ロッキーと紋々
動画を撮った金城くんを、玄関へと逃がして、中村と対峙している。
ダメージを、受ける覚悟で、懐へと入った。
子供たちは、更衣室へと向かい。溢れた男の子たちは、部屋の隅で着替えた。
ニヤけ面で、中村はコチラへと向かってきている。
自分的には、満足の行くパホーマンスが出来だと思っているのだろう。
「如何でしたか、照喜名道場にお子さんを預けたら、強靭な肉体が、約束されますよ」
俺は、金城くんに、下がるように合図を出した。
金城くんの方も、カメラを回しながら、玄関の方へと向かって歩いている。
金城くんとの距離が、十分とれたので。
「普、こんな道場に、二度と通わなくていいぞ。お前は正しい事をした。誇ってもいい。間違ってない、こんなヤツの元で、空手は上手くならない。素人のオレでも分かる。単なる虐待だ、コレは」
中村のニヤけ面が、鬼の形相へと変わって行く。
懐が狭く、子供たちしか相手が居ない、可哀想な奴でもあるが、八つ当たりは辞めてもらいたい。
「騙したな。見学者と言って、俺が気を許している隙に、ビデオを撮ったな。返せ。返せ。違法だぞ。著作権の侵害だ」
中村は、空手の構えをして、初老のオジさんに、攻撃を浴びせてくる。
ガードをしながら、中村の懐に入り。その間に、両手に左右の攻撃が三発入った。
懐に入ってからは、クリンチだ。ひたすら耐えた。ゼロ距離の打撃は、威力が少ない。後は気合だけだった。
「倒れろ。倒れろ。なぜ、倒れない。気持ち悪な、離れて戦え。男だろ。早く倒れろよ」
「俺が、倒れる訳には、行かないんだよ。子供たちが、アレだけ耐えたんだぞ、簡単に倒れたら、示しが付かん。それに、お前は、終わりだ。あのビデオを守ったら、俺の勝ちだ」
金城くんが、玄関から戻ってきた。
「何をしている」
「良く戻ってきた。コイツを沈めたら、次はお前の番だ、覚悟をしておけ」
金城くんのアングルが決まり、そこから動かなくなった。
俺は、金城くんが、カメラを向けた先を見た。
「マジか、強えな、頑張って耐えるぞ。この野郎」
気合を入れ直して、中村の道着を掴み、離さなかった。
だが、俺は武闘派ではない。インテリのヤクザでも無いが。耐えられる限界がある。
何十発の拳や蹴りを耐えただろうか、鍛えている奴の拳は重く、クリンチしてても、体や脳に、ダメージを与える。
限界を感じ、握力が無くなり。背中に回した、左手が、胴着から離れた。
すると、簡単に右手の方も、振り解かれて。中村との距離が出来た。
『東江、ピン〜チ」
立っているのがやっとの体に、ローキックが2本決まり、膝をついた。
もう、手も上がらず、ガードも出来ない。
絶体絶命のピンチに、大人の部の人が、入って来た。
「中村、何をしている。相手を、殺す気か」
数人の大人が、中村を止めた。
「違うんだ。コレは、罠だ。コイツラから、ビデオを取り上げろ。あのカメラを壊せ」
俺は、そのまま横に倒れた。
金城くんが、俺の顔をアップで撮っている。
『エイドリアン、I Love you』が、頭を過った。
ボロボロになり、リング上で、愛を叫ぶロッキー。
「ナンシー、アイラブユー」と、切れた口で叫んだ。上手く呂律が回ってなかった。
大丈夫かと聞かれて、手を挙げて頷いた。
「もう少し頑張れ、救急車を呼んだからな」
騒ぎに気付き、奥の部屋から。お腹の大きな女性と年配の老人が出て来た。
大人の道場生が、老人に頭を下げている。
アレが、道場の師範か。
俺は、あの光景を見たから、頑張れたのかも知れない。勇気を貰った。かなわないと感じた。
騒がしく感じていたら、アイシングが、大量に届いた。
右手で一つ掴み、こめかみを冷やした。
お約束が始まる。
「東江さん。今日は、出張ですか」
「うぁ〜。凄い、痛々しいです。大丈夫ですか」
ナーバスになっているのに、この2人は、全然空気を読まない。
「うるさい、早く担架に乗せろ」
口の中が、切れているのに、喋らされた。
「担架の準備はしてますよ。その前に、傷を見ますね」
限界を迎えていると思っていたのに。救護隊員が、服を脱がそうとして、右手でそれを阻止するように強く握った。
「辞めろ、救急車の中で受けるから」
その後に、金城くんの方を見て。
「スマン、普を家に届けてくれ」
アルファードの鍵を渡した。
「それじゃあ、担架に、乗せますよ」
「オジさん、大丈夫」
普が、大人を掻き分けて、入って来た。
「あぁ、大丈夫だ。今日は、金城くんとお家に帰ってくれ」
涙を見せる、普の頭を撫でて。担架は、浮き上がった。
「は~い。ケガ人が通りますよ。道を開けてください」
子供のお迎えや、大人の部の人たちの、間を割くように、担架は運ばれ。
凄く恥ずかしい体験をしながら、救急車に乗せられた。
色々な憶測が飛び交い、真実は、闇の中へと消える。
子供たちは、一度家へ帰り。大人たちは、会議を開いた。
救急車で運ばれて、いつもの先生と出会う。
前回の懐剣は、カルテの改ざんで、包丁に変わっている。
今日も、酷いですね。服を脱ぎ、全身が青アザだらけで、生きているのが不思議なくらい驚いた。
鏡で、自分の顔を見ると、原型を留めて居ないようにも感じる。
「本日の診断書は、どのように書きますか」
「そのまま、山盛りにして書いてください。慰謝料を請求しますので、宜しくお願いします」
「分かりましたが、コチラからも、お願いをして宜しいですか」
俺は、大変な事を耳にした。
「京子が、先生を脅していたようだ。病院の中に、拳銃を持ち込んで、カルテの改ざんを何度か要求しているらしい。酷い時には、デザートのプリンを要求するために、『銃口を突き付けられた』と、訴えて来た」
「申し訳有りません。以後、こう言う事が、起きないやうに、キツく言いつけますから、黙っててください。お願いします」
口の中が、切れているのに、全身が痛くて、頭を下げるのも、億劫なのに。お世話になっている先生に、謝罪した。
家に戻ると、皆が心配していた。
ナンシーは、特に居ても立ってもいられない、状況だった。
金城くんも、その場にいて、今日の動画をコピーしていた。
天音ちゃんも、俺のことを心配していて、ローキックを食らった、左足に体当たりをしてきた。
ガクって、倒れそうな体を、壁に手を伸ばして、回避できた。
「パパ、痛いの、痛いの、飛んで行け〜。痛いの、痛いの、飛んで行け〜」
満面の笑みをこぼす、天音ちゃんは、心を癒してくれた。
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