043.本屋
3回目の街は小雨が降っていた。
「雨男ですみません」
本屋の前で馬車を降りたディーンは申し訳なさそうにヒナに手を差し伸べた。
「本屋なので雨でも平気ですね」
手を借りて馬車を降りると、ふわっとインクの匂いがする。
王宮の図書室とは比べ物にならないほどの本にヒナは驚いた。
「すごい」
「ここは王都で1番大きな本屋です」
広くて、本を探すのも大変そうだ。
「魔力の本が見たいです」
「わかりました」
ディーンはヒナと手を繋ぐと本屋の奥へと進んだ。
魔力の本だけで棚1つ分。
多すぎる。
『だれでもわかる魔力』『魔力のきほん』から専門書っぽいものまで。
すごいけれど、逆にありすぎて困る。
顔面蒼白のヒナに気づいたディーンは椅子を運びながらくすくす笑った。
「ゆっくり選んで大丈夫ですよ」
「は、はい」
見たい内容がどの本なら書いてあるのすら想像がつかない。
スマホで検索したときみたいに、みんなの感想やコメントがあればいいのに。
ヒナはまず『魔力のきほん』から手に取った。
うん。予想通り。
全然基本じゃない!
よくあるよね、こういうパターン。
そっと本を返し、隣の『魔力基礎』を手に取る。
あぁ、これも大学の教科書みたいだ。
「この辺りはどうですか?」
ディーンに差し出された『きほんのまりょく』。
明らかに子供向けの本だが、まだそのレベルにもなっていなかった。
しょぼんとするヒナ。
あぁ、可愛い。
ディーンはヒナの頭をそっと撫でながら微笑んだ。
「魔力のどんな事が知りたいですか?」
「魔力でどんな事ができるのか知りたいです」
ヒナが答えるとディーンは考え込んでしまった。
「……ちょっとこちらに」
案内された本棚はさっきよりも奥のさらに奥。
薄暗く、人がいないエリアになってしまった。
「えっと、そうですね。コレはどうでしょうか?」
差し出された本は黒い表紙の薄い本。
タイトルは『奇跡の力』と書いてある。
パラパラと捲ると字ばかりの本だった。
「それはチェロヴェの本です」
「えっ?」
この本棚はヴォルフ国以外の国の本が集められた棚だとディーンは教えてくれた。
聖女がいたのはチェロヴェ国だけ。
ヒナが知りたい事もチェロヴェ国の本でなければ書いていないとディーンは考えてくれたのだろう。
さすがに結界の作り方のような物は書いてないが、聖女がこんな事をしましたと褒めたたえる内容が書いてある。
街で偶然出会った槍職人のやけどを治した。
目が見えないおじいさんの目が治った。
教会のドアが直った。
いや、ドアは違う人が直したよね?
花が咲いた。
枝が伸びた。
そんな事はないでしょう。
でもこの本を読んでみたい。
「これ、読みたいです」
裏を見ても値段が書いていない。
ヒナは首を傾げた。
「わかりました。手配しますので数日待ってくださいね」
「えっ?」
すぐに本を買って帰れるのだと思っていたヒナは驚いた。
ディーンは慌てて本を本棚に戻すと、下の段から適当な本を取りヒナに持たせた。
「少し我慢してください」
ヒナの耳元で囁き、壁ドンならぬ本棚ドンの体勢に。
爽やかな柑橘系の香りがする。
「ディ……」
驚いたヒナが名前を呼ぼうとすると、人がいなかったはずのエリアに足音が響いた。
くっついているので通路から本棚を覗く人にはヒナの顔は見えないはずだ。
見えるのはヒナが持っている緑の本だけ。
チュッチュッと吸い付くような音をわざと立てイチャイチャするカップルのフリをするディーン。
実際にはディーンは自分の手に吸い付いて音を出しているが通路の人物からはヒナを襲っているように見えるだろう。
ヒナはディーンの背中に手を回した。
緑の本のタイトルは見やすくなっただろうか?
通路から足音が遠ざかるとディーンはゆっくりヒナを解放した。
「すみませんでした」
ディーンの顔は真っ赤だ。
「い、いえ。ありがとうございます」
ヒナの顔も真っ赤になっている。
通路の人は誰かわからなかったが、ディーンが助けてくれたのだろう。
ヒナは何気なく手元の緑の本のタイトルを見た。
「!」
ますます真っ赤になるヒナ。
「……何の本でしたか?」
ヒナの手には『異類婚の夜生活』。
「す、す、すみません!」
ディーンは慌てて本を戻すとヒナの手を握り薄暗い本棚から立ち去った。
本屋のど真ん中にあるカフェで紅茶を注文し空いている席へ。
「本屋の中で紅茶が飲めるなんて」
おしゃれだというヒナにディーンは微笑んだ。
「お菓子作りの本ってありますか?」
「後で行きましょう」
ユリウスの妻エリスに料理の本は買ってもらったが、お菓子も食べたい。
甘すぎないクッキーとかパウンドケーキとか!
「……私も食べたいです」
以前ヒナにもらったプリンというお菓子はすごくおいしかったとディーンが微笑んだ。
「美味しくできたらお渡ししますね!」
「待っています」
紅茶を飲み、お菓子の本を探したがいい本はなかった。
馴染みのないお菓子ばかりで味の想像もつかないものばかりだったのだ。
代わりにパン作りの本を購入。
パンの本はすぐに支払いをして持って帰る事ができた。
「お昼はブラザートとパエリアどちらがいいですか?」
「ブラザートって何ですか?」
聞き慣れない言葉にヒナが首を傾げた。
「お肉を炭火で煮込んだ料理です」
食べた事はないですか? と聞かれたヒナは迷った。
たぶんアレクサンドロと食事をしている時には食べさせてもらっていると思う。
でも想像しているものと一緒かわからない。
「行ってみましょうか」
「はい」
雨が止んだ街を手を繋ぎながら歩く。
ディーンを見上げると少し照れた様子だった。
「すみません、ヒナと街に来れた事が嬉しくて」
ちょっと浮かれていますと言うディーン。
ヒナはディーンを見上げながら微笑んだ。
ブラザートはお肉を煮込んだ料理だった。
口に入れるとほろほろとなくなってしまうほど柔らかく、付け合わせのキノコのソテーも美味しい。
ビーフシチューのようなものを想像していたけれど違った。
「美味しいです」
「良かった」
ヒナが喜んでくれて良かった。
ディーンは一安心するとパンを手に取り微笑んだ。




