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喪女なのに狼さんたちに溺愛されています  作者: 和泉


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009.ノートと万年筆

「これがヒナ姫が手当てした人と怪我の程度のリストだよ」

 ランディは内ポケットから紙を取り出し、ユリウスに手渡した。


 今、アレクサンドロは会議に出席中。

 ランディは宰相室にいるユリウスを訪ねた。


「24頭も」

「あとジョシュの腕だ」

「……本当に聖女だったとは」

 ユリウスから紙を奪った宰相はリストをみながらすごいなとつぶやいた。


「手当てをしてもらった武官たちから、ヒナ姫を武官専属の医局で働かせてくれないかという要望がありました」

「本人が了承するなら働けるように手配しよう」

 働くところができれば、この国に定住してくれるかもしれない。

 住むところや必要なものはすべて揃えて構わないと宰相はユリウスに指示を出した。


「アレクも嫌がるだろうね」

 働きたいと言っていた彼女が働けるのは良い事だが、男しかいない武官にヒナを置きたくない。

 良かったが、良くない。

 ランディが苦笑すると、ユリウスもそうですねと溜息をついた。



 宰相室でユリウスに報告を終えた後、ランディはアレクサンドロの部屋を尋ねた。


「ヒナ姫、体調はどうかな?」

 アレクサンドロは会議中、ユリウスは宰相室。

 今、ここにはヒナしかいない。

 普段からこの部屋に一人では退屈だろう。


「ランディ様。ご迷惑をおかけしてすみませんでした」

 ソファーから立ち上がり、全然倒れたときの事を覚えていなくて。と言うヒナの右手を取ると、ランディは手の甲に口づけを落とした。


「怪我人の手当てありがとう。もう治った子もいてね、とても感謝しているよ」

 ランディがグレーの眼を細めて微笑むとヒナの顔は真っ赤になった。


 No.1ホストの微笑みは危険!

 まともに目は見られない。

 前髪と眼鏡があって良かったとヒナはホッとした。


 ランディは右手を握ったままヒナをソファーに座らせると、なぜか隣に座る。

 手はつないだままだ。

 密着がすごいんですけど?


『噛み癖やボディータッチは他の種族よりも多めです』

 ディーンはそう言っていたが、こういう事?

 アレクサンドロも食事の時、隣に座る。

 狼族にとってはソファーは正面ではなくて隣に座るものなのだろうか?


「両足を怪我していた子わかるかな?」

「あ! 目の色がオレンジの子ですね」

 オレンジの眼に茶色の長い毛がふさふさだった子だ。


「もう歩けるようになったんだ」

「1日で治るなんて狼族は治るのが早いんですね」

 ニコニコと答えるヒナ。


「ヒナ姫のおかげだよ」

 繋いだヒナの手を持ち上げると、ランディが指にチュッと口づけをする。

 色気ダダ漏れなランディの仕草にヒナが赤くなった。


 これはボディータッチに含みますか?

 これが普通ですか狼族!

 ヒナの心臓はバクバクだ。

 No.1ホストは危険すぎる。


「今日はね、話をしよう」

「……話?」

「そう。ヒナ姫と仲良くなりたいんだ」

 真面目な顔で変な事を言うランディにヒナはおもわず笑った。


「昨日、少しだけこの部屋から出たけれど、どうだった?」

「大きな建物がいっぱいで、すごかったです」

 渡り廊下から見ただけでもかなりの広さだった。

 怪我人のいた部屋も、体育館より広そうだったし、天井も高く感じた。


「図書館にたくさんご令嬢が居たと思うけれど、ヒナ姫は彼女達みたいな服は着ないのかな?」

 図書館にいたお姉様方はドレスだった。

 ピアノの発表会よりも豪華な、結婚式のお色直しで着るようなカラフルなドレスだ。


「そうですね、……似合わないので」

「似合うと思うけれど?」

 いやいや絶対に似合わないですって。


「……眼鏡をしているのも関係する?」

 ランディの質問にヒナは何も答えなかった。

 少し俯き、視線はどこかを向いている。


「じゃぁ、今、一番欲しい物は?」

「えっ?」

 急な話題転換にヒナが顔を上げると、ランディは優しいグレーの眼でヒナに微笑んだ。

 言いたくないことは無理に聞かないよということだろう。


「えっと、ノートとペン?」

「ノート? こんな感じの?」

 胸ポケットから取り出した手帳をランディが見せる。


「……変ですか?」

「い、いや、ごめん。ちょっと予想外で」

 女性が欲しがるものはドレスや宝石だと思っていたとランディが言うと、今度はヒナが笑った。


「じゃぁ、すぐにでもノートとペンをプレゼントするよ」

「ありがとうございます」

 そんなものでいいなんて。

 もっと高い物を強請(ねだ)ればいいのに。


「狼達を手当てしてくれていたけど、怖くなかった?」

「動物は好きなので大丈夫です」

 人族は獣が嫌いだと思っていたが、そうではない人もいるということか。


「ヒナ姫は何色の狼が好き?」

「えぇっ? 何色でも、もふもふで可愛いですよ?」

 ふさふさの尻尾が揺れているのも好きだし、尖った三角耳の後ろを触るのも好きだとヒナが笑う。


「俺は銀だけど、アリかな?」

「銀もカッコいいですよね」

 ヒナは狼の銀色を想像して答えたが、答えた後で気がついた。

 銀の狼がカッコいいという事は、ランディをカッコいいと言ったのと同じだ。


「えっと、その、」

 ワタワタと慌てるヒナにランディはグレーの眼を細めて微笑んだ。


 焦ったヒナを助けるかのようなタイミングで響いたノックの音。

 失礼しますと言う声とともに入室してきたのはディーンだった。


「おはようございます。ヒナ嬢、体調はいかがですか?」

「ディーン様、おはようございます。昨日はすみませんでした」

 ディーンは一人掛けのソファーに腰を下ろすと、一枚の書類をヒナに手渡した。


「昨日働いて頂いた三時間分のお給料を支払いたいと医局から申し出がありました」

「えっ? でも、手伝っただけで」

 給料を要求するつもりはなかったとヒナが申し訳なさそうな顔をする。


「ヒナ姫、これは受け取るべきだよ」

 また何かあった時に、相手も仕事を頼みやすくなるとランディが説明すると、ヒナはわかりましたと答えた。


「では受け取る方向でユリウスと調整します」

 ディーンは書類を返してもらうと、サラサラと何かをメモしファイルに挟んだ。


「あと、水曜日に街へ行っていいそうです」

「ノートとペンも気に入ったものを買ってあげるよ」

「ノート?」

「はい、ノートとペンが欲しくて」

 ディーンは持っていたファイルを開くと、書類の間を確認する。


「これでもいいですか?」

 新品のノートを取り出すと、ヒナに微笑んだ。

 青い表紙で、A5サイズよりも少し大きい微妙なサイズ。

 ページ数は大学ノートよりも少し薄めだ。


「すぐ欲しいでしょう?」

「ありがとうございます!」

「じゃあ、ペンは俺から。使い古しだけれど」

 ないよりいいだろとランディは内ポケットからペンを出すとヒナのノートの上に置いた。


「でも」

 黒にシルバーのラインが入った綺麗な万年筆。

 本当にもらってしまっていいのかな?


「大丈夫、ちゃんと街でも買ってあげるよ」

「い、いえ、そうじゃなくて、これ、高いですよね?」

「普通だよ」

 ランディが微笑むと、ヒナは万年筆とランディを交互に見た後、ありがとうございますとお礼を言った。


 こんな高そうな万年筆をもらってはいけないと思いつつ、ノートとペンが欲しいという誘惑に負けたのだ。


「大切にします」

 ヒナはノートと万年筆をギュッと抱えながら二人に微笑んだ。


 ランディとディーンが帰った後、ヒナはノートに早速いろいろなことを書いた。

 お金の単位や物価の目安、周辺国の名前と地図。


 万年筆のインクは青っぽい黒だった。

 濃い藍色、黒く見えるほど濃い勝色。

 万年筆は初めて使ったけれど、とても書きやすくて驚いた。


 本を読んでいるだけよりも断然楽しい。

 街へ行ったらもう一冊ノートを買ってもらおう。

 ペンはインクだけ補充できるのか今度聞いてみよう。


 ヒナはノートと万年筆を眼鏡と一緒に枕元に置くと、今日も早々と眠ってしまった。



 スヤスヤと眠るヒナ。

 アレクサンドロはヒナのノートを手に取った。

 周辺国の地図っぽい絵と暗号のような文字。

 この国の文字も世界共通の文字を使用しているのにヒナは全く違う文字を書いている。

 本を読むことができるのに、書くのは全然違う文字。


 違う世界とはどんな所だろうか?

 この世界はヒナにどう見えているのだろうか?

 もっとヒナの事が知りたい。

 

 ヒナの世界ではこんな風に隣に男が居ても平気なのだろうか?

 襲われる心配はないのだろうか?

 それとも男として認識されていない?

 実は男女の仲がわからないほど幼いのだろうか?


 アレクサンドロはノートをそっと元の場所に戻すと、三日月をしばらく眺めたあと目を閉じた。


    ◇


「おはようございますアレク様、ヒナさん」

「おはようございます、ユリウス様」

 扉を開けながら挨拶するユリウスに、ヒナも挨拶を返した。


「今日は街をご案内したいので、騎士を数人選んでほしいです」

「選ぶ?」

「騎士と主には信頼関係が必要です。強そう、話しかけやすい、年齢が近い、どんな理由でも構いません。困ったときにヒナさんから話しかける事ができる騎士を選んでほしいです」

 それっぽいことを言ってはいるが、実際には騎士を選ぶことはない。


 そんな理由で選んだら、いざという時に要人を守れないからだ。

 ただヒナの好みを知りたいだけ。

 ユリウスの見え見えの嘘にアレクサンドロは溜息をついた。


「とりあえず一人は今日護衛としてつけたいので」

「えっ? 一人じゃないんですか?」

「何人でも構いません。彼らにも休日が必要なので」

 じゃあ、二人選べば良いのかな?

 この世界は街に買い物に行くだけで護衛がいるなんて大変だ。

 ちょっと物騒な所?

 日本が平和なだけ?


「あとで騎士団に行きましょうね。ヒナさんは私の親戚ということにしていますので」

 今日はいつもと違う姿でお願いしますと言われたけれど。


 ……いや、無理です。


 ヒナは準備された綺麗なドレスの前で固まった。

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