084.焦らす
夜会まであと2週間。
なかなか来ないイワライにヒナは溜息をついた。
宰相である養父にはイワライが爵位を求めた時に宰相室へ押しかけて良いと許可をもらった。
ロウエル公爵は熊族ミドヴェ国と豹族レパード国に治癒クッキーを渡し、聖女の能力をアピール。
コヴァック公爵はチェロヴェ国から追い出された聖女をヴォルク国が助けたため、聖女は他国へ行くことを望んでいないという噂を流した。
ヒナの部屋のドアを開けようとしていた使用人カレブはまだ見つかっていない。
目的もよくわからないままだ。
本当に書庫だと思っていたのか、別の目的で忍び込もうとしていたのか。
狙ったのはヒナなのかアレクサンドロなのか。
以前、ヒナの部屋のドアノブに誰かが触れていたのもきっとこの使用人カレブなのだろうとコヴァック公爵は言っていた。
壊されたドアノブは中に折れた小さな金属が入っていたとロウエル公爵が教えてくれた。
針金のようなもので開けようとしたら折れてしまったのだろうか。
早く捕まってくれると良いけれど。
ヒナはスプーンを持ちながら今日何度目かの溜息をついた。
「ひーくん、こぼれるよ」
「ふぇっ?」
リッキーの笑い声でヒナは慌ててスプーンを置く。
「どうしたの? ぼんやりして」
ランディが居ないから? と揶揄うライルに、ヒナは微妙な笑顔を返した。
「あのね、待つしかないんだけど、相手を急がせたいときはどうしたらいいと思う?」
ヒナはなかなか動かないイワライの事を言ったつもりだったのに、リッキーとライルは笑った。
「焦らして焦らして、思わせぶりな態度を取ればいいんじゃないかな」
「そうそう。たまには浮気してみるとかさ。そうすればランディも焦るんじゃないかな」
浮気相手は俺でどう? とライルが笑う。
うん? ランディ?
首を傾げるヒナに、早く求婚させたいんでしょ? とリッキーが笑った。
「ちっ、違っ」
全力で手と首を振るヒナ。
結局誤解されたまま昼休憩が終わり、3人は武官の第5棟へ戻った。
「あれ? リッキー、頼んだ荷物は?」
昼飯の帰りに貰ってきてくれと頼んだ荷物はどうした? とジョシュがリッキーに尋ねた。
「わ~す~れ~た~」
ゴメンと謝るリッキー。
「一緒に取りに行く?」
ヒナが笑うと、リッキーはお願いポーズをした。
荷物の集配所は食堂の近く。
先までいた食堂を通り、その先へ進む。
もう後半の人達もお昼休憩は終わっているので食堂はガラガラだった。
大きな倉庫の中に集められたたくさんの荷物を部署別に仕分けしているおじさんに挨拶し、武官行きの棚の前にリッキーとヒナは移動する。
「……思っていたより重いね」
30㎝ほどの箱だと聞いていたので軽いと思っていたが結構重いなぁと、明るい茶色の髪をポリポリしながらリッキーは溜息をついた。
「狼になるからさ、背中に荷物を紐でつけてほしいんだけど」
出来る? と聞くリッキー。
服はあそこの運搬袋に入れて首からかけてほしいと言った。
「やってみるね」
狼になったリッキーに箱を乗せようと思ったら、仕分けのおじさんが手伝ってくれた。
手際よく紐でリッキーに括り付けていく。
ヒナはリッキーの服を簡単に畳んで運搬袋に入れた。
一瞬見えたパンツは見なかったことにしておく。
リッキーの首に袋をつけ、大丈夫? と聞くと、狼のリッキーはうんと頷いた。
「ありがとうございました」
仕分けのおじさんに挨拶し、食堂の横を通過する。
何気なくガラガラの食堂を見ると、奥の方にイワライの姿が見えた。
イワライの向かいに座るのは人族。
髪が長い知らない人……?
「リッキー、食堂の中に行ってもいい?」
ヒナはリッキーの返事は聞かずに、食堂の中にズカズカ入って行く。
狼のリッキーは慌ててヒナを追いかけた。
ヒナに気づき立ち上がる髪の長い人族。
あぁ、変装だ。
鳥籠のワゴンを引いていたあの黒服のおじさんだ。
逃げ出した人族に驚いたイワライが振り返る。
ヒナと目が合うとイワライは気まずそうに笑った。
「やぁ。どうしたの?」
何事もなかったかのように微笑むイワライに、ヒナも微笑んだ。
「倉庫の帰り。たまたま姿が見えただけ」
狼のリッキーの頭を撫でると、リッキーの三角耳がピクピク動いた。
「あと2週間」
夜会まであと2週間だと期限を告げ、ヒナはじゃあねと向きを変える。
「あ、待って。少し話をしないか?」
「仕事中だから」
リッキーの背中の荷物を指差すと、イワライは困った顔で微笑んだ。
「仕事の後は? どこかで、えっと、この前の環境局の奥の休憩スペースでどうかな?」
「いいよ。何時?」
「17時でどうかな?」
「わかった」
眼鏡にズボンのヒナは素っ気なくイワライとの会話を終え、リッキーと食堂から出る。
食堂からイワライが追いかけてきていないことを確認し角を曲がると、ヒナは「はぁぁぁ」と大きく息を吐いた。
「焦らせてた?」
ヒナの変な質問に首を傾げる狼のリッキー。
焦らしていたというよりも、冷たかっただけな気がする。
狼のリッキーはたぶん出来ていないと首を傾げながらヒナを見上げた。
「えぇ? ダメだった?」
笑いながら武官の第5棟に歩くヒナ。
武官に戻り、探していた人族は変装している事、食堂でイワライと会っていた事、また逃げてしまった事、そして今日の17時にイワライに会う事を報告すると、ランディは困った顔で溜息をついた。




