093.変態
ちゃんと殴り方も教わったというヒナに王子達は笑った。
「ちょっとアレク、ヒナに変なことさせないでよ」
フィリップがアレクサンドロを注意すると、俺も止めたとアレクサンドロは溜息をつく。
国王達は、壇上から聖女のやり取りを眺めていた。
「おそらく人の引き渡しだろうな」
「国家予算5年分はキツイ」
国王達は、うちならこうすると意見を言い合ったが、結局5年分は無理だという結論になる。
「さて、立っているのも疲れた。座ってつまみでも食べながらワインでも飲もうではないか」
ヴォルフ国王の言葉に、国王達は賛成した。
「軽く食事でもどうだ?」
アレクサンドロの言葉に、王子達は頷く。
ユリウスが準備したテーブルと椅子の方へ歩いていこうとすると、なぜか急に令嬢に囲まれた。
「あぁ、ダンスの時間か」
曲調が変わってしまったと王子達が溜息をつく。
各国の王子が一ヶ所に集まっていれば令嬢の格好の餌食だ。
ヒナを連れているアレクサンドロは無事だが、フィリップ、レイナード、ナットは令嬢たちの猛アピールに苦笑した。
すごい争奪戦!
驚いたヒナが目を丸くする。
「ヒナとファーストダンスを踊りたかった」
切なそうに微笑むアレクサンドロにヒナは下手でゴメンねと謝った。
「今日は踊らないって決めているんだ」
軽く断るフィリップ。
「今から王子同士の語らいが」
ゴメンねと謝るレイナード。
可愛い子を探していそうなナット。
それぞれの行動を見ながらヒナが笑う。
熊族、豹族、狼族、鳥族、人族。
種族に関係なく王子に群がる令嬢たち。
すごいなぁ。
「うぇっ?」
突然手を引っ張られるヒナから思わず変な声が出る。
「ヒナ!?」
アレクサンドロの声にフィリップ、レイナード、ナットも振り返った。
「聖女!」
国王達は立ち上がった。
後ろから首を羽交い絞めにするピンクのフリフリの人の顔は見えない。
「動くな、動けば絞める」
低いおっさんの声にヒナは驚いた。
悲鳴をあげて逃げていく令嬢達。
首の下に見える服はピンク。
声は男。
うわ、変態だ!
ヒナはフリフリの腕をギュッと掴んだ。
「お前に同じ苦しみを」
アレクサンドロに同じ苦しみ?
じゃぁ、この人は顔は見えないけれど使用人カレブ?
走ってくるロウエル公爵の姿と護衛を呼ぶユリウスの姿が見えた。
変態!
逆恨み!
卑怯者!
ヒナはカレブの腕にぶら下がった。
絞められていた首が離れ呼吸ができる。
カレブの足をヒールで踏むと一瞬カレブの身体との間に隙間ができた。
もう一度思いっきり足を踏む。
肘を肋骨に数回打ち付けるとカレブのうめき声が聞こえた。
ゆるくなった腕から逃げ、その場にしゃがむ。
アレクサンドロはヒナを守るかのように、ヒナに覆いかぶさった。
すぐにバタンと大きな音がする。
ロウエル公爵にみぞおちを殴られたカレブはあっさりと気絶し、床に倒れた。
「お怪我は?」
ロウエル公爵の声に起き上がるアレクサンドロ。
倒れたピンクのフリフリの変態オヤジを見たアレクサンドロは眉間にシワを寄せた。
「誰だ?」
同じ苦しみとは何だと困惑する。
「ヒナ、大丈夫か?」
うずくまったまま、身体が震えているヒナをアレクサンドロは包み込んだ。
ゆっくりと起き上がらせると泣きそうな顔のヒナと目が合う。
アレクサンドロはヒナの顔を隠すように抱き上げるとユリウスの方へ歩いた。
ユリウスは控室の扉を開けアレクサンドロを通す。
追ってきた王子達には遠慮してもらうように頼んだ。
「後で、怪我がないかだけでも教えてくれ」
心配するフィリップにユリウスはわかりましたと告げ、扉を閉める。
犯人はロウエル公爵に任せ、ユリウスはアレクサンドロを追いかけた。
「お二人とも怪我は?」
慌てて駆けつけたコヴァック公爵にアレクサンドロは首を横に振った。
怪我はない。
だがヒナが怯えたままだ。
「あいつは誰だ?」
「ヒナの部屋のドアノブを壊した男です」
「あいつが?」
イーストウッド家の使用人。
「では、あの時狙っていたのは俺か」
「いえ、ヒナです」
コヴァック公爵がアレクサンドロが3歳の頃の出来事を話すと、アレクサンドロは眉間にシワを寄せた。
「……覚えていない」
「でしょうね」
3歳の頃のことなど覚えていなくて当然だ。
「なぜ今……」
「アレク様に大切な人が出来たからではないですか?」
大切な人を奪われた恨みを晴らすには、同じように奪ってやればいいと思ったのだろう。
彼の母も亡くなり、背負う物がなくなったところに、ヒナが現れた。
「……守るどころか、俺がヒナを危険な目に……」
ギュッと手を握りながら悔しそうに目を伏せるアレクサンドロ。
ユリウスも辛そうに目を閉じた。
「ヒナ、見事でしたよ」
コヴァック公爵が褒めると震えながらヒナはゆっくりと身体を起こした。
グーで殴る方法と一緒にロウエル公爵から教わった護身術。
後ろから抱きつかれた場合、前から襲われた場合、手を掴まれた場合、相手が武器を持っていた場合。
いろいろなパターンを想定し、一通り習った。
まさか本当に使う日がくるなんて。
「教わっていなかったら怖くて動けなかったと思います」
今更、怖くて震えが止まらないんですけど。とヒナは自分の震える手を見つめた。
「……教わった?」
「ロウエル公爵に」
「ヒナは自分が狙われていると知って……?」
驚いたアレクサンドロが尋ねると、答えの代わりにヒナは困った顔で微笑んだ。
アレクサンドロの奥歯がギリッと鳴る。
「どうして教えなかった! ヒナが危ないのに!」
立ち上がりコヴァック公爵に抗議するアレクサンドロをユリウスが止める。
「俺のせいでヒナが狙われたのに! 俺は役に立たないから、ヒナを守る事もできないから言う必要もないという事か!」
「アレク様、落ち着いてください」
必死でなだめるユリウス。
アレクサンドロは悔しそうに手をギュッと握った。




