた。
皆が、納得してくれたのかは、疑問符が残るが。数人は、納得した。
「話を戻そう。前原さんには、このまま代表を続けてもらい。夏のボーナスを、オレに届けろ。それでチャラだ」
前原は、胸を撫で下ろして。深い息を吐き。
「代表を、辞めずに続けても宜しいのですか」
「中村は、暴漢から子供たちを守った、ヒーローなんだぞ。何か問題るのか」
「本当に、宜しいのですか。こんな奴をヒーローなんかに祭り立てて」
「考えがある。中村の要望も叶えるつもりだ」
「ダメです。中村は、ワシが刺し違えてでも、外へ出すつもりはありません」
「気持ちは分かるが、早まるな。こっちも万全を期してる。問題な…」
東江の頭に、一つアイデアが降りてきた。
「後で話すが、空手協会に頼みがある。内容は追々詰めてからだ。今は、主文だ。主文」
次に、具志堅に顔を向けて、サクサクいこうとした。
「何ですか、頼みたい事とは、教えて下さいよ。自分の刑が決まったあとで、死刑宣告されたら困りますから」
「そんなに騒ぐことじゃないよ。損はさせないし、金がかかるなら、俺が出してもいい。何なら協会とは別で、お願いすることになるから」
「そこが困るんです。外部には、任せられませんので。空手協会で、処理させて下さい」
「俺を信じろ。外部には絶対に出さない」
「それなら、信用しますが。話を聞いてから、考察する事にします」
「賢明な判断だと思う。だが、具志堅さんも、減給してもらう。夏のボーナスを、俺の所に持ってこい」
「有り難うございます。夏のボーナスで救われるのなら、お支払いいたします」
次は、大城館長だ。ここまでは、関係のない役職だ。『管理が行き届いていない』だけで、クビが、かかるポジションの連中だ。
今回は、運がなかった連中となる。
ただ、この動画を見たら、予算はどうにでも降りるだろう。
トップのボーナスの金額だけで済むのなら、問題のないレベルだ。予算の名目を、少し書き換えるだけで、済むのだから。
「はい。夏のボーナスが入り次第。お届けに上がります」
問題はここからだな。
「安仁屋部長の対応は、正直、中の中だった。愚かな部下を信用し過ぎて、俺の信用を失ったのはある。間違いは無いな」
「おっしゃる通りです。部下を信用して、対応に躊躇しました。申し開きもございません。如何様にもして下さい」
「イサギいいな。迷いそうになるが、お前も、夏のボーナスを持って来い。反論は、許さない」
俺は、また席を立ち、正座する西村の足を踏みつけた。
『ん゙~』
「今回は、耐えたな。それでいいんだよ。今度からは、最初からそうしてくれ」
西村の足から、足を離して。見下すように。
「俺をを散々バカにしたからな。罪は重い、夏と冬のボーナスを、俺のところへ持って来い。それと、給料の一割を納めろ。分かったな」
「はい、分かりました」
やけに素直だな。カミさんにでも、怒られたか。
「おい。お前は反省をしているのか」
馬鹿な行動をしているが。全然、誠意が伝わって来ない。
「はい、反省しています」
今度は、クーラーボックスから、カチコチに凍ったペットボトルを、3本取り出した。
「落ち着けバカ。そんな事をされても、嬉しくないし、誠意も伝わらないんだよ。脳筋なのか、コイツは」
理解に苦しみ。コチラをチラチラ見ながら、凍ったペットボトルを、足そうとした。
「だから辞めろって、言っているだろ。恐ろしいヤツだな。西村同様に、夏と冬のボーナスに加えて、月々の給料の一割をオレに届けろ。いいな」
砂川は、キョトンとした顔をした。
「そんな事で、良いんですか。お金で解決できるなら。有り難うございます」
『フン』
一番上の凍ったペットボトルを割り、気を失った。
凍ったペットボトルが、くの字に曲がっている。
「まぁ、余興みたいな物か。サクサク行かないと、日が暮れてしまうのに、時間を掛けさせやがって。空手会館のヤツは、遅延が好きだな」
「申し訳有りません。目覚めたら伝えておきます」
安仁屋部長が、謝罪した。
大城館長は、頭を下げた。
俺は、忙しく動き。段々と中村への憎しみが、溜まってきている。
「さて、問題の照喜名道場だが。ユーチューブの開設は、先ほど話したな。これから詰めていくぞ」
少し、前傾して、小声で話した。
「中村には、ヒーローとして、頑張って貰うわけだが。そこで、先ほど話した、お願いを聞いてもらう」
具志堅と前原が、身構えている。
「そんなに、緊張するな。単純な事だ。奥さんと照喜名さんには、申申し訳ないが」
一度、中村の方を向いた。
「喜べ。照喜名道場からの脱出だぞ」
中村に天国を、味あわせた。
中村は、大きく頭を下げて。額を床に着けた。
俺は、奥さんと照喜名さんに、顔を向けて。
「中村には、死んでもらう。保険金をたっぷり掛けて。2年後に、死んでもらう」
中村は、両膝を付いたまま、歩み寄り。許しを請おうとした。
「今さら、無駄だよ。お前の第一声は、俺への謝罪でも無く、子供たちへの謝罪でも無かった。ただ、自分の保身を優先した。それだけだ」
中村は、首を高速で振りながら。
『ん゙~〜ん゙~。ん゙~』
「何言ってるか、分かんねえよ。当然だろ、元ヤクザを、ボコボコにしたのだから」
「あの、ワシ共も、死罪なのでしょうか。孫と生まれて来る、ひ孫だけは、勘弁してもらえませんか。半分は、中村の血が混ざってますが。生まれてくる子供には、罪は有りません。どうか御慈悲を」
照喜名さんは、椅子から降りて、土下座して、頭を付けた。
続いて、奥さんも、しようとしたので、止めた。
「待って下さい。コレは、子供たちを、救う為の話し合いです。勘違いをなさらずに、最後まで聞いて下さい」
周りの具志堅部長が、照喜名さんに手を貸して、椅子に戻してくるた。
「照喜名道場には、以前の師範に戻してもらい。ユーチューブの継続をしながら、存続してもらう。勿論、一億円が集まるまでは、抵当を預からせてもらう」
照喜名さんは、不安そうに。
「他には何を」
「折り合えず、こんなモノだ」
少し間をおいて。
「あっ、中村を、始末する訳だが、未練とかあるか」
俺は、奥さんにズケズケと聞いた。
「分かりません。ですが、この男の本性を知れて、良かったとも、思っています」
奥さんは、うつむきながら、お腹を擦り。
「この子が生まれるのに、よそ様の可愛いお子さんを預かる立ち場でありながら、あのような酷い事が出来るなんて。死んで当然だと思いますし。照喜名名を、地に落としたのですから。当然の報いです」
複雑な心境だった。
「本当に、私共は許されて良いのでしょうか」
「許されては無い。ここからが正念場だ。最低でも、ここに居る連中は、良く思ってもないし。大人の部の人々や、子供たちの両親の方々は、少なからず、不安は払拭出来ていないだろう。頑張り次第だ」
『はい』
聞こえていたのか。意識を取り戻した、砂川が手を挙げた。
「私も、微力ながら、照喜名道場のお手伝いをさせて下さい。お願いします」
罪滅ぼしなのか、ヤル気のようだ。
「おう。手を貸してやってくれ」
「俺も、カメラマンとしてなら、お手伝いします」
西村のヤツが、突然変わった。
「どうした。何があった」
「ただ、死にたくないだけです。コイツのように、扱われたく無いって。コイツと同等は嫌だと、思っただけです」
中村死刑囚を見て、自分の行いを正そうとした理由な。
「そうだ。忘れる所だった。頼みは、コイツを2年間だけ、武者修行の旅を手助けしてくれ」
俺は、空手協会に頭を下げた。ソレはソレ。コレはコレだ。
「USBメモリーも、持たすし。歯が、無くなろうが。足が、もぎ取れようが、好きにして構わない。ただ、生かすだけでいい。頼めるか」
前原と具志堅は、顔を見合わせた。
不安だった顔に、血の気が戻ってくる。
「是非、ウチの門下生が、中村の弛んだ精神を。もとい、武者修行の旅を、世話させて下さい」
前原が、引き受けた後。
「この手が、有りましたか。ならず者は、協会内でシェアすれば良かったのですね。武者修行ですか。良いですね」
具志堅も、乗り気だった。
中村は、たらい回される事が決まった。
2年のサンドバッグに、耐えた後は死が待っている。勝手に、死ぬ事も許されなかった。
中村への、刑罰も終わり。
「お前たちも、席に着け。料理を運び入れるぞ」
反省モードの砂川を、無理矢理席に付かせて。
具志堅が、表にいる女の子に声をかけた。
料理は、次々と運ばれて。俺は、大きな唐揚げに、手を出した。
大きく、口を開き。口元の傷が開いた。
『熱ッ゙』
熱々の肉汁と脂が、傷口を襲った。
思わず立ち上がり、中村の顔を殴った。
「すまない。本調子じゃ、ないようだ。俺達は、後日にするよ」
俺が、上着を着始めると。
具志堅が、バタバタと動きを見せた。
個室の入り口へと向かい、カードを渡しながら。会話をしているようだった。
俺達は、ゆっくり皆と挨拶をして。具志堅が、帰る手前で、ホテルの封筒を渡して来た。
「東江様、この度は数々のご無礼を、お許しいただき、有り難うございます。コレは、後日、ご家族とお使いください」
俺は、素直に封筒を受け取り。『中華包龍』を、後にした。
『業と悲劇』
俺達は、ガレージに置く、ソファーとマッサージ用のベットを探して、家具屋さんを巡っていた。
ナンシーが、腕を絡めて。普が、家具屋の駐車場ではしゃいている。
空手の後遺症も無く。他の子供達も、誰一人欠けることなく、照喜名道場へと通っている。
暴漢である俺は、出入り禁止となったが。
だ新規送迎をする度に、皆から声をかけてもらっている。
子供たちにも、挨拶される。
指導者が戻り。砂川や西村も率先して、ユーチューブ作りに参加している。
週末だからか、駐車場にキッチンカーが来ていた。
普に、グレープを買い。俺とナンシーは、コーヒーを手にしていた。
目当てのソファーは、予約を入れて。マッサージ用のベッドは、ネットで購入する事になり、ナンシーの車に、向かっていた。
ソレは、突然起こった。前触れは、有ったような。無かったような。青天の霹靂だった。
普が、突然振り返り、満面の笑みを見せて。
「僕ね、大きくなったら、お父さんみたいな警察官になる」
少し、恥ずかしそうに、凄い事を打ち明けた。
俺は、歩みを止めた。広い駐車場で立ち止まった。
動けなくなった、俺を引っ張るように、ナンシーの腕が、引っ掛かった。
「何、どうしたの」
数秒後、ナンシーが膝から崩れた。
普の言葉は、二人を引き裂く。
「お母さん、大丈夫」
無邪気な普が、膝から崩れたナンシーに、声をかけた。
「ゴメンね。あぁ、コーヒーも、溢しちゃった」
ナンシーは、紙のコーヒーカップを拾い。一人でゴミ箱の方へと向かった。
俺は、複雑な気持ちのまま、普を抱き寄せた。
俺は、元ヤクザだ。今までの業が、深く伸し掛かった。
その後の俺たちは、上の空で。俺が、運転して。2人が後ろの席に座った。
俺たちは、その日を境に、ギクシャクとした関係となった。
読んでいただき、有り難うございます。
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