081.隠し事
「みんな仲良くなれたらいいなって」
プチィツァ国と友好国になれたからとヒナが言うとアレクサンドロは「そうか」と呟いた。
仲良くなれるかどうか。
結婚した人がいるなら大丈夫ということだろうか。
あの変な本の目的がわかったアレクサンドロはホッとした。
「あのね、他の本を頼んだけれど、あれしかなかったって。だから、その」
あの本を指定したわけではないと真っ赤な顔でヒナが言い訳すると、アレクサンドロは声を上げて笑った。
あの本を渡したディーンも気まずかっただろう。
渡されたヒナも困っただろう。
焦る2人の姿が浮かぶ。
「……あの本、全部見た?」
顔を埋めるヒナの顔に手を添え、強制的に顔を上げさせる。
「み、見ていない」
後半は本当に気まずい大人の内容だ。
前半というより、本の三分の一も読めていないと思う。
目が泳ぐヒナを見たアレクサンドロはクスッと笑った。
「……良かった。誰かと実践するために買ったのかと焦った」
「じ、じっせん?」
思わずヒナの声が裏返る。
真っ赤な顔を左右に全力で振るヒナをじっと見つめながらアレクサンドロは舌舐めずりをした。
狼ではないのに、濃いグレーと黒の狼の姿が浮かぶ。
「狼の姿のまま人と交わる方法が描いてあったよ」
試してみる? と冗談を言いながらアレクサンドロはニヤッと笑った。
「え、えんりょ、します」
真っ赤な顔で拒否するヒナ。
「……残念」
アレクサンドロはヒナの肩を解放すると何事もなかったかのように紅茶を飲んだ。
イケメンの冗談は心臓に悪い。
ヒナはバクバクする心臓を服の上から押さえた。
「……ヒナはさ、ランディが好きなの?」
「えっ? な、なんでっ?」
「一緒の日が多いから」
紅茶を飲みながら呟くアレクサンドロの表情はなんとなく暗そうだ。
ヒナは困った顔で微笑みながら、まだ熱い紅茶を手に取った。
「ランディはね、お父様の命令で動いているから」
「ロウエル公爵?」
「宰相」
熱そうなのでふーふーするとフワッと紅茶の香りがした。
「悪い男になってくれているの」
宰相の娘と聖女の両方を口説いている悪い男とヒナが言うとアレクサンドロは笑った。
「じゃ、俺も悪い男だ」
「アレクは宰相の娘だけに一途な感じでお願いね」
ティーカップをソーサーに戻すと、ヒナはアレクサンドロの方を見た。
「作戦はアレクとお兄様に言えないの。アレクが知らない状態でないと上手くいかない。だからゴメンね」
今は詳しく言えないのだと言うヒナの頬をアレクサンドロは優しく両手で包んだ。
「俺に隠し事?」
「……うん」
「そのうちわかる?」
「うん」
前髪と眼鏡越しだが、目が合ったとわかる。
アレクサンドロは切なそうな表情を浮かべながらヒナの頬を撫で、ゆっくりと手を離した。
「寂しいから今日はこっちのベッドで慰めて」
「えぇ?」
ムリムリムリと手をパタパタ振るヒナの手を掴むとアレクサンドロはニッコリ笑った。
「隠し事だよね。仲間はずれだよね」
あぁ~寂しいなぁと演技した後、アレクサンドロはヒナの眼鏡を奪う。
「わっ、ちょっとアレク」
眼鏡をテーブルに置くと、手を引いて立ち上がらせた。
そのまま手を繋いで連行しグイッと引っ張ると、ヒナはキングベッドの上に倒れる。
ぽふんと柔らかいベッドにヒナの身体が埋まった。
「アレク、私、向こうで」
押し倒された状態に焦るヒナ。
「このまま抱かれるか、手を繋いで寝るか、どっちにする?」
ニヤッと笑うアレクサンドロに、ヒナは「あっちで狼の姿!」と頼んだ。
「狼の姿で襲われたいの?」
「ち、違っ、いつもみたいに添い寝で」
「へぇ。添い寝なら良いんだ」
じゃ、添い寝ね。とアレクサンドロはヒナをギュッと抱きしめた。
「違っ、狼で添い寝っ」
もがくヒナをギュッと抱き寄せるとアレクサンドロはヒナの耳元で「おやすみ」と囁いた。
「えぇぇ! おやすみじゃなくて! アレクっ」
ワタワタするヒナを抱えたままアレクサンドロは目を閉じる。
えぇぇ?
本当にこのままなの?
心臓がバクバクしたままヒナはアレクサンドロの鎖骨をぼんやり眺めた。
少し上を向けばイケメンの寝顔。
これは犯罪だ。
喪女にはハードルが高すぎる。
どうしてこんな事に。
あぁ、あの本を見られたのだった。
しまっておけばよかった。
そういえばフィリップに買ってもらった3連のブレスレットもベッドの横に置いたままだ。
アレクサンドロはきっと気づいただろう。
アレクサンドロにはバレッタを買ってもらった。
ランディは紺色のペンとバンダナ。
ディーンはノートと本。
フィリップはブレスレット。
お父様はドレスもワンピースも、キッチンにミシンまでなんでも揃えてくれた。
国王陛下はこんなに良い部屋を貸してくれている。
仕事もさせてもらって、休みもちゃんとあって、武官も文官もみんな優しくしてくれる。
クッキーを作れば喜んでくれて、治ったよって言われると嬉しくて。
自分が必要とされていると勘違いしてしまう。
必要なのは聖女で、自分が求められているわけではないのに。
必要だったのは社長の娘で、私じゃなくてもよかった。
何度も失敗したのに、また勘違いしそうになる。
困ったなぁ。
いつか街の外れで一人暮らしする日が来たら寂しいと思ってしまいそうだ。
何気なく見上げるとアレクサンドロのグレーの眼と目が合った。
「アレク、起きてるなら離してよ~」
「寝ている、寝ている」
笑いながら答えるアレクサンドロは離れる素振りもない。
もぉ! と頬を膨らませるヒナにアレクサンドロは擦り寄った。
「王子でも聖女でもなかったら街で一緒に店ができるのにな」
全部の国と友好国になれたら2人で他国に逃げればいいかとアレクサンドロが呟く。
驚いたヒナが顔を上げるとアレクサンドロは困った顔で「無理だけれどね」と微笑んだ。
絶対コヴァック公爵に居場所がバレて、ロウエル公爵に捕まる気がするとアレクサンドロが笑う。
「……聖女じゃなくても一緒に居てくれるの……?」
ヒナは驚いて目を見開いた。
「ヒナが居ても良いって言ってくれたらね」
一緒に居たらヒナは一人暮らしできない。
お隣さんじゃ寂しいから二人暮らしたいなとアレクサンドロは切なそうな顔で微笑んだ。
絶対に叶わない願い。
それでもベッドの上だけは自由に夢を見ても良いだろう?
「おやすみヒナ」
「えっ? アレク? 離してくれないの?」
「今日はこのまま」
仲間はずれだしと拗ねるアレクサンドロ。
ヒナは困った顔で溜息をついた。




