082.使用人
「あの子やめた方がいいよ」
「は?」
突然のイワライの言葉に驚いたアレクサンドロは、お気に入りのスナック菓子を食べる手を止めた。
あの子とはユリウスの妹ヒナの事だ。
「この前見たんだよ、街で」
プチィツァの店の関係者なのかわからないが貴族っぽい男と、銀髪の武官と順番に街で遊んでいたと言いながらイワライはチラッとユリウスを確認した。
ユリウスはそうですかと困った顔で微笑む。
「アレクにはさ、もっと真面目な子が似合うと思うよ」
たとえユリウスの妹だとしても複数の男と遊んでいるあの子はやめた方がいいとイワライは肩をすくめた。
プチィツァ店の貴族っぽい男はフィリップ。
銀髪の武官はランディだ。
つまり3日前の土曜日にイワライは目撃したのだろう。
アレクサンドロはスナック菓子を口に入れると溜息をついた。
「あのさ、アレク。前、パンの材料を買ってきた小さい子。あの子どう思う?」
イワライの質問にアレクサンドロとユリウスは顔を見合わせた。
どうも何も同一人物だ。
だがイワライは知らない。
完全に別人だと思っているのだろう。
「どうって別に、話さないし顔も見えないし」
よく知らないとアレクサンドロが答えるとイワライはニッコリ笑った。
「あの子さ、顔はわからないけれど性格はアレクと合うと思うよ」
しっかりしていてハッキリ意見も言うし、いい子だから俺のイチオシとイワライが微笑む。
「ちょっとイワライ、顔がわからないような子をアレク様に勧めないでください」
ユリウスが止めると、イワライは今度顔を見てよと言いながら立ち上がった。
「じゃ、またねアレク」
またスナック菓子買ってくるねと手を振るイワライ。
「もう帰るのか? 一体何しに来たんだ」
溜息をつくアレクサンドロと困った顔のユリウス。
イワライはまたね~と笑いながら部屋から出て行った。
スナック菓子をバリバリと食べる音が部屋に響く。
少しの沈黙の後、ユリウスが先に口を開いた。
「……なぜイワライが」
眼鏡のヒナをアレクサンドロに勧めるのか。
「さぁな」
これが俺とユリウスは知っていてはいけない作戦なのか?
あの回答であっているのか?
それともイワライはただ偶然街でヒナを見ただけなのか?
アレクサンドロは最後の1本を食べるとスナック菓子の袋をテーブルに置き、溜息をついた。
「お待ちください。今はイーストウッド家の使用人がおります」
文官の仕事から戻ったディーンとヒナは廊下の護衛に声をかけられ立ち止まった。
「ユリウスの所にですか?」
使用人がこんなところまで来るなんて珍しいとディーンは首を傾げた。
「いえ、アレク様とユリウス様は会議中で。何か書類を持ってきたようですが」
時計を確認し5分ほど前ですと護衛は言う。
「ユリウスが戻る時間は?」
「あと15分くらいでしょうか」
「それまで使用人は部屋の前で待つつもりでしょうか?」
少しおかしいのではないかとディーンが言うと、護衛は顔を見合わせた。
応援を呼び、廊下に誰もいない状況は作らないようにする。
ディーンはヒナを連れ、カフェテリアへ。
万が一に備えその場を離れた。
護衛2人が静かに廊下の角を曲がると、イーストウッド家の使用人はなぜかヒナの部屋の扉に触れていた。
「その部屋に御用でしょうか?」
護衛は使用人を上から下まで眺める。
黒服を着た中年の男。
手にはまだ書類を持っている。
5分も前に通ったのになぜ?
「……ここは書庫だったと思うのですが」
違いましたか? と首を傾げる使用人。
「書庫は移動しました。ご案内します」
「すみません。お願いします」
使用人はペコリと頭を下げた。
護衛の1人は案内を、もう1人は廊下に止まり護衛と使用人を見送る。
ヒナの部屋の扉のノブには無理矢理開けようとした痕跡。
小さな傷。
鍵の代わりに何かを入れて開けようとしたのだろうか?
本当に書庫に用事があったとしても、鍵がかかっていたら諦めるか、護衛に聞くかするのではないだろうか?
「ユリウス様、先程イーストウッド家の使用人カレブと名乗る人物がこちらの扉に触れておりました」
護衛はユリウスが戻るまでずっとヒナの部屋の前で待ち、誰にも触れさせない状況を維持。
戻ったユリウスとアレクサンドロにドアノブを見せた。
「この鍵は書庫を移動させた時に付け替えています。こんなに傷があるはずがないのですが」
ユリウスはドアノブを握り、鍵が閉まっているか確認する。
「大丈夫そうですね」
なんとなく数回ドアノブを左右に動かすと、ガチッと変な音が鳴った。
「まさか」
ユリウスがドアを押すと、開くはずがない扉が開く。
「すぐに騎士団長を呼びます」
廊下を走る護衛。
使用人を書庫に案内した護衛も戻り、騎士団長もすぐに飛んできた。
ディーンとヒナがカフェテリアから戻った時には宰相、コヴァック公爵も集まり、物々しい状況に。
ヒナの持っている鍵は鍵穴の奥まで刺さらず使用できなくなっていた。
騎士団長はヒナの部屋の前にも護衛を配置。
ドアノブを交換するまでヒナの部屋は使用禁止になった。
「使用人は書庫に案内しましたが鍵がないので入れず、今日はお帰りになりました」
宰相に許可を頂いてまた来ますと普通に去っていったと案内した護衛は言う。
「頼んでいない」
宰相は使用人カレブに書類も書庫も頼んでいないと言う。
そもそもなぜこんな所に居るのかと。
イーストウッド本邸にいるはずだと、宰相は首を傾げた。
「私も頼んでいません」
ユリウスも使用人カレブに何かを頼むことはないと言う。
「宰相、その使用人はあの彼か?」
コヴァック公爵が尋ねると宰相はそうだと答えた。
「あの彼?」
ヒナが首を傾げると、宰相は鳥籠のワゴンを引いていた黒服だと言う。
あぁ、コヴァック公爵とロウエル公爵と初めて会った時にいた人族のおじさんか。
黒服の使用人っぽい格好をした40歳から50歳くらいの背がそんなに高くない普通のおじさんだ。
宰相の命令で護衛達はイーストウッド本邸・別邸に使用人カレブを探しに行ったが、どこにも戻っていなかった。
「狙いはアレク様か」
ロウエル公爵は腕を組み宰相室のソファーにもたれかかった。
「アレク様を困らせる目的でヒナを狙った可能性も」
コヴァック公爵は『鳥』に使用人カレブを探してもらっているがまだ見つからないと溜息をつく。
「昔、アレク様の毒味係だった男の息子だろう?」
「3歳だったか?」
ロウエル公爵、コヴァック公爵の言葉に宰相は頷いた。
アレクサンドロが3歳の時に食事に盛られた毒。
当時、毒味係だった男が亡くなった。
亡くなった後に彼が人族だったとわかり、妻と息子が1人いる事もその時にわかった。
妻はイーストウッド家で侍女として、息子は使用人として職を与えたが、高齢のため妻は10年ほど前に侍女を辞めている。
息子のカレブがイーストウッド家で働き始めてもうすぐ20年。
今頃なぜ不審な動きをするのか。
「2名が不審な動き……か」
共犯か?
コヴァック公爵が溜息をつく。
護衛と『鳥』が捜索したが、結局使用人カレブも彼の母親も見つけることはできなかった。




