063.オオカミ
「可愛すぎる」
目が開いたばかりの小さなオオカミをうっとり見つめながらヒナは子供のオオカミ厩舎の床に座り込んだ。
今ここにいるのはまだ3匹。
これからどんどん増えていくと武官のリッキーはヒナに教えた。
「目は開いているけど、まだ視力はあまりよくないから壁にぶつからないように気にしてあげてね」
歩くのもヨチヨチで可愛すぎる。
ふわふわの毛は天然のぬいぐるみのようだ。
「かわいい」
頭をツンツンすると、キョトンと止まってしまうオオカミ。
しばらくは母オオカミが餌を食べる間だけ寂しくないようにかまってあげるだけ。
茶眼のノックスが作ってくれた棚に眼鏡を乗せると、ヒナは小さなオオカミに顔をすり寄せ3匹のもふもふを堪能した。
「かわいいなぁ」
眼鏡をしていないヒナはかわいい。
リッキー、ライル、ノックスの3人はオオカミと遊ぶヒナを堪能する。
干草が頭についても平気。
子どものオオカミのよだれがついても平気。
優しくて可愛いヒナ。
「あー、カノジョにしたい」
リッキーが思わず呟くと、ライルとノックスもうんうんと頷いた。
「そろそろ母オオカミを迎えに行ってくるね」
リッキーが大人のオオカミ厩舎へ出かけていく。
「俺は干草を運んでくるわ」
ライルは台車を引きながらヒナに手を振った。
「はーい。いってらっしゃーい」
ヒナは棚から眼鏡を取ると服の裾で少し拭いてから眼鏡をかけた。
子供のオオカミのアゴの下をこちょこちょしながら2人を見送る。
「おーい、ノックス! バケツ取って~」
「はいよー」
ライルに呼ばれたノックスはバケツを両手に持ち、ライルを追いかけた。
「ふふっ、かわいい」
うとうとし始めるオオカミが可愛い。
小さな耳がピクピク動く姿にヒナは微笑んだ。
「すみませーん、環境チェックのため入ります」
厩舎の入り口で男性の声がする。
「はーい。どうぞ」
環境チェック?
首を傾げながら、ヒナが返事をすると入り口からバインダーを持った白衣の男性が厩舎へ入ってきた。
男性は入り口の近くの温度計をチェックしメモを取る。
その隣の湿度計も眺めるとバインダーを抱え、何かを記載した。
そのまま奥へ進み、奥の温度計と湿度計をチェックする白衣の男性。
「ありがとうございます。終わり……」
柵の中のヒナを見た瞬間、白衣の男性は目を見開いた。
「……あ、えっと、終わりました。失礼します」
急いで厩舎を出て行く白衣の男性。
何で驚いたのだろう?
あまりにもちっちゃいオオカミに驚いたのだろうか?
ヒナはオオカミの頭を撫でながら首を傾げた。
「干草は端っこで良い?」
「こっちの方が良くない?」
ライルとノックスが干草とバケツを持って帰ってくる。
「あ、今、環境チェック? 白衣の人が来ましたよ」
「大丈夫だって?」
「温度とかメモして行っちゃいました」
「んじゃOKだね」
月に1回ほど抜き打ちチェックに訪れるのだとノックスが教えてくれる。
あの人が何で驚いたのかわからないけれど、環境チェックは普通にあるみたいだ。
「はいはーい、お母さん登場」
リッキーが母オオカミを連れて戻ってくると、うとうとしていた子供のオオカミの目はパッチリと開いた。
母オオカミに擦り寄り母乳を吸う姿がまた可愛い。
「可愛すぎる」
オオカミの子供達をうっとり眺めるヒナを見ながら、リッキー、ライル、ノックスはひーくんが可愛すぎると心の中で呟いた。
「もふもふで、すっごく可愛いかったんです」
このくらいの大きさで、ふわふわでと嬉しそうに話すヒナ。
いや、可愛いのはヒナの方だ。
ニコニコと話すヒナを見ながらアレクサンドロは夕飯の肉を口に入れた。
「これからどんどん生まれるそうなんです」
楽しみだなぁと笑うヒナが可愛い。
オオカミ厩舎でもきっとこんな風に可愛い笑顔を振りまいていたのだろう。
無防備すぎる。
「ヒナ、デートしよう」
水曜はヒナを独り占めしたいと言うアレクサンドロ。
「1件だけ公務がありますので、ヒナも付き合ってくださいね」
プチィツァ国の名産品を商店街で販売したいと申し込みがあり、ナイトリー公爵に引き合わせる公務だとユリウスがヒナに説明する。
プチィツァ国とヴォルフ国は友好国になったので、国同士の出入りは自由。
店の出店や文化交流も始めることになったと調印の時に言っていたが、1週間しか経っていないのに、もう出店するようだ。
大人の本気が怖い。
「ナイトリーさんと街で会って大丈夫でしょうか?」
「大丈夫です。ナイトリー公爵には父から話をしてあります」
友好国の事も、ヒナの事も説明してあるとユリウスが言う。
「ヒナと菓子を買いに行って良いか?」
「良いですよ」
「ヒナとチキン焼きを食べても良いか?」
「えぇ。どうぞ」
「ヒナは行きたい所はあるか?」
「行きたい所は特には……あ! 南広場でオオカミに会えたら嬉しい」
小さかったオオカミ達がデビューしているはずだ。
会えたら良いなと笑うヒナ。
「ナイトリー公爵との待ち合わせ場所が南広場の近くなので行けますよ」
「ヒナはオオカミが好きだな」
「うん! 大好き」
ニコニコ笑うヒナを見つめるアレクサンドロ。
あぁ、この顔で俺を好きだと言ってほしい。
「オオカミとトリはどっちが好きだ?」
「オオカミ」
鳥族プチィツァ国第4王子フィリップより、狼族の俺の方が好きか?
本当に聞きたい事は聞けないけれど、オオカミの方が好きだと即答するなら、フィリップよりは俺の方が好きだと思っても良いか?
どうしたらヒナを手に入れられるのだろうか。
出会って4ヶ月が過ぎたがヒナとは全く何も進展していない。
もう10月も終わり。
夜会は1月。
それまでにヒナと婚約し、他国に手を出されないようにしたい。
「ずっと狼で居ようかな……」
「ダメです」
狼だったらヒナにかまってもらえるという魂胆はユリウスにはバレバレだ。
「狼なら好きだと言ってくれる」
「人の姿も好かれてください」
本人の前で繰り広げられる会話にヒナが困った顔をする。
「ヒナ、好きだぞ」
デートでまた求婚するから次は倒れるなとアレクサンドロが笑う。
「そ、そ、そんな予告されても」
真っ赤な顔でワタワタと慌てるヒナと、悪戯っ子のように笑うアレクサンドロを見ながらユリウスは夕食の食器を片付けた。




