京子とナンシー
大きな風呂敷の中身は、現金だった。
すみれ姐さんは、6Kgの現金を抱きかかえていた。
目の前には、すみれ姐さんが立っている
すみれ姐さんの話では、前田は死に。志乃姐さんも、菊乃も、亡くなっていた。
「報復なら、俺にして下さい。ナンシーさんは、関係ない」
「色々と言いたい事は、お互いにあると思うが。今日は違う。新築祝いと、スナックナンシーの迷惑料を、届けに来ただけだ。嘘じゃない」
重たそうな風呂敷を、俺の足元に投げてよこした。
最初に目にしたのは、相撲取りが手にしてそうなくらいの、分厚い祝儀袋だ。
風呂敷を、拾い上げようとしたら、結構な重さを感じて。風呂敷のすき間から中を覗いた。
現金だった。かなりの重さだ。
「最初は、相良の馬鹿が迷惑かけて済まないと思い、スナックナンシーに手を貸した。純粋な気持ちだった」
すみれ姐さんは、よっぽど重たかったのか、両手をブラブラさせて、肩を回し。顔だけは、真剣だった。
「途中までは、ナンシーさんとも、上手く行っていたと思っている。前田が関わるようになり、松田悟が出てきて、流れが変わったのさ。完全に、ナンシーさんを、沈めるつもりだった様だよ」
「やっぱり、松田悟と前田の兄さんは、繋がっていたんですね」
「何を、眠たいこと言っている。松田が、主犯だよ。兄を殺し、退職金と生命保険で、億を超えるお金を掴み。味を占めたのさ。次に、ナンシーさんと所帯を持ち、保険金をかける。その次は、息子だ。コレが、松田悟の描いた絵だ」
「相良は、前田に弄ばれていたのか」
「相良の事を、お前が言うんじゃないよ。アイツは、アイツなりに、前田を立てようと必死だったんだよ。昔のアイツは、侠気があったんだよ。鉢嶺の娘を嫁に貰って、プレッシャーに耐えられなくなったのか原因だよ」
「それは違うよ。アイツは、根っからのクズです。何度も、相良に尻を拭かせて、指が何本も飛んだんです。自分は、指も失わずに、お勤めにも出ない。下の者は、金と薬で従わせた。クズです」
「私は、クズに惚れたのかい。鉢嶺の組長は、クズに娘を預けたのかい。あ゙〜言ってみろ」
すみれ姐さんは、着物の懐から、鞘に収められた、懐剣を取り出した。
綺麗にすみれの絵が施されて、漆も使われている。
「すみれ姐さん、そんな物騒な物はしまって下さい。お願いです」
「今日は、穏便に済まそうと思ったけど、我慢できなくたってしまったのよ。アンタの性だよ」
すみれ姐さんは、鞘を捨てて。右手で持ち、刃を下に向けて握った。
「危険ですから。鍔も無いし、すみれ姐さんは、軽すぎます。ケガしますよ」
「うるさい。お前が、前田を追い込んだせいで、息子の勝昌が、鉢嶺の五代目に決まったんだよ。親の気持ちが分かるか、お前に。種無しが、分かるわけないか」
「それは、極道に生まれた性です。逃げられません」
「ほざけ、種無しが」
すみれ姐の攻撃を、何度か避けていると。
「すみれさん、どうして」
玄関に出てきたナンシーが声をかけた。
「前田の仇」
すみれ姐さんは、振り回さずに、突いてきた。
俺は、逃げずに受けた。
すみれ姐さんの手から、大量の血が滴り落ちている。
大の男が握っても、鍔が無いから、滑って自分の手を切ったのだろう。
右手を、柄から離して。手が下がっている。
淡く白い着物の袖が、赤く染まっていく。
「どうしてこんな事をするのですか」
俺は、懐剣が落ちないように握り、鞘を拾った。
「アンタには関係ない。コレからは、鉢嶺組の娘として、対峙させていただく」
「待ってください」
俺は、懐剣を左手で支えながら、右手で風呂敷を持ち上げて、中の札束を玄関でばら撒いた。
「ナンシーさんごめんなさい、綺麗なタオルを、取ってきてもらえますか」
適当に、右手と歯で、結び目を解き。すみれ姐に返した。
止血した方が、良いですよ。
ナンシーが、引越し祝いの真新しいタオルを手に、帰って来た。
すみれ姐さんは、風呂敷を手で握ると左手でぐるぐる巻きにした。
「コレも、どうぞ」
新しいタオルも渡した。
「答えを聞いてません。どうして私にかかわるのですか」
「もう、ナンシーさんには、関係ないよ。スナックナンシーの金も返したし。鉢嶺組のメンツが、掛かっているんでね」
「それていいです、けど。今日の所は、お引き取り下さい。面倒ですし。風呂敷の祝儀袋とスナックナンシーのお金は、確かに受け取りました。お大事にしてくださいね」
「コレだけは、言っておくぞ。ウチの子。勝昌は、前田の良い所しか見ていない。理想の父親だったんだ。あんたが、前田を追い込んだから、死んでしまった。仇になったんだよ。いいね」
「もう、こんな事は、辞めて下さい。お金なら、差し上げますから、昴さんを、私から取り上げないで下さい」
「そうだね。前田は、クズだったかもね。けど、惚れた男を立てるのも、女の役目なんだよ」
すみれ姐さんの捨て台詞は、悲しくあった。
真新しタオルを、赤く染めながら、帰って行った。
俺は、ゆっくりで縁側へ向かい、腰を下ろした。
支えていたのに、腰を下ろして、傷口が少し開いた。
コレを、どうするか迷っていると。
「横井さん。昴さんが、刺された。どうすればいいですか」
京子は、ベランダから、海を見下ろし。
状況を確認して、駆け下りてきた。
「どうしたの、大丈夫なの」
「丁度、良かった。どうしようか迷っていたんだよ」
「そうね、出血は少なそうだけど。抜いても、大丈夫そうだと思う。やっぱり待って、3針か4針縫う事になったら、抜かない方が良いのかな」
『ピーポーピーポーピーポー』
救急車の音が、近付いてくる。
「アナタ、私も呼んで、救急車も読んだの」
「何で、ダメなの」
「まぁ、一刻を争っていたらそうなるかな。ごめん、わたしが、間違ってたわ」
「何よ。このお金は」
「それは、いつものお金と違うぞ。スナックナンシーの賠償金だ。手を付けるなよ」
いつもの、緊張感のない、救急隊員が現れた。
「どうも、東江さん毎度お世話様です」
「ご無沙汰してました。生きていたんですね。また、保険金詐欺ですか。懲りないですね」
「今日は、恋愛のモツレですね。普通は、もっと下の下腹部を狙いませんか」
俺は、懐の懐剣を支えながら、ストレッチャーに乗せられて、野次馬の中を通った。
朱美も外に出てきて、何事かと見ていた。
天音ちゃんは、ストレッチャーに乗る俺を見て。手を振りながら、「パパ、バイバイ」と言った。
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