普と空手道場
朝の登校中に、普が、おかしなことを言い出した。
道場を、変えたいと言い。理由は、空手が出来ないと言ってきた。
俺たちは、学校へ向かっていた。
俺は、天音ちゃんを抱いて、普は隣を歩いている。
「あのね、東江のオジさん。僕、空手道場を変えても良いかな」
それは、突然始まった。前触れなんて…。あったのかも知れない。見て見ぬふりを、お互いに、していたのかも知れない。
「どうして、不満があるのか」
コレは、序曲だった。不幸の始まり。ロミオとジュリエットのような、バットエンドの始まり。
「うん。前の先生が良いんだ」
俺は、普の話を真剣に聞いた。相談されて嬉しかったが、正解だ。
「今の先生は、ダメなのかい」
同時に、疑問符も生まれた。
「うん。空手を教えてくれないんだよ」
余計に、疑問符が増えた。
「空手って、組手とか、型とか教えているんかじゃないの」
異父として、普の事を知りたかった。
「そうだけど、前の先生と全然違うんだ」
そんなに、小学生で違うものなのか。小学生が師範を選べるのか。
「だけど、オジさんに意見を求めても。お母さんに聞いて見ないと、簡単には返事できない。ごめんな」
普は、首を振った。
「お母さんが、『オジさんに聞きなさい』って。送り迎えをしているのは、オジさんだから」
最近は、スナックのバイトに出ているので、送迎は俺がしている。
普の方が、しっかりとしているようだ。先にナンシーに許可を取っていた。
「だけど、簡単には、返事は出来ない。お母さんと話して、移る方向で話してみるよ」
やはり、ナンシーと話す必要が有りそうだ。子供について親が話す。家族していると感じた。浮かれたオジさんだ。
「有り難う、オジさん」
そう言って、集団登校の輪の中に入って行った。
俺は、天音ちゃんを保育園へと送り届けて、夕飯の献立を考えた。
帰りにスーパーへより、少しの買い物で済ませて。片手にアイスを持ち、食べながら帰った。
最近、食材を買いすぎたので、減らす為に鍋に決めた。
家に着くと、待っていたかのように、ナンシーがいる。
普から、連絡が来たと話して。2人で家族会議をした。
そして、迎えた火曜日の空手の日に、普をいつもの道場へと送り届けた。
表立って、行動はしたこと無い。空手道場も、送迎だけで、道場へ上がった事さえ無い。
今の俺は、控えめに行きている。
遅れて、バイクで金城くんが登場した。
「こんな馬鹿げた事を、本当にやるのですか」
「いいじゃないか。授受参観なんて、したこと無いし。これから、家庭を持ったらやるんだから、予行演習だと思え」
話は、事前に伝えてある。
照屋道場へ息子を通わせたい、父親の役だ。
アシスタントのカメラマンに、金城くんがなってくれた。
辺土名弁護士に、お願いしたら。「離婚調停の弁護が有り忙しい」と言って、逃げられた。
俺と金城くんは、首から『見学者』のプラカードをかけて、静かに道場へと入った。
俺と金城くんは、床に正座して座り。金城くんは、さっそく録画を開始していた。
皆が、道着姿で違う色の帯をしている。子供たちだけだが、正座をしながら、中村師範代が来るのを待っていだ。
奥の扉が開き、中村師範代が、道場へ入って来た。
俺より、身長が高く、鍛えている感が半端ない。
道着姿も、様になっていて。有段者の雰囲気を感じた。
「中村師範代に、礼」
「「「「宜しく、お願いします」」」」
皆が頭を下げて、挨拶をした。
「はい、宜しく」
次に、向きを神棚に向けて。
「「「「宜しく、お願いします」」」」
中村も、神棚に頭を下げていた。
「本日は、見学者の方も、お見えになってますので、気合い入れて頑張って下さい」
中村師範代が、俺たちを紹介した。
この時に、皆が俺たちの事を認識して、ざわついた。
普も、その中の一人だろう。
「それでは、いつものように、防具を付けて下さい。遊び半分でヤッていると、本当に、ケガをしますよ」
子供たちは、子供用のプロテクターを付けて、自分よりも大きな、サンドバッグを支えた。
「気合い入れて、支えろよ」
子供たちは、サンドバッグを支えるだけでイッパイイッパイなのに。
中村師範代は、サンドバッグを蹴った。
サンドバッグを、支えていた子供たちは、数メートル後ろに飛ばされて、受け身を取っている。
サンドバッグが、横に倒れて。
「はい、次」
準備していた子供たちが、サンドバッグに駆け寄り、サンドバッグを起こして。また、別の子供たちが、支えた。
俺は、何の悪夢を見ているのか、目の前で繰り広げられる、地獄に声も出ない。
横の金城くんは、カメラを持ったまま、微動だにしない。
「はい、次」
メンバーの中に、普がいた。
身長も低く、細い手足。だが、1人で支えている。
なぜだ。何が始まる。妙な胸騒ぎが起こり、立ち上がっている。
「普、ナンシーさんに、店を開けろって、お願いしろって、いつも言っているよな」
プロテクターをしている。しているからなんだ。まだ子供だぞ。サンドバッグが、少し浮き上がり、普が後方へ飛んだ。
数メートル後ろの友達に当たり。受け止めてもらっていたが。
「ありがとう」と言って、感謝をしている。
全てが間違っているだろう。
俺の体は、歩みを進めて。コケた。
違う。金城くんが、ズボンの裾を引っ張って、引っかけたのだった。
振り向くと、金城くんが、首を振っている。カメラは、子供たちを撮り続けていた。
「ごめんなさい。正座のしすぎで、痺れたようです」
久しぶりに、顔から行ったので、めちゃめちゃ痛かったが、子供たちの比ではないから耐えた。
「アハハハハ。別に、あぐらをかいても、宜しいですよ」
子供たちにも、少しの笑顔が戻った。
「今は、型よりも、体を鍛えろ。強靭な体を持て」
「はい、次」
始まったばかりだったが。終わりまで、耐えられる自信がない。
「東江さん、声が漏れてますよ」
俺は、金城くんの横で、ブツブツ言っている。
時計が止まっているかのように、久しぶりに感じた。
苛立ち、拳を握り。自分の太ももに、難度も振り下ろした。
『トン』
「すみません、足が痺れてます」
サンドバッグが、1時間半も続いた。
俺の悪夢も終わりを告げようとしていた。
隣りに居る、金城くんの神経を疑った。
この光景を、普通に録画できる神経は、凄いと感じた。
時間になり、子供たちが、最初の位置に戻り。
「中村師範代に、礼」
「「「「ありがとうございました」」」」
「はい、また、金曜日に鍛えていきます。解散」
子供たちは、蜘蛛の子のように散り。更衣室へと向かった。
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