土下座と絆創膏
こういう時に、トラブルは起こる。
全てを、チェックしても、予想外は起こる。
俺は、ダークグリーンのスーツにして、ナンシーは、ピンクのパンツスタイルのスーツで決まっていた。
タクシーの時間まで少しあったので。
「お前たち、少しはお腹にモノを詰めとけ。グーグーなったら恥ずかしいぞ」
「えっ、何で」
「どうしてですか。美味しいモノを、食べに行くのですよね。逆に、朝食を抜いて来たんですけど」
「ここを、よく見ろ。まだ、切れてるんだよ。完全に、完治してないの」
俺は、口を開けて、口元の切れた傷を見せた。
「この調子で、熱々の空揚げに手を出したらどうなる。その場で、中村の命は無いぞ」
「それと、これと、何の問題があるのです」
ナンシーは、パントリーへ向かい、辺土名弁護士は、質問を投げかけた。
「主賓が、手を付けないのに。お前は、回転テーブルを回すのか。回せるのか」
ナンシーは、お取り寄せグルメのアイスの箱を手にしている。
「冷たいのなら、大丈夫」
「有り難う、ナンシー」
棒状のアイスを受け取り、別な質問が飛んできた。
「どうして、中華にしたんですか。他にも、選択肢はあった筈です」
「あの時は、中華が食べたかったんだよ。それに、こんな席で、美味しいモノを食べても、美味しくは感じない。何を食べたかなんて、記憶にも残らない」
過去に、同じ経験を何度かしている。
会合は、特にだ。データに目を通して、食事をした記憶何て、皆無だ。
「後日、食事券をもらって、皆で食べに行こう。その方が楽しいし、美味しく感じる」
「皆って、僕も入ってますよね」
「あぁ、金城くんも誘う。今日のは、アイロンかかってて良いが、ドレスコードは守れよ。いつものヨレヨレは、NGだからな」
アイスの2本目に、手を出そうとして。
「おなか壊すよ。帰ってきてから」
ナンシーに、止められた。
俺たちは、到着したタクシーに乗り込み、事件が起きた。
買った時は、違和感ないように感じたが、ヒールのかかとが合わなかったようだ。
靴擦れを起こしている。
勿論、頑張った。松葉杖を、置いてきたので、少し不安だっが。ナンシーを支えた。
背筋を伸ばして、腕を組。
「済まないが、『中華包龍』は、何処だい」
ホテルのドアマンに尋ねた。
「ホテルの3階に御座います。ロビー右手のエレベーターを使いまして。正面の道を、真っ直ぐ進んだ奥が、『中華包龍』に、御座います」
「有り難う」
果てしない旅の幕開けとなった。
ゆっくりと一歩ずつ進んだ。
ロビーに入り、エレベーターを見つけた。
エレベーターで、気を抜いたが。3階は、直ぐに訪れ、修行の門は開かれた。
真っ直ぐに進み、分岐点が訪れた。
真っ直ぐが、正解だが。右手に折れた。
トイレの文字が目に留まり。時間もあったので、先に、用を済ませた。
先に、俺と辺土名弁護士が、トイレから出て。
「先に、部屋を確認してきます」
辺土名弁護士を、先に行かせた。
メイクを直しているのか、靴擦れが酷いのか、気になる所だったが。
「ごめんなさい。新しい靴は、ダメね。高かったのに」
「大丈夫か。もう少し、我慢できそうか。座っているだけで、良いからな。ムリはするなよ」
「心配してくれてありがと。単なる、靴ずれだから。受付で、絆創膏でも貰えたら助かるのに」
「聞いてみようか、絆創膏くらいくれるだろ」
2人で、腕を組みながら、『中華包龍』を目指して、歩き出した。
向こうから、辺土名弁護士が、かけてきた。
「はしゃぐな。目立つぞ」
「ソレどころじゃ無いんですよ。10人くらいが、土下座して待っているんです。逃げてきました」
あぁ、何度かしたし。されもした。
左手の人差し指で眉間を掻き、過去を思い出した。
「ソレよりだ。受付行って、絆創膏を貰ってきてくれ」
土下座されるのは、当然のことなんだが。無駄な事だ。足掻いても遅い。
辺土名弁護士が、絆創膏を手に、帰って来た。
ソレは奇跡のようだった。
ノアの箱舟から飛び立った鳩が、木の枝を持ち帰るシーンのようだった。
頭の良いガラスではない。
俺は、ナンシーをホテルの壁に立たせて、膝を付き、ヒールを脱がして、絆創膏を貼った。
誰も、通らなかったが、体も痛たいし、羞恥を晒された気分だ。
「どうだ。少しは、良くなったか」
「ありがとう」
絆創膏を、貼る間は、ナンシーの左足は、俺の左の膝の上に乗っていたのだから。
だが、負担は、軽くなった。
ナンシーが、歩けるようになり、このボロボロの体を、動かすだけだったが。ナンシーが、手伝ってくれた。
『中華包龍』に、到着して。少し待たされた。
色々と準備があるのだろう。
これも経験済みだ。
「お待たせしました。3名様、ご案内します」
制服のチャイナドレスを着た女性が、案内してくれた。
「もう、鼻の下伸びてるわよ。買ってくれたら、私だって、いつでも着るわよ。朱美のように」
中村の裁判の前に、コッチが断罪されそうだ。
「ありがとう。目線を、上げるように心がけるよ」
「私だけを見てて」
ナンシーのスイッチが、何処で入ったんだよ。おかしくなっているぞ。
案内された先に、1人の男が立っていた。
「お待ちしておりました、東江様、松田様」
男は、個室の戸を2度たたき、戸を開けた。
謝罪をする側だが、頭は下げない。
向こうの弁護士か。ずいぶん若くないか。
有能なのか、超無能か。
「どうもすみませんでした、東江様、松田様」
10人近くが、一斉に頭を下げて許しを求めた。
リハーサルは、辺土名弁護士で済んでいるようだ。弁護士の先生が外で待っていたのは、その為か。
辺土名弁護士は、2回目でも驚いている。
俺は、そのまま奥の席へと向かった。
何も語らず、動揺もしないで。自分で椅子を弾き、ナンシーを先に座らせた。その横に俺が座って、反対側に辺土名弁護士を座らせた。
「おい。お前たちが座らないと、料理も来ないし、話も始まらない。現段階で、謝罪は容認出来ない。3人残して、皆席に着け。さもないと、帰るぞ。動画が、流失してもいいのか」
皆、席にも付かず、頭を下げるばかりだった。
どうやら、無能の弁護士は、まだ居るようだ。
「分かった。降参だ。3つ数えて帰る。金は、諦める。これで良いな」
「ひとーつ」
ざわつき始めた。統率が取れてない。
皆、弁護士の先生の方を見た。
「ふたーつ」
流すように、向こうの弁護士先生に目を向けて。
3つを、数える前に、少し椅子を弾き、音を立てた。
「ズズズ」
年配の方が、立ちあがった。
「席に着くから、マスコミには、黙ってくれ」
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