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喪女なのに狼さんたちに溺愛されています  作者: 和泉


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087.慰謝料

 3歳のアレクサンドロが盛られた毒を代わりに摂取し亡くなった使用人カレブの父親。


 アレクサンドロの想い人がいなくなれば、大事な人を失った悲しみをアレクサンドロに味わわせることができる。といったところだろうか。

 恨むべきは毒を盛った犯人で、アレクサンドロを恨むのは違うと思うが。


 宰相、コヴァック公爵、ロウエル公爵は顔を見合わせた。


「さて、聖女殿。今日ここに来られた理由は何かな?」

 イワライに質問する時とは明らかに違う態度で話す宰相。


 聖女の特別さを目の当たりにしたイワライは、聖女を他国へ誘ったことを後悔した。

 絶対に彼らが手放すことはない。

 自分がどれだけ危険なことをしていたのかようやくイワライは気がついた。


 このまま牢屋だろうか。

 だが牢屋に入れば動けない母の面倒を診る者がいなくなってしまう。

 逃げないと約束するので母が亡くなるまで待ってくれないだろうか?


 顔面蒼白のイワライは俯きながら手にギュッと力を入れた。


「今度の夜会でチェロヴェの王子に『聖女に詳しい人物』を要求してみようと思うんです」

 どう思いますか? とヒナは宰相に問いかけた。

 ヒナの『聖女に詳しい人物』という言葉にイワライは慌てて顔をあげる。


「ほう。『聖女に詳しい人物』とは?」

 ヒナがイワライを見ると、宰相もイワライへ視線を向けた。


「聖女の……召喚に関わった人物です」

 イワライが目を泳がせながら宰相へ回答すると、ロウエル公爵の片方の眉毛が上がった。


 聖女を召喚した人物。

 そいつが召喚さえしなければ、ヒナはこの世界で死にそうな思いをすることはなかったのだ。


「なぜその人物を知っている?」

 コヴァック公爵の問いに、イワライは目を閉じ深呼吸をした。


「私の、……父だからです」


 あぁ、これで牢屋どころか処刑確定だろう。

 イワライは心の中でもう二度と会えないであろう母親に謝罪した。


「その人物を要求してどうする? 知りたいことでもあるのか?」

「平手打ちします」

 宰相の問いに、ヒナはニッコリ笑った。

 呆気にとられるイワライ。


 予想外の回答に声を上げて笑うロウエル公爵と、声を我慢して笑うコヴァック公爵。

 宰相は眉間にシワを寄せながら頭を押さえた。


「えぇ? そんなに笑わなくても」

 結構真剣なのにと肩をすくめるヒナに、ロウエル公爵は平手よりも(こぶし)で殴った方がよいのではないかと提案した。


 手でグーを作り、殴るイメージで腕を動かしてみるヒナ。

 弱そうな雰囲気にますますロウエル公爵とコヴァック公爵が笑う。


「私、雨の中追い出されたんですよね。一人くらいお詫びに差し出してもらっても良いですよね?」

「どうせなら慰謝料も請求してみてはどうだ?」

 コヴァック公爵が請求書くらい作ってやるとヒナに微笑む。


「殴り方は教えてやろう」

 ロウエル公爵が腕を伸ばすと、シュッと音がしてカッコよかった。

 ヒナがうんうんと頷く。


「その人物の名前は?」

「……マートン・ニール……です」

 宰相の問いにイワライが答えた名前はニール。

 エバレットではない。


「ニール?」

 ヒナが首を傾げると、イワライは苦笑した。


「エバレットは母の姓です」

 ヴォルク国でイワライが生活するには狼族の母の姓を名乗るしかなかった。

 父はこの国には存在しない人物だから。


 子供の頃は父とチェロヴェで生活したこともあったが、その時はイワライ・ニールと名乗った。

 チェロヴェでは母はもういないことになっている。


 二つの国に出生登録がしてあるのだとイワライは話した。

 これでは自分はスパイですと言っているようなものだ。


 あぁ、本当に、聖女に近づいてはいけなかった。

 父と母を一緒に暮らせるようにしたいと思わなければ、母の最期を看取る事ができたのに。

 イワライは俯きながら苦笑した。


「では、夜会でチェロヴェに、慰謝料の請求とマートン・ニールを所望で良いか?」

「はい。お願いします」

 溜息をつきながら手帳にメモをする宰相にイワライは目を見開いた。


「あぁ、そうだ。爵位は辞めた方が良い。領地の管理、税金、社交界。思っているよりも負担が大きいだろう」

 爵位の単語にイワライの息は止まりそうになった。

 宰相は全て知っていて、今、この場で自分と話してくれていたのだ。

 身体の底からの震えが止まらない。


 かなわない。

 宰相一人にさえ全く歯が立たないのに、他国へ聖女を連れて行こうなど無謀すぎる。


「……申し訳ありませんでした」

 イワライは頭を下げた。

 堪えようとしても目から涙が溢れそうになる。


「逃げも隠れもしませんので、母が亡くなるまで待っていただけないでしょうか?」

 今、自分が牢屋に入れられてしまったら母も生きていけない。

 買い物も食事の支度も母はできないのだ。


 急な話にヒナが首を傾げると、コヴァック公爵は普通の発想だとヒナに言った。


 この世界の普通は難しい。


 ますます首を傾げるヒナ。

 ロウエル公爵とコヴァック公爵が宰相を見ると、宰相は盛大な溜息をついた。


「聖女が仕返しをすべき人物の名を教えてくれたことに感謝する」

 宰相の言葉に顔を上げ、信じられないという表情で宰相を見つめるイワライ。


 牢屋も処刑もないなんて。

 そんなことがあり得るのだろうか?

 聖女を他国に売ろうとしたのに。


「聖女が他国へ行ったら真っ先にお前を疑う」

 イワライの後ろでロウエル公爵がニヤリと笑う。


「どこまででも追いかけてやる」

 ニッコリ微笑むコヴァック公爵。


「とりあえず、こんな感じでどうですか?」

 他国に行くより良いでしょう? と笑うヒナに、イワライはありがとうございますと頭を下げた。

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