057.自由恋愛
「お待たせしました……せめて庭園へお誘いすべきでしょう」
何もない裏庭で他国の王子殿下とお茶会をするとは前代未聞だと言う宰相にコヴァック公爵は「すまないね」と笑った。
「プチィツァ国フィリップ王子殿下。ようこそヴォルフ国へ」
宰相はフィリップの前まで行き、最上級の礼をした。
「私はマイカル・イーストウッド。ヴォルフ国の宰相、そしてヒナの養父です」
ヒナの養父と聞いたフィリップがピクッと反応する。
「聖女に関する情報を秘匿にして頂き、本当にありがとうございます」
「目が治るという奇跡を体験させてもらった。本当に感謝している」
秘匿は当然だと言うフィリップに宰相は書面を見せた。
ヴォルフ国王陛下のサインはしてあり、プチィツァ国王のサインを頂けたら嬉しいと説明しファイルに入れる。
パンの入った籠に入れると、よろしくお願いしますと宰相は言った。
「ヒナと話す機会をまた頂くことは可能だろうか?」
イーグルの姿では話はできない。
人の姿で令嬢に会うには許可が必要だ。
フィリップが尋ねると宰相はニッコリ微笑んだ。
「友好国の王子殿下が我が国に遊びに来られる事を反対する理由はございません。ヒナさえ良ければ街へ行って頂く事も可能です。護衛はつけさせて頂きますが」
宰相の言葉にアレクサンドロが立ち上がる。
「アレク様もご自由にお誘いください」
誘ってもユリウスが大変だと言い、ヒナが頷かない事を知っていながらそんな事を言う宰相にアレクサンドロは唸った。
悔しそうにギュッと一瞬手に力を入れると、何事もなかったかのように座る。
「本当に誘っても?」
「ヒナさえ良ければ」
自由恋愛ですので。と微笑む宰相。
でも女性には準備がありますので事前に約束をお願いしますと言うと一礼した宰相は建物に戻って行った。
「……すごいなヴォルフ国」
宰相が娘に自由恋愛させるとは。
普通は政治の道具だろうとフィリップが呆然とする。
「ヒナ、友好国になったら街を案内してくれないか?」
フィリップの申し出にヒナは困った。
「あの、街はごめんなさい。全くわからなくて」
案内できるほど詳しくないと言うとフィリップはそうかとつぶやいた。
「ではここの庭園を2人で歩きたい」
「庭園もまだ2回しか行った事がなくて、案内できるほど詳しくないですが良いですか?」
「あぁ。2人で話したいだけだ」
「わかりました」
快諾するヒナの横でアレクサンドロのグレーの目が揺れる。
ユリウスは少し離れた場所でアレクサンドロを心配そうに見つめた。
「アレクはいくつ? 俺は20」
「22だ」
「3番目の兄と一緒だ」
1番上は30、2番目が25だとフィリップは教えてくれる。
女性に年齢を聞いてはいけない。
フィリップはヒナの年齢を知ることは出来なかったが求婚しているアレクサンドロが22歳ならフィリップでも許容範囲だろう。
空から見たこの国の印象など1時間程話し、フィリップはイーグルの姿で帰って行った。
プチィツァ国と友好国になれれば国にとって有益。
それはわかっているが、フィリップはヒナに好意がある。
あちらも王子。
しかも第4王子で自由度が高い。
こうして他国へ気軽に来られるほど身軽なのだ。
イーグルが暴れた時でさえ近くに行けない自分。
ヒナを気軽に街へ誘う事もできない。
アレクサンドロは手で顔の半分を押さえながら溜息をついた。
「……アレク?」
大丈夫? と心配するヒナ。
アレクサンドロはなんでもないよとヒナに微笑んだ。
あ。
公務モードのアレクの笑顔だ。
ヒナの胸がチクッと痛む。
無理矢理オオカミの治療に行った事を怒っている?
フィリップと庭園の約束をしたから?
それともアレクと街に行かないから?
「ヒナ、時間があればこの後宰相室へ」
「はい、コヴァック公爵」
このまま行きますとヒナはコヴァック公爵について行く。
ロウエル公爵もヒナの頭を撫で、一緒に宰相室へと向かって行った。
ランディはオオカミ達に指示を、侍女たちは片づけを始める。
「アレク様も部屋へ戻りましょう」
声をかけたユリウスに返事をする事なくアレクサンドロは部屋へと戻った。
「菓子は何を売るつもりだ?」
「クッキーです」
宰相室まで歩きながら左を歩くコヴァック公爵にヒナは答えた。
「いくらで売るんだ?」
「普通の値段ですよ?」
右を歩くロウエル公爵が「そう言うと思った」と笑う。
「せめて10倍の価格、1枚売りでないとダメだ」
「じゅ、10倍?」
「それでも安すぎる」
「えぇ? 売れなくてお店が潰れちゃいますよ」
全く価値をわかっていないヒナを2人のイケオジが笑う。
欲のないところも聖女だからなのだろうか?
宰相室に入ると、3人のイケオジはまずヒナを褒めてくれた。
「このまま友好国になれればかなり有利だ」
「あっさり調印するか?」
「パンを食べて効果を確認すれば調印するだろう」
聖女を奪うというリスクを冒さずに治癒の恩恵を受けられるんだぞと話し合うイケオジ3人の横で、ヒナは国王陛下の甘いクッキーを頂く。
薔薇のラングドシャの方が美味しかった。
……当然か。
じゃぁ、なんで国王陛下はコレを食べるのだろう?
「友好国になったと見せかけてヒナを奪う機会を探る可能性もある。ヒナ、気をつけるように」
「はい、コヴァック公爵」
そうか。
調印したって所詮ただの紙。
守るかどうかは別だよね。
約束を破っても罰則なんてないだろうし。
「フィリップ王子は好みだったか?」
「な、な、なんで?」
「もし嫁に行きたいと言われたら、第4王子だし婿養子でどうだと言うべきだろう?」
「そんな心配は無用です」
どこまで本気なのかわからない宰相の言葉にヒナは困った顔をした。
「オオカミとトリだったらどっちが好きだ?」
「オオカミです!」
ロウエル公爵の質問に即答するヒナ。
「アレク様とフィリップ王子は?」
ニヤッと笑うロウエル公爵をチラッと見ながら、ヒナは真っ赤な顔でアレクだと答えた。
「じゃ、うちのディーンとフィリップ王子はどうだい?」
「ディーンです」
「ランディとフィリップ王子は?」
「ランディ……」
なんですか!
この罰ゲーム!
「ふむ。うちの3人で誰が好きかはまだやめておこう」
宰相が笑うとコヴァック公爵とロウエル公爵も笑いながら頷いた。
「調印さえもらえれば、1月の夜会までは周辺国は大人しいだろう」
プチィツァ国からヴォルフ国の情報が一切入らなくなるのだ。
自分達で探るのは大変だ。
入り込めるのは人族くらいだが、人族は狼族より弱い。
危険な国にわざわざ来るとは思えない。
「フィリップ王子が来たら知らせてほしい」
「はい、お父様」
「あとアレク様を慰めておいてくれ」
「はい?」
慰める?
首を傾げるヒナにイケオジ3人は困った顔をする。
「公務とはいえ、国の利益のために相当我慢されていた」
オオカミを怪我させた相手に抗議する事も出来ず、何事もなかったかのように挨拶を交わさなくてはならなかった。
自分が片想い中の娘に好意がある他国の王子とお茶会なんて苦痛でしかないだろう。
それでも調印を提案した冷静さは未来の国王としては頼もしい。
ヒナの側にいたかったはずだが、ロウエル公爵に来るなと言われて従った。
護衛対象が増えればヒナが危険になる。
王太子は自分のやりたい事よりも最善を考え行動しなくてはならない。
以前、勝手に人族のチェロヴェ国へ行ったが、相当反省したのだろう。
「街に行けないアレク様に、ヒナを誘えば良いなんて宰相も意地が悪い」
コヴァック公爵が苦笑すると、さすがに同情するとロウエル公爵も肩をすくめる。
「頼んだよ、ヒナ」
ニッコリ笑う宰相に、ヒナは顔を引き攣らせてガンバリマスと答えた。




