学と悟
松田ナンシーの過去と、学と悟の話。
東江との意外な繋がり。
嫌な予感ほど、良く当たる。
朱美の事件が解決して、ノンビリする暇も無く。事件が、向こうからやって来た。
まだ、夏休みも開けぬ8月の終わりに。スーツを着た男が、ナンシーの部屋を訪れている。
午前中だが、普の姿は見えず。ナンシーは、玄関の戸を大きく開き、グレーのスーツの男と話している。
喧嘩をしているようでは無く。時折、笑顔すら見える。
その一方で、家へ上げる理由でも無く。ドアノブから手を離さずに、身構えているようにも見えなくもない。
高性能のカメラは、マイクが付いていて。
「ナンシーさん、前回の返事を聞きに来たのだが」
「何度も、お断りをしています。私には、まだ、早すぎます」
「普君の為にも、父親が必要だと思うのだが」
「それは、分かっていますが。それと、これは違う話だと思っていますし。私の事は、諦めて下さい。悟さんには、良い人が見つかりますから」
「そうじゃないんだ。義姉さん」
「取り敢えず、今日の所はお帰り下さい。普も、やがて帰ってきますから」
ナンシーは、強引に扉を閉めて。鍵までかけた。
『ガチャン』
大きく鍵がかかる音に。悟は、怒りを覚えた。
俺が、見ているのが分かるかのように、カメラを睨み。ネクタイを少し緩めた。
夏場に、スーツとか。沖縄では珍しく。
かりゆしウェアが支流なのだが。律儀なヤクザなのか。
上着を脱がずに、ハンカチで額を拭った。
沖縄が暑いと言っても、日陰に入れば涼しくもなるし、風も吹く。問題は無い、はずだが。
男は、駅へと向かわずに、コチラに向かってきた。
ガレージのカメラを確認しながら、家の門をくぐり。チャイムが鳴った。
真夏の蒸し風呂のような家では、玄関も窓も全部空いて、骨董品のような扇風機で涼を取り。
風鈴が、蝉の声に負けている。
居留守を使う事も出来ずに、スーツの男と対峙をした。
「どちら様ですか」
俺は、奥の部屋から登場して。慌てずに、汗をかいている、スーツを着た男を見た。
「東江昴さんのお宅で、間違いありませんか」
フルネームで聞かれた事に違和感を覚えながら。
「はい。東江昴ですが、何か」
男は、スーツの内ポケットから、縁起でないものを取り出して見せた。
悟は、どう見ても、30歳前後だ。
俺が、ヤクザの組長をしていた7年前は、まだ、新人の筈だ。
小さな組だったが、俺は組長まで登りつめた男だぞ。
新人と話す事なんて、無かったはずだが。
「松田悟と、言いますが。二、三質問してもよろしいですしょうか」
刑事だ。それも、1課で、4課では無い。
神奈川県警だ。足を洗い、黒井組の解散届は、川崎署へ提出したはずだが。
色々な事が、頭の中で錯綜して。
うろたえずに、相手の出方を待つ事にした。
「調べて、ご存じだと思いますが。俺は、この間まで、塀の中でお勤めしていたんだ。出て来て間もないし、そんな悪い事してませんよ。まだ」
朱美の事を棚に上げて。悪さをして無いと、白を切った。
「まぁ、良いだろう。松田学を知っているか。横浜の巡査なんだが」
俺の目が、険しくなった。
横浜は、鉢嶺組の島だ。
黒井組は、龍紋會の3次団体で。鉢嶺組は、2次団体だ。
横浜では、スピード違反も、駐禁も取られた事が無いし。ポイ捨ても、やる訳がない。
ましてや、4課でも無い、1巡査を覚える事など無かった。
「知らないな。横浜の4課も知らないぞ」
松田悟は、眉間にシワを寄せて、俺を睨んで。
「それなら、相良宗勝は、知っているよな。指無し相良。お前が最後に、相良の右手の親指を切断したもんな」
話が見えてこないが。嫌な予感しかしない。
それに、悟の右の口角が上がり。嫌味を、言ってきているのが、十分伝わった。
「ああ、相良の7本目の指を落とした。黒井組の解散届を、出した後出し。私念だ、お勤めも果たした。問題ないはずだが」
「そんなレベルか、黒井組の組長も大した事ないな」
少し頭にきて、新聞の情報だけを話した。
「相良は、巡査部長を殺害して死刑のはずだが。まさか、出所するのか」
逆恨みも良いとこだ。
俺は、相良の性で小指を落とし。恨みは、無いはずだが。
「違う。二階級特進か。覚せい剤を決めて、拳銃で射殺されたのが、巡査か」
「そうだ、松田学だ」
「それがどうした」
「俺の兄だ。ナンシーさんの旦那さんで。普君のお父さんだ」
普通なら、ここで謝罪をするのだが。
俺は、謝罪をしなかった。
こいつに謝罪をするのは、間違っていると思ったからだ。理屈では無い。
倒れそうな感情を、表に出さないように耐えて。
松田悟を、睨んでいたが。
「すみませんでした。これでいいか」
数秒の沈黙の末に。根負けして。
棒読みで、謝罪をした。
逆に、悟が苛立ち。
「二度と、ナンシーさんに手を出すな。良いな、次は無いからな」
むさ苦しい空気の中、松田悟は、玄関の戸を『ピシャ』と、閉めて。お帰りになった。
俺は、屋根裏の補修する仕事をする気になれず。
冷蔵庫から、ビールを取り出して。朝から飲み始めた。
何故、あんな事を言ったのだろう。
何故、もっと優しくしなかったのだろう。
何故、もっと、お金積まなかったのだろう。
何故、お金を持って、出て行ってくれなんて、言ったのだろう。
何故、何故、何故。
俺は、悪酔いして。眠りに就いていた。
朝から飲み始めて。日は沈み、蝉は鳴き止んで、風鈴が、心地良く鳴っている。
ここで2つ目の事件が起きた。
仏壇のお金が無くなっている。
いつから、取り替えていないのか、思い出せないが。
半分は、使っていただろうと、認識している。
重たい頭を揺らしながら、家の裏へと向かった。
朱美の事件を立て替えて、ナンシーにお金を渡して。かなり減ったつもりだが。
引き出しの金は、無事に残っている。
一安心した所で、犯人が真琴だった。
松田悟を、疑ったが。違って良かった。
それにしても、元ヤクザの家に、泥棒に入るなんて。怖い物知らずだと感心した。
俺は、キッチンへと向かい。冷蔵庫を開けると。
「だよな。魔法が使えるわけ無い。買い出しに出るか」
戸締まりをして、クーラーをガンガンにかけたまま、家を出た。
1日無駄をした事を反省して、今後の事を考えながら、コンビニへと向かって歩いた。
うだるような暑さが、嘘のように涼しく風が抜けたが。頭が、少しクラクラする。
コンビニへと着くと、ガキ共がタムロしている。
その中に、真琴を見つけたが。
真琴はすぐに、隠れて消えた。
コンビニの中は、眩しく。目を慣らすのに、時間がかかった。
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