屈辱と買い物デート
会釈したり、挨拶する程度だった、横井京子に、がっつり裸を見られる。
初めて会話を交わして、数時間後に脱がされていた。
俺の怪我は、大した事なかった。
折れているのは、右手だけで。あとは、打撲と擦り傷だけだった。
石膏を、新しく張り替えて、傷口を処置してもらい。松葉杖は断った。
若干、右足を引きずり。ゆっくりと病院の外へ出た。
スマホを失い。暇な弁護士も、お金で動いてくれる何でも屋も、呼ぶ事が出来ずにいた。
仕方がないので、タクシー乗り場へ向かい。着払いの交渉を試みようとしたが。
右の脇腹に人影が入って来た。
腰に手を回し、俺の体重を支えてくれる。
「ソッチじゃないでしょ。コッチよ、ヤクザの大家さん」
俺の事を、睨め付けながら、見上げる京子がいた。
「たき……。横井さんですよね。ご病気ですか」
「なんで、そうなるのよ。職場よ、ナースなの私は」
「そうですか。お疲れ様です」
俺は、京子の肩から手を離して、タクシー乗り場へ向かおうとした。
「何かと物入りでしょ。そんな体じゃ、買い物も出来ないし。タクシー代も、バカにならないでしょ」
「大丈夫ですよ。家に帰れば、何とかなりますから。知り合いに、買い物を頼みますし」
「駄目よ。ここで、大家さんを見捨てたって、近所で言われたくないもの。買い物に行くわよ」
半ば強引に、俺を駐車場へと連れて行く。
京子の肩を借りて、歩き方は少しぎこちないが。歩くペースは上がった気がする。
京子の軽自動車の助手席に座らされて。
「いい、ドア閉めるよ。指を挟まないでね」
『バン』
屈辱的な音がした。
何も出来ない幼少の頃に、大人しく椅子に座り、母親がドアを閉める音だ。
この年になり、体が不自由になって、味わう屈辱。
数十年後は、この屈辱が無くなるほど、他人に迷惑をかけて生きていくのか。
頭が、ボケてくれると、考えないで済むのか。
京子が、運転席に乗り込み、第一声が心に刺さった。
「少し前に、ボヤ騒ぎを起こして、近所に迷惑をかけて。昨晩は、子供たちと派手にお祭りですか。お盛んですね」
「恐縮です」
「おかげで、コッチは寝不足ですよ。お肌の曲がり角なのに、どうしてくれるのよ。寝不足よ寝不足」
「申し訳ありません」
両方とも不可抗力なのに、俺が攻められた。
日が大分傾き、日差しが和らいだ。
ガキの頃と違う風景に戸惑いながら、近所の大型スーパーへ入った。
買い物カートに体重を乗せて、京子の後を追いかける。
「ねぇ、アレルギーとか、嫌いな食べ物とかある」
「アレルギーは、無い。納豆が無理だ」
「美味しいのに。京子さんのスペシャルカレーの美味しさが、半減したじゃない」
「待て。料理も作る気なのか」
「カレーを、大量に作ったら。温めるだけで、美味しいカレーが、毎日食べられるのよ。光栄に思いなさい。それに、スプーンだから、大丈夫でしょ」
「いいよ、インスタントで。レトルトとか、カップ麺とかで、当分は」
俺は、カートの向きを変えて、インスタントコーナーへ入った。
そこでも、5袋タイプの袋麺や缶詰を、次々とカートに詰めていき。
その中に、2種類の市販のルーをカートに入れた。
京子さんのスペシャルカレーは、市販のルーを使うのか。
いや、まだだ。香辛料やハーブを足すかもしれない。
「お会計は、18.672円になります」
京子は、財布からカードを取り出して、支払いを済ませた。
「お家で、支払います」
「当然でしょ。2割増で頂くから」
呆れるほど、ガメつい女だと分かった。
カートで、車まで運び。助手席に座らされて、一人で待機をしていた。
結局、香辛料も買わずに、野菜多めのカレーになる予定だ。
だが、買い物デートが、こんなにも、楽しいとは思わなかった。
(菊乃とは、こんなデートはなかった。想像すら出来ない)
過去の思い出にふけていると。
運転席の扉が開き、驚いてしまった。
「何、驚いているのよ」
「何でも無い」
買い物デートが楽しかったなんて、口から出せない。
「別に、私は良いわよ。一等地のペントハウスじゃないけど静かな住宅街で、アパートと庭付きの家を持っている人。手放すには、少し惜しいかな」
「何いってんだよ。沖縄に帰ってきて、一ヶ月そこらで、ボヤ騒ぎに暴走族との揉め事。年頃の子を持つ親としては、逆に遠ざけるだろ」
「普通は、そうなんだけど。『ビビビビ』って来たのよ」
「お前は、昭和のアイドルか。ソレは、アラートだよ。危険を教えているの」
俺は、自分をさげすみ。真琴を、遠ざけようとした。
家に到着すると、京子は我が物顔でアパートの駐車場を抜けて、家の門前まで軽自動車を入れた。
俺を、助手席に放置して。後ろのハッチを開けて、古びたリュックの中身をすべて取り出して。ハッチを閉めた。
空になったリュックを手に、助手席の扉を開け。俺を外に出して、リュックを担がせる。
「何、何」
「私は、か弱いのよ。当然でしょ」
飲料に、お米と油。ボンボンと、重たい荷物をリュックの中に詰めて行く。
「俺の体を、労ろうとか無いのか。本当に、看護しか」
「こう見えても、ベテランの看護師よ。だけど、今日は、誰かさんの性で寝不足なの。力が入らないのよ。お肌の曲がり角なのに、辛いは」
高校生と中学生の子持ちが、お肌の曲がり角。何回目のお肌の曲がり角だ。
確かに、若く見えなくもないが。ソープランドの面接で何人も見てきたが、免許証を提示されないと、メイクで誤魔化されてしまう。
「か弱いのよ。私は」
京子と手には、カップ麺とトイレットペーパーが、両手を塞いていた。
家の門を潜り、庭の門を抜けて、久しぶりの我が家は、湿気に満ち満ちている。
俺は、リュックを下に卸して。京子は、残りの荷物と、軽自動車を片付けに向かった。
俺は、ゆっくりと家中を歩き回り、窓を開けて空気を入れ替えた。
京子は、勝手にキッチンへと入り、荷物を冷蔵庫へ閉まっている。
そして、急に京子に襲われた。
空になった、大きめのビニール袋を手にして。俺に近付き、鼻をジャージに近づけ。
「やっぱり、犯人はお前か」
上着のジャージのジッパーを下げて、上着を脱がそうとした。
それを、俺が拒むと。ズボンの紐を緩めて、降ろそうとした。
「辞めろ。何をしている」
「軽自動車の中が臭いのよ。磯の香りで充満しているの」
京子も、俺に近付き過ぎていて、鼻が慣れていたようだ。
俺は、抵抗したが。京子の一言で、服を脱ぎ。裸を晒した。
「ギプスを濡らさなければ、お風呂に入れるわよ」
俺は、体臭を嗅ぎ、がっつり磯の香りがした。
漁網に包まれていたから、仕方がない。
俺は、素直に京子の提案を飲んだ。
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