098.国境
普段1日に10人も通らない国境に多くの人が集まり、辺りは異様な雰囲気だった。
チェロヴェ側の国境にはチェロヴェ国第1王子クロード。
そして大臣達、研究者と思われる数人のおじさん。
騎士が多数。
ヴォルク側の国境にはヴォルク国第1王子アレクサンドロとヒナ。
そして宰相、コヴァック公爵、ロウエル公爵、ランディを含むロウエル一族、ユリウスとイワライ。
様子を見に来たイーグル姿のプチィツァ国第4王子フィリップと緑の鳥の幼馴染。
レパード国第1王子レイナード、熊族ミドヴェ国第3王子ナット。
各国の大臣、護衛が集まり、種族混合だった。
結界がなかったら人族には脅威だろう。
「なんでイワライが」
アレクサンドロが驚いた顔をすると、イワライは気まずそうに笑った。
「後ろの列、向かって右から2番目、白髪で茶色のズボンがマートン・ニールです」
イワライが小声でヒナとロウエル公爵に伝えると、ますますアレクサンドロは不思議そうな顔をした。
「では慰謝料をお支払い頂きましょうか」
ニッコリ微笑みながらコヴァック公爵が告げると、チェロヴェ国は結界の内側にスーツケース2個を置いた。
「まずこちらが国家予算3ヶ月分の紙幣です」
チェロヴェの宰相が礼をする。
あれ?
この世界は電子決済なのにこういうときは紙幣なんだ。
ヒナが首を傾げる。
「そしてマートン・ニールです」
連れてこられたのは震えた青いズボンの男。
どうやらニセモノを引き渡すようだ。
ヒナはわざわざイーグルのフィリップを呼ぶ。
会話をしているフリをするとチェロヴェ国はざわついた。
「ねぇ、マートン・ニールを引き渡せって頼んだけれど、それは誰?」
ふざけているの? とヒナが尋ねると、チェロヴェ国第1王子クロードの顔が引き攣った。
「本物はあの男でしょう?」
イワライに教わった茶色のズボンの男を指差すとチェロヴェ国は渋々男を前に出す。
そして男の足に鎖をつけ、チェロヴェ国内に杭を打った。
「どうぞ、迎えに来てください」
チェロヴェの宰相がニヤッと笑う。
結界の中に獣人が入れば、子供の獣の姿になってしまう。
つまり結界内で作業ができるのはヒナだけ。
だが、ヒナ1人ではあの杭を抜くことは無理だろう。
「予想通りの展開か」
宰相が苦笑するとコヴァック公爵が頷いた。
「そちらの国に入らせてもらっても?」
「えぇ、どうぞ。ただし獣は攻撃するのが我が国のルールです」
人の姿なら問題ありませんと笑うチェロヴェ国第1王子クロード。
「ではお邪魔するとしよう」
ロウエル公爵はニヤッと笑うと結界の中に足を踏み入れた。
魔力が高いロウエル一族。
それでもこの結界にどんどん魔力が吸われているのがわかる。
人の姿は5分持たないかもしれない。
「なっ、なぜ獣に変わらない!」
焦るチェロヴェの人達を横目に、ロウエル公爵はマートン・ニールに近づいた。
「無事か?」
「この鎖を外してはダメです。土から外れた瞬間に罠が発動し捕まります」
マートン・ニールがロウエル公爵に小声で告げる。
「鎖を切るしかないか」
「もしくは私の足を切るしかありません」
マートンは自分の足を切ってもらって構わないとロウエル公爵に言う。
「結構頑丈そうな杭だな。宰相、何か道具はあるか」
そろそろ姿が狼に変わりそうだ。
ロウエル公爵は戻りながらお金の入ったスーツケースを結界の向こうに投げる。
ランディとランディの兄が受け取り、結界まであと2、3歩の辺りで、ロウエル公爵の姿は狼に変わった。
急いで結界の向こう側へ飛び、ギリギリ攻撃は免れる。
チェロヴェの大臣の1人が時計を確認する姿が見えた。
おおよそ5分。
時間さえ稼げば聖女が出るしか無くなる。
チェロヴェの大臣はニヤッと笑った。
「なるほど、抜いてはいけないのか」
これで切れるだろうかとコヴァック公爵が取り出した工具は3人がかりで切る大きな工具。
ロウエル一族の3人が工具を持って結界内に入った。
彼らは4分が限界。
狼になる前に急いで戻る。
次の3人と交代し、大きい鎖は切れたので細いワイヤーのみあと1本だと報告を受けた。
ロウエル一族は9人。
ロウエル公爵と分家6人を使ってしまった。
残りはランディとランディの兄。
だが彼らは最悪の事態に備え、まだ使用したくない。
「いけるか?」
「もちろんです」
狼の姿のロウエル公爵に代わり、ランディの兄がイワライに尋ねると、イワライは頷いた。
コヴァック公爵に細いワイヤーを切る道具を渡される。
「イワライはロウエル一族だったのか?」
アレクサンドロがユリウスに尋ねるとユリウスは首を横に振った。
「アレク、後で話すよ。全部」
工具を持ち、手をヒラヒラさせながら行ってくるねと笑うイワライ。
深呼吸をしてからイワライは結界の中に入った。
4分経っても姿が変わらないイワライ。
だがワイヤーが硬くて切れない。
8分。
赤くなった手にはもうあまり力が入らない。
もともと狼族よりもひ弱なのだ。
10分ほど経つと、さすがにチェロヴェがざわつき始めた。
ようやくブツッと切れたワイヤー。
だが、切れた途端、マートンとイワライはチェロヴェの騎士に囲まれた。
「あー、ここまですると、ホント最悪だな」
ミドヴェ国ナットが呟くとレパード国レイナードも同意する。
「結界さえなければ応戦するのに」
ロウエル公爵と意気投合したアービン公爵が溜息をつく。
すんなり渡す気はないと思っていたがあまりにもひどいとヒナは溜息をついた。
「ねぇ、ちょっと」
一歩国境に足を踏み入れると結界の膜が揺れる。
アレクサンドロはヒナの腕を掴み、それ以上、中に入らないように捕まえた。
「~~~~!」
「え?」
アレクサンドロはヴォルク国側、ヒナは左足以外チェロヴェ側だ。
「~~~~」
「え? だからなんて言っているの?」
ヒナが首を傾げるとみんなが変な顔をした。
ヴォルク国側の人達だけではない。
チェロヴェ国側の人も不思議そうな顔をしている。
「~~~~~~~~」
「~~~~!」
「~~~~! ~~、~~」
え?
みんなの言葉がわからない。
ヒナは腕を掴んでいるアレクサンドロの顔を困った顔で見上げた。




