079.思惑
「ダンスの先生がね、身体を動かすタイミングが遅いって」
「あぁ、音が鳴る瞬間に形になっていないといけないから?」
手を繋ぎながら店へと戻る。
南広場の1本裏道を通ると、ロウエル公爵オススメのチキン焼きバンバン亭があった。
ここだったんだ。
「食べたい?」
ヒナの視線に気づいたフィリップが笑う。
「ううん、ここのチキン焼きをオススメされた事があって。お店ココだったのかーって」
スパイシーなんだよとヒナが言うとフィリップは今度食べてみると答えた。
角を曲がれば南広場の通り。
そこからプチィツァの店はすぐだ。
「っと」
「あっ、すみません」
ぶつかりそうになったヒナが顔を上げると、相手は驚いた顔をした。
「……妹ちゃん?」
お揃いの腕輪をはめ、手を繋いで歩く姿はまるで恋人同士。
イワライが相手の男性を見ると、見た事がない男性だった。
身なりは良い。
貴族の子息なのだろう。
「あ、えっと、先生?」
ワンピースのヒナがイワライと会ったのはアレクサンドロと中央公園に行った時だけ。
イワライの名前を呼んだら変だ。
「イワライだよ、中央公園で会ったね」
ユリウスの妹だと確信したイワライが躊躇いがちにヒナとフィリップを見る。
あー、これはアレクサンドロではない男と歩いているなんてどういうこと? と聞きたそうな顔だ。
ヒナは困った顔で微笑んだ。
フィリップはスッとヒナを背中に隠す。
イワライは先日の報告書の男だ。
「行こう」
ヒナの手を引き、歩き始めるフィリップ。
護衛のライルはペコリとイワライに会釈した。
最近新しくできた店の前で手を振って別れる2人。
ユリウスの妹は護衛と南広場の方へ。
相手の男は店の中へ消えた。
新しい店の関係者か?
イワライが店の名前が見える場所まで歩いていく。
「プチィツァ……?」
相手はプチィツァの貴族?
どういうことなのか彼女に聞きたい。
恋人はアレクサンドロではないのか?
中央公園でアレクサンドロは『片想い中』だと言っていた。
そんなの冗談で本当は付き合っているのだと思っていたのに。
イワライは南広場へ行ったヒナを追いかける。
護衛と仲良く歩いていたヒナが手を振って走り出した。
視線の先には銀髪の男。
あの男は聖女が気に入っている武官の男だ。
護衛はお辞儀をして2人を見送る。
武官と一緒なら護衛は必要ないという事だろうか。
肩を抱き、密着して歩く2人はまるで恋人同士。
さっきのプチィツァの男は?
この武官は?
そもそもアレクサンドロとはどうなっている?
いくら宰相の娘だからって3人も男をたぶらかしているのか?
あんな大人しそうな顔をして?
武官も聖女を口説いておきながら宰相の娘にもちょっかいをかけている。
治癒も良いが権力も魅力だという事なのか。
ユリウスの妹はアレクサンドロにはふさわしくない。
これではアレクサンドロが可哀想だ。
聖女もあの武官はやめた方がいい。
一緒になっても大切にはされない。
アレクサンドロと聖女をくっつけるか?
聖女の性格は悪くない。
顔はわからないけれど。
性格だけならアレクサンドロともうまくやっていけそうだ。
聖女も最初はこの国が良いと言っていた。
悪い条件ではないはずだ。
聖女の資料を手に入れて、ユリウスに爵位が欲しいと相談してみようか。
宰相に会わせてくれるだろうか?
夜会まであと1ヶ月もない。
急がなくては。
イワライは急いで家に戻ると着替えてチェロヴェへ出発した。
ランディとテラス席でピザを食べていたヒナの元に、目の周りが白い緑の『鳥』が飛んできた。
口に咥えた紙をテーブルに置く。
ランディが折り畳まれた紙を広げると、その紙はこの国のアルファベット表だった。
『イワライ チェロヴェ イッタ』
鳥はクチバシで順番に文字を指すと飛び立って行く。
「……宰相の思惑通り……かな?」
ランディが長い足を組みながら銀の柔らかい髪をかき上げると、店内から黄色い声が聞こえた。
「だから今日はプチィツァの店だったの?」
王宮へ送ってもらうのではなくプチィツァの店の前だと指定されたのはイワライにフィリップを目撃させ、さらにランディと待ち合わせし、イワライを動揺させるため。
イワライはきっとアレクサンドロと聖女をくっつけた方がよいと結論づけたはずだ。
聖女の資料と引き換えに爵位の相談をしてくるだろう。
これで他国との交渉は防げる。
「はぁ。イケオジ3人に全然かなわない」
ピザをかじりながらヒナが溜息をつく。
「イケオジ?」
「イケてるオジサン」
「イケてる?」
あぁ、イケてるという言葉がないのか。
ヒナが「カッコいいおじさん」と答えると、ランディは声をあげて笑った。
この国の中でも恐れられている3大公爵をおじさん呼ばわりもスゴイが、その3人に勝とうとしていたのか。
あぁ、本当に可愛い。
どうしてそういう発想になるのだろうか。
ランディはグレーの眼を細めながらピザにかぶりつくヒナを見つめる。
「ランディ、こっちのクリームっぽいピザおいしいよ」
「食べさせて」
テーブルに乗り出し、あーんと口を開けるランディ。
ヒナはホワイトソースのピザを手に取り、ランディの口に入れた。
「あぁ、おいしいね」
ヒナに食べさせてもらうとさらに美味しいとランディが笑うと、ようやくあーんした事に気が付いたヒナは真っ赤になった。
足元に擦り寄る狼のジョシュ。
「え? ジョシュも食べたいの?」
ヒナが笑いながらトマトのピザを狼のジョシュの前に出すと、ガブッと大きな口でジョシュは食べた。
ベロリと舌なめずりする姿が可愛い。
「グァウ?」
「グォウ」
狼のリッキーとジョシュが何かを会話している。
「あぁ、バレたね」
ヒナがジョシュの名前を呼んだからリッキーたちにヒナがひーくんだとバレてしまったとランディは困った顔をした。
「えっ? あ、そうか!」
今はワンピースの姿。
今日護衛してくれている狼の姿のリッキー、ノックスは『宰相の娘の護衛』だと命令されてここに居たのだ。
見慣れた姿なのでつい『ひーくん』のつもりで接してしまった。
「……失敗」
ヒナが困った顔で笑うと狼のリッキーとノックスもヒナに擦り寄った。
「ジョシュが悪いと思うけれどね」
ランディが狼のジョシュを見ながら肩をすくめる。
護衛のライルと狼のヘンリー、ヒースは南広場で別れたが、ジョシュ、リッキー、ノックスはまだ護衛中だった。
護衛中に護衛対象に食べ物を強請るなどダメだろう。
「はい。リッキーも食べる?」
ホワイトソースのピザを目の前に出すと、リッキーは匂いを嗅いだ後にガブッと食べた。
はふはふと口に入れていくと、三角耳がピクピク動いて可愛い。
「はい、ノックス」
トマトでいい? とヒナが差し出すとノックスも匂いを嗅いでからガブッと食べた。
ランディと狼3匹と楽しくお昼のピザを食べ、王宮へ戻る。
フィリップに買ってもらった3連のブレスレットをベッドの横に置くと、ヒナはシャワーを浴びていつもの眼鏡の姿に戻った。




