レンコンと京子
家に帰ると、ナンシーが心配していた。
京子は、まだ帰ってなかったが、金城くんが、動画をダビングしていた。
病院から借りている、松葉杖を玄関に立て掛けて。普通に靴を脱ぎ、左足を僅かに引きずりながら、家に上がった。
病院からは、京子に送ってもらおうと思っていたが、時間帯が合わず。タクシーに乗り、1人で帰ってきた。
「ただいまー」
壁に手を沿わせて、左足を庇った。
俺の顔は、酷いものらしい。
ゼロ距離とはいえ、容赦なく空手家のパンチを、顔面で受けたんだから、仕方ないか。
ぬるくなった、アイシングを取り替えに、キッチンへと向かおうとした。
恒例の天音ちゃんアタックを、左足に受けて。構えてなかったから、少しよろけた。
天音ちゃんは、俺の体を触って。
「パパ、痛いの、痛いの、飛んでいけ〜。痛いの、痛いの、飛んでいけ〜」
おまじないを、唱えてくるた。
小さな子供にも、分かるほど、痛々しかったたのだろう。
顔が、原型をとどめてないからな。俺と、認証してくれただけでも、有り難く思う。
「有り難う。良くなったよ」
俺は、天音ちゃんの頭を撫でて、キッチンへ向かおうとした。
「ちょっと待ってて、アイシングの氷を取り替えてくるから」
「それくらいなら、私がやるから。座っててよ」
ナンシーが、こめかみに当てたアイシングのパックを取り上げて、ソファーの定位置を指した。
成る可く普通に演じているつもりなんだが、凄く痛々しく感じられ。
兆志ですら、前回より酷い顔に、驚いている。
「オジさんの顔に、何かついてるか」
ジロジロ見てくる、兆志に対して聞いてみた。
「オジさんか、どうか。認識できなくて」
右目は、完全にお岩さんだ。視界も厳しい。
「何だよ、スマホと同じかよ。スマホも、俺を認証しないんだよ」
俺は、笑いを取るために、嘘をついた。
ただ、誰も笑ってはくれない。
タイミング良く、金城くんのパソコン画面に、俺の顔に、パンチがヒットするシーンが流れた。
「金城くん、ちょっと待って。今のシーンを、巻き戻せ」
金城くんの行動が気になり、カメラの先に目をやった。そこには、普がいて。
金城くんの、やりたい事が伝わり。振り返った瞬間に、下げていた頭が上がってしまい。お岩さんになってしまった。
「ここだよ。辺土名弁護士では、このシーンは撮れてないよ。流石は金城くん」
俺がパンチを受けた後ろに、普がいた。
自分よりも大きな、お兄さんたちの前に立ち、両手を広げて、守ろうとしている。
俺は、松田学をイメージしてしまった。
幻で、良いイメージしか持たないから。余計に、かなわない。
「普、お前、かっこいいな」
普は、俺の方を振り向いた。
「はい。アイシング」
ナンシーが、キッチンから戻ってきた。
パソコンの画面は止まり、普が両手を広げているシーンが、映し出されている。
「学さんも、こんな人なの」
正義感が強そうで、周りの人たちの前に立ち、コチラから、目を離さない。
ナンシーは、普の後ろに座って、強く抱きしめた。
頭に顔を近づけて、匂いを嗅いでいる。
「私の宝物。私に似たのは、黒い肌だけね」
普は、照れ臭そうに、笑顔だった。
画面は再生されて。いいシーンなのに。
『ナンシー、愛してる』と、パソコンから流れた。
穴があったら入りたい。恥ずかしい。
だが、歩くのも億劫なくら辛い。
そんなタイミングで、京子が帰ってきた。
俺の体を心配して、急いで玄関を上がり。アイシングしている手を退かして、腫れ上がった瞼をのぞき込んだ。
「これは酷いね。お岩さんになっているじゃないの」
俺の頭を振って、反対の腫れた頬も見ている。
「醜男になったね」
「醜男って言うな。せめてブ男にしろ。子供も居るんだぞ」
先に、京子のバッグに手を伸ばして、掴んだ。
「何。何をしてるの」
「何じゃない。お前、病院に何を持ち込んでいるんだ」
「何も、持って行ってないわよ」
「先生から、苦情が出ているのだが」
「何かの、見間違いよ。離してよ、スケベ、変態、醜男」
醜男で、頭にきた。強引にバッグを引っ張って。バッグの中をひっくり返した。
「もう、強引なんだから」
財布や化粧品、手帳に水筒、折りたたみの傘とレンコンが、出て来た。
リボルバーの拳銃か、『ゴン』と床にころがった。
弾丸を入れるシリンダーが、穴の空いているレンコンに、酷似しているから。
隠語として、レンコンと呼ばれている。
京子よりも早く、S&Wを拾った。
安全装置は、働いている。
だが、シリンダーを開けて驚いた。六発全部に実弾で埋まっていた。
手入れをする時に、邪魔になるから、実弾は、全部抜くのだが。
「何で、お前がコレを持っている」
「……」
何も語らない京子。
半分は、カルテの改ざんを、要求するためだろうが。銃口を向けて脅すのは違うと感じた。
『カチャ』
シリンダーを、銃に締まった。
「東江さん、それ本物ですか」
金城くんが、疑いの目を向けた。
「本物だよ。殺傷能力100パーセントだ。試してみるか、体内を焼けた弾丸が、駆け抜ける感覚を」
金城くんは、固唾を呑んだ。
「本物なハズ無いじゃん。モデルガンだよ」
異を唱えたのは、兆志だった。
「えー、迫真の演技だと、思ったんだけどな」
「オジさん、サスペンスドラマの見過ぎだよ」
「刑事ドラマ、好きなんだけどな。モデルガンを、片付けて来るよ」
俺は、拳銃を持ち、大人用のトイレへ向かった。
戻って来ると、京子は宅配用のピザを口に運んでいた。
金城くんは、数本のUSBメモリーをテーブルに置いて。
「ダビング終わりました」
ノートパソコンを閉じて、振り返った。
「金城くんは、明日、暇」
こんな事になって、忙しくなった。
「それは、脅しですか」
銃口をむけたから、付き合い方が慎重になっている。
「いや、こんな体だから、仕事をお願いしようと思って」
歩き回るのが、億劫なだけだった。
「すみません、明日は、予定があるので辞退します」
それなら、別な仕事をお願いしよう。
「照喜名道場に、バイクを取りに向かうんだろ。次いでに、USBメモリーを一つ届けてくれないかな」
明日は、別に向かうところが出来たので、照喜名道場へは、金城くんに任せようと思った。
「それぐらいなら、これから向かいますので、構いませんが。ポストに入れるだけで良いですよね」
「それで構わないよ。申し訳ないね」
金城くんは、ノートパソコンを、リュックサックにしまい。普に手を振り、天音ちゃんの頭を撫でて、迎えに来たタクシーに乗り、照喜名道場へと向かった。
今日は、明日に備えて、早くから眠りについた。
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