054.謝れ
自分のせいでオオカミが怪我をした。
あの子を助けたい。
おそらく鳥は私を傷つけない。
利用価値があるから。
「お願いアレク、ランディ」
ヒナが頼んでも2匹は退いてくれなかった。
ヒナは大きく深呼吸をすると2匹に構わず前へ進んだ。
「グァウ」
アレクもランディも優しい。
強引に2匹の間を進んでも私を傷つけない。
その優しさにつけ込んでごめんね。
階段を降り、角を曲がり、もうすぐ外へ出られる場所に1人の人物。
ランディの父、ロウエル公爵だ。
「2人を叱らないでください。私が無理矢理来ました」
何度も、ずっとダメだと説得されたとヒナが言うと、ロウエル公爵は「そうか」と言った。
来るのがわかっていたのだろう。
ロウエル公爵が指差した先にはアレクサンドロとランディの着替えが準備されていた。
「アレク様は扉の外には来ないでください」
護衛対象が増えると困ると言うロウエル公爵にアレクサンドロの尻尾が垂れ下がる。
「さて、どうするつもりかな?」
加勢すると約束したから連れて行ってやると笑うロウエル公爵。
「ありがとうございます」
ヒナはロウエル公爵の手を取り、深呼吸した。
扉から出るとすぐ目の前に倒れたオオカミが見えた。
他のオオカミも怪我をしている。
上からではわからなかったが、ほとんどのオオカミに爪の引っ掻き傷があった。
鳥の羽ばたく音が聞こえる。
大きくて怖そうな鳥。
あの爪でオオカミを引っ掻いたのだ。
「鳥! ちょっと待っていなさい!」
指差しながら鳥を睨むとヒナはオオカミの元へ駆け寄った。
倒れたオオカミは息が荒く辛そうだ。
「ごめんね」
そっと血が出ている背中を撫でる。
手に血がべったり付く事も気にせず、優しくオオカミを撫でるヒナ。
その横でいつ鳥が来ても払い落としてみせるという雰囲気で立つロウエル公爵。
イーグルは上からその光景をジッと見ていた。
治癒に興味があるのだろう。
イーグルが襲ってくる様子はない。
イーグルはロウエル公爵を避け、ヒナの様子が見やすい位置に飛んで移動しているが、ロウエル公爵もイーグルに合わせてヒナを守れる位置に立つ。
結局イーグルからはよく見えないまま重症のオオカミの治癒は完了した。
息をするのも辛かったオオカミは起き上がり歩けるように。
ヒナは血をワンピースの裾で拭うと、次のオオカミの背中に手を伸ばした。
「頑張ってくれてありがとう」
優しく撫でると傷が治っていく。
20匹ほどのオオカミを治す頃にはイーグルは芝生の上に着地していた。
ロウエル公爵がいてくれるお陰でオオカミ達も襲いかかる様子はない。
いつの間にか着替えたランディも芝生でオオカミを並ばせてくれていた。
イーグルが羽根を広げた姿はヒナよりもずっと大きい。
クチバシも爪も怖い。
ヒナは最後のオオカミを治すと立ち上がりロウエル公爵の横に立った。
「終わったか?」
やりたい事は終わったかと尋ねるロウエル公爵。
「あと1つだけ」
ヒナは深呼吸するとゆっくりイーグルに近づいた。
ロウエル公爵もヒナと一緒に進む。
「……これ以上はやめた方がいい」
ロウエル公爵の言葉にヒナは従い、歩くのをやめた。
イーグルを見つめてヒナは問いかける。
「目的は何ですか? 他所の国に来て、上から攻撃する事が目的ですか?」
イーグルは羽根を閉じ、敵意が無いことを示す。
「あの子達に謝ってください」
治したけれど痛かったはずとヒナが言うと、イーグルはオオカミに頭を下げた。
その光景にロウエル公爵、ランディ、建物の中のアレクサンドロが驚く。
少し離れた場所で様子を伺っていたコヴァック公爵は笑いながらヒナに近づいた。
オオカミを襲ったイーグルに謝らせるなんて。
普通は恐れるだろう。
怒らせたら自分も攻撃されるかもしれないのに。
「プチィツァ国の王子殿下とお見受けします。お時間があればお茶でもご一緒しませんか?」
いつでも逃げられるようにこの芝生にご用意しますとコヴァック公爵が声をかける。
着替えはこちらをご自由に。とサイズを何種類か準備した衣装カゴをイーグルから少し離れた所に置いた。
しばらく考えるイーグル。
怒っているヒナの顔と衣装カゴを交互に見たイーグルは衣装カゴの近くへ移動した。
コヴァック公爵の指示で着替えるためのスペースと白いテーブル、イス、日陰になるように簡易の日除けが準備される。
「……部屋で着替えておいで」
アレク様があそこにいるからとロウエル公爵に言われたヒナはようやく自分がオオカミの血に染まっている事に気がついた。
手もワンピースもぐちゃぐちゃだ。
急にクラッと血の気が引く。
「っと」
ロウエル公爵がヒナを支えると、ヒナは小さな声で「怖かった」と呟いた。
「歩ける?」
「大丈夫です」
深呼吸をして建物の方に歩くヒナ。
ロウエル公爵はランディに目で合図し、ヒナについて行くように命じた。
シャワーを浴び、血を洗い流す。
ワンピースは濃い色だったのであまり目立たないが血がなかなか取れそうにない。
ヒナはすぐに洗うのを諦め、ワンピースを水の中につけた。
今更ながら、とんでもない事をしたと思う。
コヴァック公爵は鳥族プチィツァ国の王子だと言ったがイーグルは否定しなかった。
どうしよう。
他国の王子に「謝れ」って言ってしまった!
あぁぁぁ。
お茶会?
サボっていいかな?
眼鏡していっていいかな?
「ヒナ? 大丈夫か?」
遅いヒナを心配したアレクサンドロが扉の向こうから声をかける。
「全然大丈夫じゃない! どうしようアレク!」
「どうした? 開けていいのか? どうすればいい?」
誰か侍女を呼ぶか?
ユリウスか?
焦るアレクサンドロの声が聞こえたヒナは扉を開けた。
「ヒナ! どうした?」
「王子、王子、待てって、謝れって」
どうしようと焦るヒナ。
「えっ? 今更?」
「カッコよかったよ、ヒナ」
アレクサンドロとランディが笑う。
「わぁぁ、どうしよう。王子に謝れって!」
顔を両手で押さえたヒナ。
「ねぇ、ヒナ。……俺も王子なんだけど」
忘れてる? と苦笑するアレクサンドロ。
「……あ」
「忘れていたみたいだね」
ランディが声を上げて笑うとアレクサンドロは溜息をついた。
「さぁ、ヒナ。髪を乾かすよ」
慣れた手つきで髪を乾かしてくれるランディ。
さすが、女性の扱いに長けていると噂のランディ!
カリスマ美容師みたいだ。
ほぉぉと感心するヒナに気づいたランディはヒナの耳元で囁いた。
「毎日してあげようか?」
ニッコリ微笑むNo.1ホスト。
ヒナは真っ赤な顔で首を左右に振った。




