相良と小指
東江は、救急車を呼び、ガリガリの加奈を抱きしめたまま、マンションのリビングにいた。
菊乃をマンションから、追い出す為に、ドアノブの交換を行って。現れたら、不審者扱いをした。
俺は、深い悲しみの底にいた。
過剰な程の涙を流し、菊乃に銃口を突きつけて、近くに寄せ付けなかった。
「逃げたら、殺すぞ」
完全に、菊乃と立場が逆転していた。
婿養子では無く、托卵の被害者だった。
「あの〜。救急を呼ばれたのは、この家で間違いないですか」
玄関は、開けっ放しにしていた。
監禁罪やら、傷害罪、脅迫罪、色々と疑われたく無いからだ。
「はい。散らかっているので、靴のままお上がり下さい」
俺は、銃を懐にしまい。加奈を抱きしめたまま、立ち上がった。
だが、ストレッチャーの準備がされて無く、怒鳴ろうとしたが。加奈の顔を見て、睨むだけにした。
「もうしばらくお待ち下さい。今準備をしてますので」
「おい、出て来い。下に向かうぞ」
化粧もせず、ボロボロの服を着た、菊乃を外に連れ出した。
もう一つ百万の札束を見せたら、ホイホイ付いて来た。
履物も履かず、髪の毛もボサボサで、体臭も酷かった。
ストレッチャーの準備を終えた救急隊員と、一階のエレベーターホールで鉢合わせた。
ストレッチャーに加奈を乗せて、四人で救急車に向かい。
「加奈と一緒に、救急車へ乗り込んだら、もう百万やるぞ」
菊乃は、素直に救急車へ乗り込み。加奈のストレッチャーは、ゆっくりと運ばれて、定位置に固定された。救急隊員が救急車へ乗り込み。
ハッチを閉める前に、菊乃に百万を、ポンと投げて渡した。
「悪い。忙しいから、母親に聞いてくれ」
そう、救急隊員に告げて。スマホを取り出した。
「急ぎで、ドアノブを交換して欲しい。大至急だ」
俺は、マンションのドアを、開け放しで出て来た。
コッチは、急がなくても良かったのだが。
セルシオに告げて乗り込み、役所へと向かった。
マンションへ向かう途中で、役所へより。緑の紙を数枚もらった。
俺のズボンに手をかけた時に、銃口を菊乃に向けて脅した。
「コレにサインしろ。提出は俺がやる。記入して合格が貰えたら、百万円をやろう。薬でも、男でも、何でも買えるぞ」
銃口を向けられたからか。百万が欲しかったのか。以前の菊乃なら、百万で心は動かなかったが。今では、十万でも動きそうだ。
緑の紙に、名前を書き。合格点を上げた。
百万の札束を渡すと、マンションから飛び出しそうだったので、銃口を向けて。
「大人しくしてろよ。死にたくないだろ」
菊乃は、百万円を持ち、奥の部屋へ消えた。
呆気なかった。
夫婦生活の終わりって、ある人は大変だと言うが。
俺たちの結婚生活の終わりは、調停もなく、裁判もない、子供の親権などは、論外に等しかった。
菊乃は、4日後に戻って来た。
マンションの入り口で暴れて、警察を呼ばれた。
言動がおかしく、衣服もボロボロで、直ぐに拘留された。
加奈は、児童施設に送られた。
一番良かったのかも知れない。
あんな母親の元で暮らすより、マシに育つはずだ。
事務所に戻り、何処からも苦情の電話は鳴らなかったと、組員一同が、ホッとしていた。
売上が無く。黒井組の懐は火の車だった。
原因は、志乃姐さんが家を出た事だった。
スナックの4軒を、丸々持ち出した。
行き先は、前田の元だった。
前田は、菊乃だけでなく、母親の志乃にも手を出していた。
菊乃と志乃は、親子であり、恋敵だった。
黒井組は、前田の性で引っ掻き回された。
このままでは、黒井組の存続が怪しく。また、危ない事に手を染めて。
黒井組は、龍紋會で幅を広げつつあった。
36で、出所して、離婚をへて。イカれた。
菊乃は、ヤクザの娘だったが。
体から薬物反応があっただけで、所持もして無く、面会も誰も来なかった事で、情状酌量の余地があるとして、半年後に出て来た。
向かった先は、黒井組で無く、鉢嶺組の前田の元だった。
加奈の元にも向かわず、横浜のソープに沈められた。
そして、菊乃が死んだと、噂が流れて。
確認させている最中に、オヤジが動いた。
ドス一本を持ち、志乃のスナックへ行き。菊乃の事を聞こうとしたらしい。
「オヤジ、無事ですか」
無事では無かった。
六十過ぎのオヤジを、数人でボコボコにしていた。
オヤジは、武闘派として名を馳せたが、何十年前の話で。
今は、老いてもいるし、体を悪くして、現役でも無い。
無様な姿を晒したが、男を見せた。
「来るのが遅えよ。もっと早く来いよ」
志乃の姿は無く、相良が店を見ていた。
鉢嶺の兵隊が、5人ほどいて。
病弱の老人をいじめた後だった。
「オヤジ、帰りますよ」
「ちょっと待て。ボディーチェックをしろ」
スナックの全てを、相良が仕切っていた。
カチコミしてきたからとは言え、黒井組の組長だ。
格下の相良が、どうこう出来るレベルでは無く。ましてや、菊乃が死んでいたら、鉢嶺組はぐらつくレベルだった。
だが、相良は、オヤジに恨みを持っていた。
最初の小指詰めは、親父の命令だったからだ。
前田の尻を拭く為に、小指を落とされたのだが。完全な逆恨みだ。
その後は、お務めを拒み。お金も払えず、指を落とし続けて、左手の指は2本しか残っていない。
「オヤジに、こんな事をして、只で済むと思っているのか。また、指を落とすぞ」
「相良さん、コイツ金しか待ってません」
テーブルの上に、三百万が無造作に置かれた。
「金はやる。今、オヤジを返したら、不問にするから。問題無いだろ」
俺の言葉が、相良のブライドを傷付けた。
「おい、何で下っ端だったお前に、指し図されないといけない。指がそろっているのが許せん、小指を置いてけ」
「そんな事したら、鉢嶺組の前田も、只では済まないぞ」
「うるせぇ、四の五の言わずに、この老いぼれを助けたかったら、小指を差し出せ」
「後悔するぞ。良いんだな」
「あぁ、問題無いだろ」
「おい、東江がエンコ詰めるぞ。動画を撮っとけ」
「はい」
兵隊も、薬で使われていて。まともな判断が、できてなかった。
俺は、イヤホンをして緊張感の無いヤツから。イヤホンを取り上げて、小指がドキドキと脈を打つのが分かるほど、キツく縛った。
次に、スナックのガラスケースの棚から、一番高い、24年物のロマネ・コンティを取り出した。
最後に、オヤジを立たせて。ドスを、支えてもらった。
「オヤジ、お願いします。一発で行きたいので、しばらく付き合って下さい」
「済まない」
「俺の箔が付くだけです。問題ありません」
オヤジは、ボコボコの体に、力を込めた。
俺は、ドスの下に左手の小指を入れて、振り上げた右手に握られていたのは、ロマネ・コンティだった。
『ガシャーン』
小指から、全身に激痛が走ったが。
最初に確認したのは、左手の小指だった。
小指は、俺の体から離れて、ガラス片と共に、散らばった。
周りは、ロマネ・コンティの香りで、アルコールの匂いで充満した。
「指は、落としたぞ。これで、異論は無いな」
相良を睨みつけた。
『ドサ』
力を入れ過ぎた、オヤジが倒れた。
「オヤジ、大丈夫ですか」
「あぁ、問題ない。お前は、大丈夫か」
「オヤジ、程ではないですよ。帰りましょうか」
俺は、気丈に振る舞い。オヤジに右手を出して、起こした後は、背中に担いで。
志乃のスナックを出た。
セルシオの後部座席にオヤジを寝かせて、運転席のドアに手をかけると、黒井の組員が現れた。
「遅えよ。終わった、終わった。解散しろ、解散だ。誰も、鉢嶺組に、弓引くなよ」
組員にそう言い聞かせて、オヤジと共に病院へと向かった。
読んでいただき、有り難うございます。
高評価、星とブックマークを、宜しくお願いします。