朱美と火事場泥棒
東江は、母親の朱美を探して。お風呂場で、意識の無い朱美を見つけた。
バスタブから、朱美を引っ張り出し。朱美を裸にして、毛布を掛けて、体を温めた。
「すみません。ボヤです。お騒がせしました」
少しの野次馬が減り。残る野次馬もいた。
途中の野次馬も、終わったと知ると、家に帰って行く。
近所の人々が集まる中。母親は、風呂場から出てこない。
シャワーの音が響き。動いている感じもない。
俺は、風呂場の磨り硝子を開けた。
朱美は、服を着たまま、バスタブに浸かっていた。
頭からシャワーの水を受けて、放心状態で一点だけを見つめている。
顔に色は無く、唇は紫で。両方の手首からは血が流れていた。
異様だったのが、業務用の大きな氷だ。それも、3つ。
いくら猛暑が続いても、ありえない光景だった。
俺は、朱美を抱えて、バスタブから外に出した。
とても冷たくなっている。
リビングの床に、朱美を寝かせて。毛布を探した。それと、服を脱がす刃物。
ハサミを見つけ、冬用の毛布を押し入れから、引っ張り出した。
服を、全て切り裂き。朱美を、裸にして。
上から、毛布をかけ。ひたすら擦り続けた。
一刻を争うと思った。間違ったら、死んでいるのかと思えるほど、意識が戻らない。
助からないのか、この人は。無意味な事を、しているのかと、思えるほど、反応が無い。
手首に、タオルを巻き。ひたすら温めた。
「何方か、救急車の手配をお願いします」
外にいる、野次馬に向けて、発言をした。
「もう、手配されてます。ここへ、向かっているかと」
また、外がザワつき始めた。
「頼む。天音ちゃんを遺して逝くな」
俺の祈りは、通じたのか。意識は戻らなかったが、救急隊員が来てくれた。
大きな音を鳴らし、路地を曲がった。
もう少しだ、頑張れ。
救急車のサイレンは、下で止まった。
天音ちゃんも、側で見守っていた。
「退いて下さい。担架が通りますよ。道を開けて下さい」
「どうされましたか」
「お風呂場で、倒れているのを発見して。体が、冷えているので、服を脱がして、毛布をかけて、温めてました」
思い出したかのように。
「あと、手首から出血してます」
「旦那さんですか」
天音ちゃんを見てからの反応だろう。
躊躇したが。
「違います。他人です」
きっぱりと否定した。
「ごめんなさい。これから、色々と聞かれるので、コチラに、入院先を伝えてもらえますか」
俺は、財布から辺土名弁護士の名刺を確認して、救急隊員に渡した。
どんなにアホでも、弁護士の名前だけは凄いと感じて。皆が信じた。
「はい。人命が、最優先なので、失礼します」
朱美は、アルミに巻かれて、上から毛布を掛けられた。
俺は、ヤルことが出来た。
1つは、辺土名弁護士の召喚。
もう一つは、火事場泥棒だ。
適当な、リュックサックを取り、タンスを上から順に開けていき。
リュックサックの中に、適当に詰め込んだ。
それを、ベランダに出で。先ほどまでいた、駐車場に投げ捨てた。
容疑者Xの取り調べが始まった。
「第一発見者で、関東龍紋會の三次団体黒井組の元組長の東江昴さんね。組は、解散してて。七年間愛知刑務所に、収監されてて。最近出てきたと。少し、調べさせて下さい」
色々と、調書を取りながら、口答で確認する。近所の人には、だだ漏れだ。
「比嘉朱美さんとは、初対面ですか。初対面の方の服を、ハサミで切り刻むか普通」
「緊急事態だったんだよ。体温が低下していて、温めるしか無いだろ」
「まぁ、いい。被害者が目を覚ましてからだ。物取りの可能性も低いし。何を、取られたのかも、分からない状態だから。取り敢えず、容疑者だ。加害者に代わるのも、時間の問題だがな」
俺は、身元引受人の為に、辺土名弁護士を呼んでいた。
辺土名弁護士が、補償してくれて。容疑者で済んでいる。
辺土名弁護士が、居なかったら。取調室もあり得た。
比嘉朱美さんが、黒だと言ったら。黒になる。
密室じゃなかったけど、裸にひん剥いている訳だし。
現場での、聴取を終えて。天音ちゃんは、警察に引き取られた。
203号室は、入れなくなった。
俺は、駐車場へ行き、バッグと買い物袋を回収して、家に戻った。
「東江さん、あの部屋で何があったのですか」
「殺人事件だ」
「またまた〜。殺人事件だと、容疑者の東江さんは、勾留されてないとおかしいですよ」
「俺は、無実だ。今回の事件は、巻き込まれただけなんだよ」
「本当に、無実なのですか。被害者の女性と、何があったのですか」
「無実だ。クドいぞ、お前。それよりも、病院は分かったのだろう」
「ええ、琉海病院です」
「明日の朝、琉海病院へ行くぞ。空けておけよ」
「良いですけど、弁護士費用出るんですよね」
「バイト代の5万出してやるよ」
「では、08∶30に、お迎えにあがります」
その日は、台風一過で晴れていた。
俺は、辺土名弁護士の軽自動車で、琉海病院へと向う途中で、ファーストフード店へ入り、朝食を食べた。
琉海病院へ到着すると、1階のインフォメーションで、比嘉朱美の病室を確認した。
「昨日、ここへ運ばれて来た、比嘉朱美さんの病室は、どちらですか」
「少々、お待ち下さい」
ナース服の方は、パソコンを使い。朱美の病室を調べてくれている。
「すみません。本人とのご関係をお教え願えますか」
「弁護士の辺土名です」
辺土名弁護士は、バッチを見せて名刺を出した。
「少々、お待ち下さい。確認を取ります」
受話器を取り、何処かへ連絡を取っている。
「お待たせしました。4012号室です。そちらの、エレベーターを、お使い下さい」
「すみません。おなかの子は、どうなりましたか」
女性は、パソコンに目を落としたが。直ぐに俺を見て。
「こちらでは、分かりかねます。4階のナースステーションで、ご確認下さい」
言葉を濁された。いや、逃げたな。
「有難うございたます。こっちですね」
俺は、エレベーターに向かい、箱が降りてくるのを待った。
エレベーターに、乗りこむと。
「東江さん。比嘉さんが、妊娠なんて聞いてませんよ。どれだけ野獣なんですか」
変な所から、攻撃された。
「何でそうなる」
「何でって。女性の部屋で、被害者を裸にしたんですよね。それに、妊娠だなんて。沖縄入りして、3週間足らずですよね。相手の女性を妊娠だなんて、獣と言う言葉以外で表せません」
「はい。有難う。俺は、野獣です。お前の見解は、それでいいんだな。たった、3週間で妊娠の有無を出せるのか。考えなかったのか」
辺土名弁護士は、難しい顔をした。
「殆どの人が、生理を基準に妊娠しているかを、確かめるが。たった3週間で、それを出来るのか。辺土名弁護士先生」
エレベーターは、タイミング良く。4階に着いた。
扉が開き。正面にナースステーションがあり。カウンターの中では、人々が激しく動いている。
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