066.甘酸っぱい
「ユリウス! これ買ってもいいか?」
「どうぞ」
大好きなスナック菓子を手に取るアレクサンドロ。
「お兄様、あの、これ」
「いいですよ」
おずおずと飴が欲しいと差し出すヒナ。
ここは品揃えは良いが普通の菓子屋。
名産品でもなく、庶民のごく普通のお菓子が並ぶ店だ。
ここで売っている普通のスナック菓子と普通の飴を喜ぶ2人。
ユリウスは暖かい目で2人を見つめた。
「これは何だ?」
「ラムネです」
店主が1つ開け中身を見せる。
どうぞと言われたアレクサンドロはユリウスを見た。
「すみません、先に頂いても?」
「えぇ、どうぞ」
ユリウスが毒見をしてからアレクサンドロに渡す。
酸っぱいなとアレクサンドロが笑うと、店主は若い子に人気ですよと笑った。
「それが欲しいのか?」
「えっ? あ、ちょっと懐かしいなって思っただけ」
ヒナが慌てて棚に戻したのは金平糖。
瓶に入ったカラフルな金平糖だ。
昔、京都の祖母が生きている時にもらったことがある金平糖に入れ物が少し似ている気がした。
「アレクは選んだ?」
「もちろん。ユリウスにもう持たせた」
選んだのはあのスナック菓子だろう。
狼の姿でバリバリ食べていた姿を思い出し、ヒナは笑った。
アレクサンドロは棚から金平糖を取るとユリウスに手渡す。
「買わなくていいよ」
「一緒に食べよう」
食べた事がないというアレクサンドロにヒナはそっかと微笑んだ。
ユリウスが支払いを済ませて店を出ると、菓子屋もあっという間に人だかりができてしまった。
影響力が大きすぎる!
「歩くの疲れた?」
「ううん、平気」
30分程度歩くのなんて全然平気だ。
ヒナは大丈夫だと言ったがアレクサンドロはユリウスに馬車の手配を頼んだ。
ついた先は森。
ヒナとアレクサンドロが出会った森と続いている森だ。
以前、宰相である父に国境や森、山、草原などの地形を簡単に教えてもらったのでなんとなく場所はわかる。
馬車を降り、少し歩くと泉があった。
泉のほとりには野イチゴ。
アレクサンドロは野イチゴを手で摘むと、ヒナの前に差し出した。
そのままパクっと食べるヒナ。
甘酸っぱい野イチゴは出会った時と同じ味だった。
「酸っぱい」
懐かしいねと笑うヒナ。
アレクサンドロも野イチゴをパクっと食べると、グレーの眼を細めて微笑んだ。
「ねぇ、ヒナ」
アレクサンドロはヒナの細いウエストを捕まえ引き寄せる。
ぽふんとヒナの顔がアレクサンドロの胸元に当たった。
「婚約しよう」
耳元で囁かれる言葉にヒナの顔が真っ赤になる。
「夜会で守れるのは俺だけだよ」
ランディもディーンも公爵家だが次男なので国が主催の夜会には入る事が出来ない。
他国の王子から守れるのは自分だけだとアレクサンドロはヒナに説明した。
「他国の王子にダンスに誘われても俺の婚約者だったら踊らせない。言い寄られても俺が守る。だから婚約してくれ」
アレクサンドロはヒナをギュッと抱きしめる。
普段は何もできないし、ヒナが危険でも助けに行くこともできないけれど、夜会でヒナを守る権利が欲しいとアレクサンドロは懇願した。
「本当はヒナに好きになってもらう方が先なんだけれど」
夜会まであと2ヶ月。
あと2ヶ月で好きになってもらえるような、いい格好できるような出来事はたぶんないとアレクサンドロは自嘲する。
「……婚約しなかったら?」
「婚約者ではない男は対等だからね。隣にいる事も出来ない」
フィリップも来るだろうし、熊族も豹族も人族も年頃の王子がいたはずだとアレクサンドロが言うと、ヒナはチェロヴェ国の2人のキラキラ王子を思い出した。
確かに年頃の王子だった。
キョウカさんを連れて行った王子と、メイちゃんを連れて行った王子の2人だ。
鳥族の第4王子はフィリップ。
熊族にも豹族にもそのくらいの年齢の王子がいるのか。
「ヒナは俺が嫌い?」
アレクサンドロに抱きしめられたままヒナは全力で首を左右に振った。
「ランディかディーンの方が好き?」
頼りないから俺じゃダメかなと言うアレクサンドロ。
「頼りなくなんて……」
森で1人だったらきっともう死んでいたと思う。
アレクサンドロに会えて、一緒に森で野イチゴを食べたから生き延びた。
道案内してこの国に連れてきてくれて、汚い姿だった自分を王宮に連れて行ってくれた。
ユリウスはあの時きっと連れていくことに反対していたと思う。
それなのに食事も住むところも全部準備してくれた。
私が困るだろうなという時には狼の姿になって側にいてくれたり、食事を準備してくれたり。
もふもふで暖かい狼のアレクサンドロと一緒に眠るのは安心して好きだ。
でも夜会のために婚約するなんて。
アレクサンドロの事は嫌いじゃない。
でも好き? と聞かれたらわからないと答える。
好きってどういう事だったかな?
どうやったら好きになるんだった?
昔好きだった人はどうやって好きになったか忘れてしまった。
完全に悩んでしまったヒナをアレクサンドロは困った顔で見た。
やっぱりまだダメか。
悲しそうに笑うアレクサンドロをユリウスは少し離れたところから切なそうに見つめる。
「もう少しがんばるよ」
好きになってもらえるように。
ゆっくりとヒナの腰を解放するアレクサンドロの顔は寂しそうだった。
野イチゴを摘み、再びヒナの口に放り込む。
甘酸っぱい味にヒナは目を伏せた。
「好きだよ、ヒナ」
ヒナが見上げると、困った顔で笑うアレクサンドロと目が合った。
「……好きだよ」
おでこにキスが降りてくる。
ヒナは真っ赤な顔を両手で隠した。




