加奈と東江
生まれて来たのは、桃彦では無く。女の子で、加奈と命名された。
婿養子で、サラリーマンみたいな俺は、加奈の世話を、一生懸命にした。
俺は、菊乃を妊娠させて、若頭補佐に格上げされた。
桃彦が生まれたら、若頭になる予定だ。
前田は、横浜の鉢嶺組へ行き。
大きな組の、若頭補佐のポストが決まっていた。
鉢嶺組は、すみれ姉さんの実家だ。
鉢嶺組は、龍紋會の直系の組で。
黒井組にとっては、寄り親的な所だ。
間違っても、弓を引いてはならない組だった。
だが、産まれて来たのは、女の子で。
その子は、加奈と名付けされた。
産まれてきたのが、女の子だったからか。オヤジの嫁にあたる、志乃さんには、嫌われていた。
俺は、若頭補佐でいるつもりだったが。
「俺も、いずれは鉢嶺組へ移らないとならない。それなら、早い方が良いし。男の子が出来てからじゃ。お互い、気まずくなるだろ」
「そうですか」
前田は、組員を半分持って行き。鉢嶺組へ移った。
組員たちも、直系の組員になれると知り、前田の下に付いた。
別に、敵対する組では無く。孫会社から、子会社へ移るぐらいにしか、思ってなかった。
この頃は、まだ、黒井組の自社ビルがあり、バブルが弾けても、少しの利益はあった。
下火になり始めたのは、暴対法が年々キツくなったからだ。
みかじめ料が、入りづらくなり。
倒産する店も増えた。資金繰りが怪しくなり。
ヤバい仕事にも、何度か手を染めた。
税金対策をして、綺麗に納めていたつもりだったが。
志乃さんスナックで、1500万の所得隠しが見つかった。
志乃さんが経営する4軒のスナックも、黒井組のフロント企業なので。
代表者が、お務めに行かないとならなかった。
黒井組長が、適任だが。
オヤジから、加奈を取り上げる事が出来ずに。俺が、出頭する事となった。
婿養子のサラリーマンヤクザみたいな俺は、こんな時に役に立つ。4年のお務めになった。
週に1回の面接で、弁護士と会計士と会い。
組の方針を話した。
主に、税金の対策と上納金だ。
前田さんが抜けて、組員も半減した。
口減らしが出来て。今いる組員たちには、頑張って働いてもらった。
そんな時に、加奈が熱を出した。
菊乃は、海外へと旅行中で、本家で面倒を見ている。
オヤジは、加奈を連れて救急の外来へ。
「お孫さんに、アレルギーとかは、ありませんか」
看護師の何気ない言葉が、引き金を引いた。
「分かりませんので、検査をお願いします」
加奈は、座薬を入れて貰い。熱が下がると、モリモリと食事をして。不安は、吹き飛んだが。
後日検査が待っていた。
血液を採取されて、大泣きして。おやじを困らせては、大きなプレゼントを貰っていた。
検査結果も、異常はなく。いたって普通の子どもだった。
菊乃も、海外から帰り。普通の日常へと戻りつつある。
問題は、まだ小さかった。誰にも見つかってない。
オヤジが、加奈にプレゼントするものが、段々と跳ね上がり。
旦那を務所に行かして、後ろめたかったから。
友達と、国内旅行を勧めた。
月1回の、国内旅行が。日にちが延びて。海外にも行くようになった。
まだ、黒井組の範疇だったのだが。
志乃さんが、爆弾を落として、黒井組を出た。
「どうして、男共ってこんなにもアホばっかりで居るのかね」
この日の志乃姐さんは、酔っていて。
オヤジに、記入された離婚届を出して、離婚を迫っていた。
「何処を、どう見てもおかしいだろ。血液型だよ。あの子は、B型なの」
志乃は、アレルギーの診断書を指して。
「どう転んでも、東江の子供じゃないんだよ。バカ共が、十中八九、前田の子供なんだよ」
オヤジは、ショックを受けて、寝たきりとなった。
入退院を繰り返して、どんどん痩せて行き。
俺が、出所する頃には、ガリガリで入院していた。
俺は、出所の報告をしに、病院へと向かった。
そこで、本当の事を知らされた。
「申し訳ない。お前を、当て馬みたいに扱った」
ベッドの上で、謝罪するオヤジに、とんでもない過去を知らされた。
「菊乃は、昔、前田と不倫をしていた。両者を引き離して、出所してきたお前を、菊乃にあてがえた。上手く収まって、ホッとしたっていうのが本心だった」
半分が、頭の中に入って来ない。
理解に苦しみ、飲み込めずにいる。
「加奈が、熱を出した時も。前田とタイへ行き。シャブを打っていたらしい。親の前で、スカートを捲り。太ももの注射痕を、堂々と見せて。加奈は、前田の子だと言いはった。本当に申し訳ない、許してくれ」
怒りを、表に出していいのか。
呆れて、虚しさを表現していいのかさえ、分からない。
ただただ、病室から出たかった。
『ゴホゴホ』
オヤジが咳をして、側にいた組員が、オヤジの背中を擦った。
「今日の所は、この辺で」
俺は、病室から出て、迎えに来た車に乗り込んだ。
事務所の前で止まり、車は車庫へと向かい。
俺は、事務所の中へと入った。
「「「「パン」」」」
何も考えてなかった。何も、考えられなかった。
そこへ、クラッカーが鳴り響き。
俺は、咄嗟に床に伏せた。
「「「「出所、お疲れ様でした」」」」
電気が付き、俺の姿は無かった。
「ははははは、そうだよな。出所してたんだよ。忘れてた。ごめんごめん」
乾いた笑い声に、フレンドリーな会話。お務めが長かったせいか。家庭の事情か。後者だと思うが。
組員たちは、平常を心がけた。
俺は違っていた。
金庫から300万もの大金を持ち出して、流し台の隠し扉から、38口径のレンコンを持ち出して、懐に入れた。
「悪りぃ。野暮用で出てくる」
組員に、そう言い残して。後部座席に座っていた、セルシオの鍵を手にして。自ら運転して出かけた。
組員たちは、俺の気が狂って、カチコミ掛けたと思い込んで。方々に、電話をかけた。
一番初めにかけたのは、鉢嶺組だった。
俺は、家に向かっただけだった。
三人で暮らしていたマンションへ、車を走らせていた。
組員が、時々、食事を運んでいるとは、オヤジは言っていたが。
案の定、2人ともガリガリだった。
加奈は、生きてるのが怪しいくらい、ガリガリで軽すぎた。
「ねぇ、薬をちょうだい。何でもするから」
俺のズボンに手をかけて、ベルトを外そうとしている。
新婚時代でもそんな事は無かった。
スマホを取り出して、救急に連絡を入れた。
「加奈、今、救急車を呼んだからな」
幼い頃の面影も無く、ガリガリに痩せた子供を抱き上げて、幼い頃の思い出に浸っていた。
オフロに入ったり、公園で遊んだり、ビデオを見たり、絵本を読んだり、ミルクや離乳食も作った。
全てが懐かしい思い出で、この子には、罪は無い。
そう自分に言い聞かせて、救急隊員が来るのを待った。
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