辞表と佐久間
皆を、席に付かせた。こんなバカな謝罪で許してはいけない。
だが、空手協会の代表の前原は、辞意を発表して。辞表を内ポケットから出した。
「座る前に、名刺を回転テーブルに並べろ」
俺は、椅子を引いて、立ちあがった。
ナンシーも、つられたように、席を立った。
「馬鹿、お前は、土下座してろ」
俺は、照喜名道場の当主の手を貸した。
ナンシーも、中村のカミさんに、手を貸して椅子に座らせた。
「私どもの事は、お気になさらないで下さい」
「そんな、大きなお腹して、気にしないでてのは、無理があります。椅子に座ってください」
「ワシどもは、どうなっても構いません。ですが、孫とひ孫は、許してもらえませんか」
爺さんは、俺の手にすがり付き、孫の解放を訴えた。
「コレから、ソレを決めるんだ。座らないと、話になんねぇだろ。俺が、リークしたら、皆が困るぞ」
西村は、土下座しろよ。
まだ、立ち上がろうとする西村に命じた。
バカ女は、脳筋だった。
突然、砂川の背中側に置かれたクーラーボックスから、凍ったペットボトルを2本取り出して、横に2つ重ねたかと思うと。
「どうも、すみませんでした」
叫んだかと思うと、ペットボトルを頭突きした。
ペットボトルには変化は無く。砂川が、脳震盪で倒れた。
4人が固まって、関係者は、またかと項垂れた。
もう一人は、向こうの弁護士だ。
この砂川、有段者で全国だけでなく、海外にも名を轟せていて、有名らしいが。
オツムが弱いのも、知られている。
こんな事が繰かけされていて、何度か代表を降ろされている。
「大丈夫です。時期に目覚めますから」
ペットボトルを片付けて、砂川の鼻に手を当てた安仁屋が答えた。
肝心の中村は、俺よりひどい顔になっていた。
今では、弱々しくも見える。
「まずは、弁護士の先生。自己紹介して、正直に答えろ。この件の落とし所と、逆の立場だったどうするのか。俺の満足する答えを、聞かせてくれ」
弁護士の先生は、弱った顔をして立ち上がった。
「空手協会の沖縄支部の顧問弁護士をしております、佐久間です。今回の落とし所ですが」
挙動がおかしく、手帳をペラペラと捲っているだけだ。
「非常に、言いにくいのですが、東江様には、150万円の示談金をご用意しております。松田様のご子息の普君と他のお子さんたちには、50万円と成人するまでの保障をさせて頂きます」
佐久間は、鼻の頭を掻きながら、着席しようとした。
「ちょ、ちょ、チョット待て。座ったままでもいいから、反対の立場の意見を聞かせろ。合格点にほど遠いな」
佐久間は、手帳を見開いて。
「そうですね、正直に申しますと、東江さんへの支払いは、250万円は硬いですね。他の子たちも、一人100万で、成人するまでの肉体的補償と精神的な補償を付けます。
佐久間の、予定してなかった金額に皆が驚いている。
「俺への賠償金が、250万円ってのは、却下だ。500万円以下で、受ける気はない」
「それこそ、無謀だ。250万でも、ギリギリ取れる範疇で。500万円は、あり得ない」
佐久間は、俺を見て意見を述べた。
「何だよ。見当違いの事をしていたのか。空手協会ってのがあるの。空手会館とは別なの」
「ややこしいのですが、違います。流派や系統が違いますので」
空手協会の代表の前原が答えてくれた。
「前原さんは、どのように考えている」
俺は、回転テーブルを回して、皆の名刺を集めて、座席の位置がわかるように、丸く名刺を並べた。
一番偉そうだだたのが、前原だ。
横にいる広報の具志堅が、何度か頭を下げている場面があった。
おもむろに、スーツの内ポケットから分厚封筒を出した。持ち方からして、軽いようだったが。
「何ですか、ソレは」
「辞意ですが」
「ソレを、回転テーブルに置いてもらえますか」
「何をなさる、おつもりですか」
「俺が、コレをどうこう出来るのか。辞める、辞めないは、お前の意思だが」
「え〜と、具志堅さん。アナタは彼の部下だ。だいたいで構わないので、彼の退職金の金額を教えてください。満期は、いつで満期の時に、いくらくらい貰えるものかも」
「はい。協会の広報の部長をしております具志堅です。この度は、東江様と松田様のご子息様である、普くんには…」
「有り難う。聞かれた事に、答えて下さい。現段階では、謝罪は受け入れられません。賠償金に納得してないからです。以上、続けて下さい」
「失礼しました、端的に申しますと。アバウトで宜しいようなので、今辞めますと、80万です。満期は早くて1年半後で、800万は硬いかと」
「お前らは、給料いくら貰ってんだ。たく。具志堅さんの、お給料を教えて下さい」
「月平均で、32〜3万前後です。ボーナスは一月分貰っています」
「スポーツの教会って儲かるんだな」
事前に準備したノートに、色々と書き足している。
「具志堅さんは、この一件をどうお考えですか」
「痛ましい事件です。公表されなかった、東江様には、感謝を…」
「そう言うのは、期待してない。現段階で、先ほども言ったが、耳タコだ。その点では、砂川のバカな方法が、素晴らしく清々しいと思うが。どう思うかは、人それぞれでしか無い」
「脱線させました。照喜名道場は、免許を剥奪し、解体。全てを賠償金に充て、他の道場に触れを出す予定です」
「妥当だな。次に、空手会館の大城さんに、聞いてみようか」
「私の方も、コチラを容易しました。満期は、半年後ですが、致し方ありません。早期退職は、50万で、満期は450万だそうです」
大城館長も、辞意を発表した。
俺は、2人の辞表を手に、三人が土下座する方へ向かった。
中村は、口に布が入っていて、喋れないようだった。
「お前のせいで、二人が積み上げてきたモノを、一瞬で奪い去った。この罪は、重たいぞ。分かっているのか」
「西村、何だその目は、反抗的だな。全然反省してないんじゃ無いのか」
西村は、顔を下に向けた。
「まぁいい。続けようか」
「安仁屋部長は、どうする。部下の失態は、上司の責任だよな」
「はい。教育不足です。見た目や、強さだけで、砂川を受付に置きました。申し訳ありません。以下用にも処分されて下さい」
俺は、席に座り。砂川の方を見た。
「肝心のヤツは、寝てるぞ」
「アレはアレで、世界で、戦える強さを持ってますから。失うのは惜しい人材です」
「こんなバカが、世界に通じるなんて。世も末だぞ」
「ご尤もですが、本心です」
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