040.望み
「ではそろそろ本題を」
宰相の合図でピリッとイケオジ2人の雰囲気が変わりヒナは驚いた。
さっきまでの柔らかい雰囲気とは違い、少し怖い。
「まずは私から」
コヴァック公爵がディーンと同じ茶色の眼でヒナを見る。
ヒナは「はい」と返事をした。
「チェロヴェにいる2人の聖女だが、おそらく聖女ではない」
「えっ?」
コヴァック公爵の爆弾発言にヒナは思わず声を出した。
「先週、髪が長い姫は街に、短い方の姫は学園へ移動した」
髪が長いのはキョウカさん、短いのはメイちゃんだ。
「追い出されたのですか?」
「生活は保障されているようだ。おそらく合意の上だろう」
2人とも王子っぽい人に連れて行かれたのに、2ヵ月ちょっとで放り出されるなんて、やっぱりチェロヴェ国は冷たい国だ。
3人の大人はヒナの様子をじっくり眺めた。
「チェロヴェは黒髪眼鏡の人物を探している。以前より真剣に」
男か女かは情報が錯綜しているとコヴァック公爵は付け加えた。
「私が掴んでいる情報は以上だ」
「ありがとうございます」
少し震えながらヒナがお礼を言うと、ロウエル公爵はランディに似たグレーの眼でヒナを覗き込んだ。
「紅茶でも淹れてもらおうか?」
「……お気遣いありがとうございます」
ランディが言っていた通りヒナとは目が合わない。
ロウエル公爵は宰相に目で合図し、ユリウスに紅茶を淹れてもらう事にした。
国は5つ。
治癒が使えるのは今のところ自分1人。
このままではこの国で争いが起きる可能性が高い。
5つの国と交渉できる材料もない。
誰も怪我して欲しくない。
どうすればいい?
目の前に置かれた紅茶はミルクティー。
落ち着くようにユリウスがミルクを入れてくれたのだろう。
隣にはクッキー。
国王陛下の秘蔵クッキーだろうか?
「お兄様、ありがとうございます」
ここの人達はみんな優しい。
私のせいで迷惑をかけてはいけない。
この国を出た方が良いのかもしれない。
でもどこへ行く?
チェロヴェ国なら結界があるので人族以外は小さな姿になってしまう。
森でアレクサンドロの姿が変わったように。
獣人は戦うことはできないので1番怪我人が出ないだろう。
でも理由も話さず雨の中追い出す国に戻りたくない。
ここではない他の3つの国にもいけない。
他にも大陸があるのだろうか?
その大陸も治癒能力を欲しがったら?
宰相はヒナをジッと見つめた。
何かいろいろ考えているのだろう。
紅茶に手をつける様子はないが目は動いている。
紅茶を飲みながらコヴァック公爵はヒナの様子を伺った。
自分だけが聖女ならばチェロヴェ国に帰りたいと言うだろうか?
聖女として大切に扱われるだろう。
思い詰めたような表情だが一体何を考えているのだろうか。
ロウエル公爵も紅茶にゆっくりと手を伸ばした。
ランディがこの子は『心を閉ざした子』だと言っていた。
確かに今の彼女からは魔力を全く感じない。
普通は多少でも見えるはずなのに。
心を閉ざした子は、自分一人で解決しようとする。
狙われないようにする方法。
そして自分1人で解決できる方法。
それはここから出て身を隠すか、チェロヴェに戻るしかないだろう。
「……チェロヴェに戻りたいか?」
心を読んだかのようなロウエル公爵の発言に驚いたヒナは顔を上げた。
「戻らないとこの国に迷惑が……」
戻りたくない。
でもみんなに怪我をさせたくない。
熊族や豹族と戦って怪我をした武官やオオカミをもう見たくない。
「戻りたいか、戻りたくないか。周りはどうでもいい、ヒナの気持ちは?」
宰相の質問にヒナは「戻りたくないです」と答えた。
「結界が壊れかけているから聖女を呼んだのだろう? チェロヴェが安全とは限らない」
そうだろう? とロウエル公爵は優雅に飲んだ紅茶をそっとテーブルに戻した。
「……その通りです」
チェロヴェなら大丈夫かと勝手に思い込んでいたが、そもそもなぜこの世界に呼ばれたのかから自分はちゃんと理解していなかった。
ヒナは膝の上でギュッと手を握った。
『水曜に父達に会うのだろう? そこで相談してみるといいよ』
『婚約せずにヒナを守り抜く作戦を考えてくれるだろう』
『難しく考えなくて良い』
土曜日にランディはそう言ってくれた。
相談?
苦手だな。
違う大学へ行くときは両親と揉めた記憶しかない。
ヒナは俯いていた顔をあげた。
「私に出来る事を教えてください。私の望みはこの国の人が怪我をしないこと。そのために必要な知識をください」
隣にいるのはこの国の宰相。
きっと国を守るために日々全体を見ている人。
そして情報戦を得意とするコヴァック公爵。
防衛戦術に長けているロウエル公爵。
今日、この2人に会わせてくれたのは私に覚悟をさせるためだったのだろう。
チェロヴェに行ってもダメだ。
何も解決しない。
海に逃げるだけではダメだ。
ずっと海の中にいるわけにもいかないし、いつか捕まってしまう。
助けが来るまで海で待つこともできない。
「……なるほど」
ロウエル公爵はヒナを見ながらくくっと笑いを堪えた。
『私を守ってください』と言われるかと思ったが、どうやら自分で戦うようだ。
面白い。
「……そうきたか」
コヴァック公爵もヒナを見ながら口の端を上げる。
『自分がより良い条件の元へ行く』ではなく『この国の人が怪我をしないこと』が望みだとは。
発想は悪くない。
「まず自分がやらなくてはならないことはわかっているか?」
宰相の質問にヒナは少し考えた。
「治癒が使えるようになる事、結界が作れるようになる事……でしょうか?」
結界が張れれば熊族や豹族が本来の姿のままでは入れず、チェロヴェ国のように小さな動物の姿になるはず。
そうすればこの国の人は怪我をしない。
「違うな」
「えっ?」
宰相の答えにヒナが驚く。
やはりこの子は自分1人で解決できる方法を選ぶのだ。
自分が結界を張れるようになればこの国の人が怪我をしないと考えたのだろう。
ロウエル公爵はランディに似たグレーの眼でヒナを見続けた。
「では、魔力をコントロールできるようになる事ですか?」
「それも違うな」
この子は誰かと一緒に何かをしたことがないのかもしれない。
さきほどの回答も「教えてください」だった。
この子の中で結論が出ているので、話し合いでも相談でもない。
違うと言われ考え込んでしまったヒナをコヴァック公爵はディーンに似た茶色の眼で見つめた。
「……すみません、わかりません」
困った顔でヒナが宰相を見ると、宰相は紅茶を飲みながら「我々を信用する事だ」と微笑んだ。




